私、育ってきます!
「お買い上げありがとうございます! ……あの、こちらも一つどうですか?」
「こちら無料でお試しいただけますので、ぜひお願いします。あっ、そこのお兄さん。どうぞ試してみま──あぁ……行っちゃった」
「こちらの商品もおすすめなんですけど、ついでに一つ買ってもらえたらなぁ、なんて──あっ、そう……ですか……いえ、全然大丈夫です」
あれからニーナたちは一つでも多く売り上げようと必死だった。価格で勝負できないのなら、より多く買ってもらうしかない。道行く人に声をかけ、足を止めてもらい、頭を下げてお願いして、値下げ交渉にも応じて、そうしてたくさんの商品を買ってもらおうと努力した。
とうにお昼時は過ぎていた。けれど三人は昼食もとらずにお客さんと向き合い続けた。快晴の空から降り注ぐ日差しは強く、ニーナとシャンテは額に汗をかいていたが、それでもテキパキと働き続けた。シャンテは店の前でお盆に小瓶を乗せて、道行く人にそれを配り歩いた。ニーナも、一人でも多くのお客さんに立ち寄ってもらおうと声を出し続けた。
しかし皮肉なことに、声を上げれば上げるほど、頭を下げてお願いすればするほど、客足は遠のいていくようだった。
なぜだろうと考えて、笑顔を忘れていたのかもしれないと思った。売ることに必死になり過ぎていたのかも。でも笑顔を浮かべようとしても、どこかぎこちなくなってしまうのが自分でもわかった。焦っているからだというのもわかっていたが、けれど自分ではどうすることもできなかった。
無情にも時間ばかりが過ぎていく。
次の中間発表まであと一時間もない。
けれど、商品の減り具合を見た限り、きっと売り上げは思ったほど伸びていないのだろう。それに入浴剤はよく売れたが、植物栄養剤の売り上げはイマイチだった。それに<大人顔負けグラマラスチョコレート>も売れ残ってしまいそう。期待を込めて価格を上げてみたけれど、やはり値段をもとに戻すべきなんだろうか。たとえ売れ残ったとしても、それだけで生活が危うくなることは決してないけれど、これらの商品が売れない限り三位入賞は夢のまた夢に思えた。
「なー、頑張るのもいいけど、少しは休憩しないと倒れちゃうぜ?」
「うん、でも、もう少し頑張ってみるよ」
ロブが心配してくれたが、ニーナは休もうとしなかった。いまは少しの時間ももったいなく感じて、とてもそんな気分ではなかった。ニーナは額の汗を拭うと、また呼び込みを再開する。
何度、いらっしゃいませと口にしただろうか。
どのくらい、もう一つ買ってはくれませんかと頭を下げただろうか。
なにも手にせずに去っていくお客さんの背中を見つめては、その度に悔しい思いをした。
「ちゅーかんはっぴょぉーう!!」
やがてそのときが来て、ニーナはどきりとした。
でも、フクロウの置物がいきなり大声を出したことに驚いたのではなかった。時間の経過の速さにどきりとしてしまったのだ。
「店舗名<ひよっこ印のニーナのアトリエ>がこれまでに稼ぎ出した金額は……じゃかじゃん! 7万6500ベリルぅー!!」
やっぱり、期待したほど伸びてない。
それどころか、始めと比べてペースもわずかに落ちている。
「そしてそしてぇ! <ひよっこ印のニーナのアトリエ>の現在の順位は……じゃかじゃん! 五十二位ぃー!!」
あれだけ頑張ったのに順位が落ちていた。その事実があまりにショック過ぎて。
ニーナは小さな手で握りこぶしを作る。横目で見たシャンテの表情も険しかった。
どうしよう。どうするべきだろうか。このまま夕方になって、頑張ってもずるずると順位が落ちていって、特に解決策を見いだせないまま明日を迎えたとしたら。そしたらもう、打つ手なんて──
「よし、今回は諦めるか!」
そんな時だった。
ロブが突然そんなことを言い出したのは。
突拍子もない発言に、ニーナとシャンテは二人して目を丸くした。
「ちょっと、なにを勝手に諦めてんのよ」
シャンテの当然の抗議も、ロブはどこ吹く風だ。だってよぅ、といつもののんびりとした口調で言葉を続ける。
「せっかくのお祭りだってのに、二人ともなんだか焦ってばかりで楽しくなさそうじゃんか」
「それは……そうかもしれないけど、でもアタシとニーナは兄さんの事を想って」
「別に俺はそんなこと頼んだ覚えないけどなー」
「ア、アンタねぇ」
シャンテは怒っているような、呆れているような、そんなどっちつかずの表情を見せる。
ニーナはロブに、早く人間の姿に戻りたいとは思わないんですか、と訊ねた。
「んー、そうだなぁ、案外この姿も楽だしなぁ。ほら、ブタの姿ならだらけてても文句言われないだろう? 道端で寝ころんでも誰も怒らないし、服も着なくていい」
「えぇ……」
「それにさ、元の姿に戻ったら美人に甘えられなくなっちゃうじゃん?」
「あっ、そっちが本音ですか」
「ははは。いやー、とにかくさ、この姿でも俺はそれなりに人生を楽しんでるわけよ。そりゃあずっとこのままは困るし、いつかは元の姿に戻れたらなーとも思うけどさ、それはそのうちでいいわけよ。だから二人も焦らず、いまを楽しんで欲しいと思うわけ。もちろん俺も、二人が頑張ってくれるのはとーっても嬉しいんだぜ? でも、そんな苦しそうな顔を見るのは辛いのよ」
つぶらな瞳がニーナのことをじっと見つめる。
「途中で投げ出しちゃっていいんでしょうか?」
「いいよ。俺は気にしない。でもさ、別に投げ出さずとも、ニーナなら挑戦することも楽しみに変えちゃいそうだよな、って思うわけよ。黒い煙は挑戦者の証だと言い切るニーナならさ。だから順位なんて気にせず、どうやったらもっと売れるか、楽しみながら工夫していこうぜ。その結果として入賞できたら最高だしよ」
「楽しみながら、売るための工夫を……」
そうですよね、とニーナは頷く。
クノッフェンで店を開けるだけでも、じゅうぶんすごいこと。幼いころからの夢見た舞台に、いま自分は立っているのだ。これを楽しめないなんてもったいない。ニーナは自分の胸元に手を当てた。
「お、良い顔になったじゃん」
「ほんとですか? 私、自然な感じで笑えてますか?」
「おー、おー、そりゃもうバッチリよ。よっしゃ、いまのニーナならイベント会場を練り歩いても大丈夫そうだな。というわけで、ちょっと気分転換に遊んで来たら?」
「えっ、でもそれはさすがに……」
「そこはほら、錬金術師の三か条だよ。準備と、素材と、閃きと?」
「調合を成功させる三つの秘訣のことですか? それでしたら<念入りな下準備>と<上質な素材>と<知識に裏付けされた閃き>の三つですけど」
「そうそう、それそれ。もう下準備や新しい商品を用意している段階じゃないかもしれないけどさ、閃きはいつ降ってくるかわかんないじゃん。だったらイベント会場を練り歩きながら、いろんなお店を見学して、たくさん学べばいいんじゃないかな。さっき俺は結果として入賞出来たら最高だって言ったけど、本当に一番最高なのは、ニーナが今回のイベントを通して一段階レベルアップしてくれることだと思うんだよ」
──私が、ですか?
ニーナが自分を指さすと、そうそう、とロブは頷いた。
「だって考えてみてくれよ。呪いを解く薬の調合には六つの素材が必要なんだぜ? まだ一つも集めてないのに<一角獣のツノ>を焦って手に入れる必要はないだろ。ましてや俺たち、現状じゃ世界樹を登れる力もないんだし。でもニーナがレベルアップしてくれたら、他の素材集めも格段に楽になる。<ハネウマブーツ>のようなすんごい発明を、俺は期待してるんだぜ。だからさ、店はシャンテに任せて、ニーナはイベント巡りを楽しんでくるといいんだぜ」
「そこは自分も店番を頑張るって言いなさいよ」
こつん、と小さくげんこつを落とすシャンテは、けれどいつものように笑顔を浮かべていた。
「アタシの気持ちはこの前話した通りよ。だから店はアタシと兄さんとで引き受けておくから、いっぱい学んでおいで。なにかを掴むまで帰ってこなくていいから」
忘れるはずがない。ニーナの発明品は面白い、と言ってくれたあのときのことを。
──シャンテちゃんもロブさんも、私の発明品に期待してくれているんだ……!
「ありがとう、シャンテちゃん。ありがとう、ロブさん。私、行ってくる! 行って、見て、学んで、ちゃんとなにかを掴んで、それを活かしてすんごい発明をしてみせるよ。まだ時間はあるんだ。明日に繋がるように、私、育ってきます!」




