初めてのお客様
開催の時を告げるファンファーレから程なくして。
次第に会場にも客足が増え始めるなかで、ニーナはそわそわとお客さんが来るのを待ちわびていた。
賑やかな音。どこかから漂うかぐわしい香り。
フクロウのお面をつけた子供たちがはしゃいでいる。
手を繋ぐ若いカップルは、互いに頬をほんのりと赤らめて。
見上げた空は青くて、垂れ下がるカラフルな三角フラッグが大通りを彩っている。
宙に浮く不思議なカラーボールが風船のように漂い、一仕事を終えた黒猫郵便の魔女たちがその丸い球体の上で一休みをしていた。
──これが、大都会のお祭りかぁ……!
この街を初めて訪れたときにも人の多さには驚かされたけれど、それとは比べ物にならないぐらい大通りはたくさんの人で賑わっていた。老若男女問わず誰もが目を輝かせ、会話に華を咲かる様子を眺めていると、自分もお客さんとして参加したくなってくるけれども。
そんなたくさんの人々が行きかう中で自分のお店を開けることが嬉しくて、早く最初のお客さんが来てくれないかな、とニーナは心待ちにしていた。
そんななか、店の前で足を止めてくれたのは若そうな男性二人組だった。
「いらっしゃいませ!」
待望のお客さんを前にして、ニーナは声を弾ませる。けれど男たちは軽く会釈をしただけで、彼らの興味はポーションへと向けられていた。シャンテはさっそく二人に試供品を手渡した。
「なになに……<レモン香るピリ辛フルーツポーション>?」
男たちは物珍しそうに瓶のラベルを眺めたあと、この水薬にはどのような効能があるのか、シャンテに問いかけた。
「そのポーションは、大別すると<スタミナポーション>に分類されます。即効性こそないですが、疲労回復効果は抜群。じんわりと体の芯が熱くなり、動き出さずにはいられなくなるほどやる気が漲ります。特に持続性には自信があって、最低でも八時間は狩猟や素材集めの効率アップ間違いなし! 探索時はもちろん、長旅のお供や、ちょっとした疲れを感じたときぜひ使って欲しいですね。価格も控えめなので、軽い気持ちでご使用いただけると思います」
「なるほど。価格は1000ベリルとあるけど、いつもこの値段?」
「いえ、実はこのポーションは新作でして、まだどこでも売られていない限定品なんです。ただこれの改良前のポーションが魔法雑貨店<海風と太陽>にて1200ベリルで販売させていただいていたので、今日が買い時なのは間違いないですね」
シャンテは普段口にしないような丁寧な言葉づかいで、すらすらと、宣伝文句を並べ続けている。製作者である私より詳しいのでは、と感心するほどだ。
ちなみにポーションは大きく分けて三つの種類がある。一つはヒーリング系のもので、傷や毒をたちどころに治してしまう水薬である。なによりも即効性が求められ、応急処置としての役割を果たす。もっとも売れる水薬であり、その分お値段も強気に設定されることが多い。
二つ目はスタミナ系のもので、飲むとじわじわと体の内側から体力を回復させる水薬である。体の調子を整える効果があるため、疲れたときにはもちろん、これから探索に行くというときに始めに一本飲んでおく、というような使い方がされる。ニーナが制作したフルーツポーションは、これらスタミナ系でも安価であり、効き目も非常に優れているのでは、とニーナ自身は考えている。
そして最後の三つ目はストレンジ系である。これは身体能力を強化させることが目的の水薬で、その範囲は広く、定義があいまいである。とても耳が良くなるもの、夜目が利くようになるもの、一定時間のあいだだけ存在感が薄くなるものまで効果もさまざま。また体に変化を与えるという意味では、惚れ薬もこれに分類することができる。
「それじゃあ一口頂いてみるか」
男たちは小瓶の栓を抜き、それを口元へと持っていく。<パンギャの実>を素材として使用しているのだが、これといって不快な匂いは感じなかったようで、そのまま中身を口に含んだ。
「……うっ!?」
「どうでしょうか?」
男たちは険しい表情を見せるが、シャンテは不安そうな顔を見せずに、笑顔のまま問いかけた。
「ピリ辛とラベルにあったから辛いのかと思ったけど、思いのほか酸味が強いな。あとやっぱり辛くて咽そうになったよ」
「酸味が強いと感じるのは、原料に<パンギャの実>を使用しているためですね。そのぶん疲労回復効果は期待してもらっていいですよ」
「あの臭いと有名な果実を? それは気付かなかったな」
空になった小瓶を返しながら、男はそう答えた。
それから男たちはざっと商品を見渡したあと、またねと言いたげに軽く手を挙げて、なにも買わずに店をあとにしてしまった。その後ろ姿を見ながら、ニーナは男たちの期待外れの行動にがっかりしてため息をついた。
「はぁ……買ってくれるかと思ったのに、やっぱり味に問題ありなのかなぁ」
「なに言ってるの。まだ一組目が来ただけじゃない」
「そうだけどさ。でもあれだけシャンテちゃんが完璧な接客をしてくれたのに、買ってくれないなんてひどいよ」
それにポーション以外の商品にほとんど興味を示してもらえなかったことも、地味に傷ついた。
それでもすぐさま次の客がやってきてくれたので、ニーナもすぐに気を取り直して笑顔を浮かべる。立ち寄ってくれたのは二十代半ばぐらいに見える男女二人組。男性は冒険者なのか、頬や腕の辺りに生傷の跡が見て取れる。女性もアクセサリーなどから、魔法使いを生業にしているのでは、とニーナは推測した。
長い髪を緩く巻いたミステリアスな雰囲気を漂わせる女性が、ニーナの品物に興味を示す。その一方で、男性は一歩後ろに下がって、退屈そうに待っている。こちらの女性の買い物に付き合わされているみたいだ。そして寝不足なのか、先ほどからずっと欠伸ばかりしている。
──うん、まずはお客さんと会話すること。これが大事だよね!
ニーナは意を決して、なにかお探しですか、と女性に尋ねてみる。
「うん、ちょっとねー……」
女性は曖昧に返事しつつ、商品の方ばかり見ている。興味を持ってもらえているのは嬉しいけれど、これでは会話が続かない。
それでもめげずに、ニーナは一つ質問してみる。
「後ろの男性は恋人さんですか?」
「うふふ。そう見える?」
そうとしか見えないから聞いたんだけどなぁ。
ただ、女性もまんざらではない様子で。これなら商品をオススメしてもよさそうだ。
ここでニーナはメイリィとの契約交渉を思い返す。あのときは、嘘をついてはいけないと、欠点ばかりを必要以上に強調してしまった。自分の発明品に自信を持てなかった。あれでは契約してもらえなくて当然だった。
だから今回は、欠点も包み隠さず話すけれども、それを上回るメリットがあるんだよ、ということを自信をもってアピールしよう。もちろん嘘はつかない。欠点も魅力も余すことなく伝えて、そのうえでお客さんに判断してもらおうと思うのだ。
「お姉さん。こちらの<絶対快眠アイマスク>、とってもオススメなんですけど、ぜひ後ろの寝不足気味の男性にプレゼントしてみませんか? これを使えば、睡眠不足なんて一発で解消できますよ!」
「あら、本当? あなたも目の下にクマができてるようだけど、信用してもいいのかしら?」
「えっ、うそ!?」
微笑む女性の前で、ニーナは目元をごしごしと擦る。たしかにここ数日は準備で忙しくて、睡眠時間もそれほど確保できなかった。今日の朝も鏡は見てきたけれど、出店のことで頭がいっぱいで、身だしなみにまで気が回っていなかった。ニーナはしまったなぁと苦笑しつつも、商品の魅力を伝えることに専念する。
「あはは、お恥ずかしい……でも! このアイマスクの凄さは本物ですよ! むしろ効き目が凄すぎて困っちゃうぐらいなんです!」
「あら、どう困るのかしら?」
よしっ、話に食いついてもらえた。
ニーナはここぞとばかりに商品をアピールする。
「こちらの<絶対快眠アイマスク>はですね、なんと、つけた瞬間から深ーい眠りにつくことができるんです! 例えこのうるさい会場内でも、一秒もあればぐっすり安眠。誰に邪魔されても絶対に起きることはありません! あんまりにも効き目が凄いから、誰かに外してもらわないと目を覚ますことができないぐらいなんですよ!」
「ああ、だから困った発明品なのね」
「そうなんですっ! けれど原料は<羊毛><ヤギミルク><カモミール><スリープマッシュルーム>ですから、怪しいものは一切使用しておりません!」
ニーナの熱意に押されたのか、女性は<絶対快眠アイマスク>を手に取って、その感触を確かめるように指でなぞった。
「ふわふわしてて気持ちいいわね。デザインも可愛らしいし。羊毛だから羊の絵が描かれているのかしら? ふふっ、これを男の人が身につけていたらおかしいようにも思うけど……うん、買ってみようかしら」
「本当ですか! やった、ありがとうございます!」
──よしっ!
ニーナは心のなかでガッツポーズする。
売れた。今度こそちゃんと自分の力で売れた。しかも商品の魅力を理解してもらったうえで買ってもらえた。そのことがもう嬉しくて。お客さんの前だというのに、気を緩めると涙してしまいそうだった。
──魅力を伝えること、上手にできたよね!? メイリィさんに説明したときと違って、欠点も含めて自信満々にアピールもできてたと思うし、これは自分を褒めてもいいんじゃないかな!? よーし、この調子で頑張ろう、おぉー!!
商品を<ココ・カラー>で用意してもらった<ひよっこ印の紙袋>に入れて手渡す。そして微笑む女性にもう一度、ありがとうございました、とお礼を述べる。彼氏のもとへと帰っていく女性を見送りながら、ニーナはつい嬉しくて頬を緩めるのであった。




