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ひよっこ錬金術師はくじけないっ! ~ニーナのドタバタ奮闘記~  作者: ニシノヤショーゴ
6章 目指せ入賞! 青空マーケット
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青空マーケット開幕!!

 ふわぁ、と寝ぼけまなこを擦りながら、あくびを一つ。チャイムが鳴ったのは、ちょうど二人のあくびが重なったときだった。はーい、と返事をして、ニーナは玄関の扉を開けた。


「はいはーい。いつでも、どこでも、ひとっとびっ。真心こめてお届けします。黒猫印の箒郵便、配達員のフラウでーす」


 そう言って気だるげに挨拶をしたのは、上から下まで真っ黒のローブに身を包み、これまた黒くて大きな三角帽子を被った女の子だった。右手には箒を手にしている。たぶん歳は同じぐらいか少し上。背格好も似ていて、帽子を取れば背の高さは同じぐらいだろう。肌は白く、長く伸びるクリーム色の髪は毛先が内側に緩くカールしている。眠たそうな目元が印象的で、けれど人懐っこい笑みを浮かべている。


「本日は<青空マーケット>のイベント会場まで荷物を運ぶお仕事だと伺っておりますが、荷物はどちらに?」


「こちらにまとめてます」


 ニーナはすぐそこのかばんたちを指さす。今日のために用意した商品は、<天使のリュックサック>を始めとした四つのかばんに分けて詰め込んだ。手持ちのかばんだけでは足りないので、イザベラやメイリィにも貸してもらっている。それに加えて、先日制作した自立式の看板も一緒に運んでもらおうと、一か所にまとめておいてあった。


「なるほどなるほど、こちらですねぇ」


 ふむふむ、とわざとらしく頷くと、まとめた荷物のすぐ隣に一枚の大きめの布を広げた。内側が赤色で、外側が黒い布である。

 それからフラウはローブの袖から小さめの杖を取り出して、軽く振るった。


浮かび上がれ(フォーリア) !」


 するとたちまち、まとめてあった荷物たちがふわっと浮かび上がり、布の上に移し替えられていく。その不思議な光景にニーナは、いまのは何ですか、とフラウに訊ねた。


「ふふーん。これぞ魔女の魔法ってやつですよ。私、めんどくさがりなんで、なんでも魔法でちょいちょいしちゃうんです」


 そう言いながら、またしても杖を振るい「結べ(エミ・クローズ)!」と唱えると、大きな布が荷物を包み込み、角と角を結びながら完全に覆ってしまった。かと思えば、布は荷物を中に抱えたまま小さくなっていく。


「こっちは魔法の道具ですか?」


「そうですよー。箒郵便の配達員の必需品で、<まるっと包む魔法の風呂敷>と言うんです。便利でしょ? なんでもうちの会社のお偉いさんが、レンブラントとかいう錬金術師に頼み込んで作ってもらったそうです」


 レンブラントといえば、拡縮自在の錬金術師として知られる人で間違いない。なんでも収納できる魔法のかばんや、いまや素材集めに欠かせない<拡縮自在の魔法瓶>を発明した、偉大なる錬金術師である。なるほど、こんな形で企業の願いを叶える発明も成し遂げていたんだなと、あらためて偉人のすごさを実感させられた。


「さてさて、それでは行きましょうか。皆さんも一緒に会場までお連れしますよ」


 フラウは箒にまたがり、先ほど小さくした魔法の風呂敷をそれに結び付けた。そして箒をびよんと伸ばして、ニーナたちに後ろに乗るように勧める。フラウの後ろにニーナが座り、その後ろにシャンテが。ロブはいつものようにシャンテの背中に乗った。


秘密を覆い隠せエミストラ・ミストリッチ!」


 フラウがニーナたちに魔法をかける。


「えっと、いまのは?」


「認識疎外の魔法ですよ。私たち三人ともスカートなんで、こうして魔法をかけとかないと下から大事なところが丸見えなんです」


 ニーナはきゅっとスカートの裾を押さえた。箒郵便をお願いしたときに、事前に空を飛んで会場まで送ってもらえると聞いていたのに、まったく警戒していなかった自分が恥ずかしくなったのだ。


 そんなニーナの気持ちを知ってか知らずか、それでは行きますよー、とフラウはのんびりとした口調で言った。


 ふわっと、ニーナたちを乗せた箒が浮かび上がる。なんとも言えない浮遊感に、ニーナは早くも恥ずかしい気持ちを忘れて、期待に胸を高鳴らせる。


「お願いします!」


 ニーナが声を弾ませると、フラウは小さく頷き、高度をぐんぐんと上げていく。空は快晴。<青空マーケット>を開催するにふさわしい、抜けるような青空だ。


「おぉ、すごい! すごいですよ、フラウさん!」


 眼下に広がるオレンジ屋根の街並みを眺めながら、ニーナは風の音に負けないように叫んだ。<ハネウマブーツ>での空中散歩とはずいぶんと異なる、なんとも快適な空の旅である。いつのまにかニーナたちのすぐそばを並ぶように、鳥の群れが同じ方向を向いて飛んでいた。


 今日はイベント当日だからか、いつもより煙突から上る煙が少ないように感じる。その一方で、至る所でニーナたちと同じように黒猫郵便に連れられて空を飛ぶ人たちの姿が見られた。


「やっぱり今日は皆さん忙しそうですね」


「そうですねー。こうしたイベントがある日は稼ぎ時なのは間違いないですねー」


 そんなことを話している間に、早くも目的地であるミーミル・ストリートに辿り着いた。街を東西に走る大通りで、坂道が多いクノッフェンのなかでも比較的平坦な場所で開催される。ちょうど中央の辺りに噴水広場と呼ばれる場所があるのだが、そこはニーナたちが街を初めて訪れたときにムスペルと出会った場所でもあった。


 ニーナは事前に送られてきた手紙の地図を頼りに出店場所を探し当てると、そこで降ろしてもらう。それから風呂敷を解いて荷物を受け取った。イベントスタッフがあらかじめ用意してくれたのか、借りる予定だった長机などもすでに準備されていた。


 ニーナはありがとうございましたと、フラウにお金を支払う。


「はーい、まいどありー。それでは私からはこちらを」


 そう言って渡されたのは一枚のカードである。黒い紙に白色で文字が書かれてあって、フラウの名前と、それから電話番号が表記されてある。


「これは?」


「名刺ですね。空にかざして私の名を呼んでもらえれば、私と連絡が取れるという魔法の名刺です」


 こんな小さなカードに、そんな優れた機能が?

 ニーナは受け取った名刺をまじまじと眺める。


「といっても言葉を交わし合うことはできないんですけど、でも連絡を貰えればどこにいても、この街なかであれば箒に乗って十分以内に空から駆けつけますんで。ただまあ私も常に暇というわけでもないんで、呼びかけに応えられるときはこうして緑色に光らせてお知らせします」


 そう言うと、カードのふちがフラウの言葉に反応したかのように緑色に点滅した。


「他に予定があって駆けつけられない時は赤く光らせます。どっちの色も光らないときは寝てると思って下さい。お昼寝大好きなんで、そういう時は諦めて欲しいです」


「あはは……」


「あっ、でもですね、私いま欲しいものがあるんで、頑張って稼ぎたいんです。なのでご贔屓ひいきにしてもらえると、とっても嬉しいんですよ。お帰りの際もぜひ私をご指名して頂けると嬉しいです。イベント途中に急に買い出しに行きたくなったときなんかも、どうぞ遠慮なく呼び出してください」


 フラウはそう言って人懐っこい笑みを浮かべた。ぐいぐいと自分を売り込んでくるけれど、でも悪い人では無さそうだ。なにか困ったときは頼らせてもらうとしよう。


 フラウを見送ったあとは、荷物をシャンテたちに任せて、ニーナは受付の列に並んだ。出店料金の支払いと、いくつか受け取るものがあるのである。


 まだ朝早いにもかかわらず、受付は既に混雑していた。列は五つに別れており、それぞれの部門ごとに並ぶ場所が違うようだ。ニーナは<調合部門>にエントリーするための列を探して、その最後尾に並んだ。


 ──ここに並んでるってことは、みんなライバルなんだよね。うぅ、なんだかいまになって緊張してきたよ。


 周りを見回してもみんな大人ばかりである。小柄なニーナのことが珍しいのか、どうも視線を感じて、なおさら落ち着かなかった。ニーナは受付時に必要になるかもしれないと思って持ってきていたイベントのチラシを見て、気を紛らわせることにした。


 今回のイベントでは、ミーミル・ストリート沿いにずらりと店舗が建ち並ぶ。その数は例年四百を超えるらしい。出店場所はおおよそ部門ごとに別れており、<調合品部門><装備品部門><ハンドメイド部門>はそれぞれブロックごとに固まって出店する。軽食を販売する<料理部門>、いわゆる模擬店と、どこにも属さないフリーでの出店は、場所を選ばず散らばって出店することになるようだ。


 また中央の噴水広場ではステージが組み立てられ、クイズ大会や踊り子による演舞などの催しが行われる。初日は珍しい骨董品が取引されるオークションが、また二日目は美しい女性を投票で決めるミスコンテストが目玉企画となっているようだ。ただ出店場所とステージが遠く離れてしまっているため、見ることができないのが残念である。


 そうこうしているうちにニーナの順番が来た。対応してくれるのは、青空色のお揃いのポロシャツを着たスタッフだ。


 参加費用を払い、それからコインケース代わりのフクロウの置物を受けとる。これは貯金箱のようなもので、イベント開催中に通貨の代わりとして使用される<フクロウコイン>を自動でカウントしてくれるという優れものだ。


 フクロウコインは青、黄、赤、銀、金と五色に色分けされており、それぞれ100ベリル、500ベリル、1000ベリル、5000ベリル、1万ベリルの価値がある。各店舗はこの合計金額を競い合い、見事入賞を果たせば賞金と副賞が得られる。


 ニーナたちがなんとしても手に入れたい<一角獣のツノ>は、<調合部門>で三位までに入賞を果たさなくてはいけない。ちなみにイベントは両日ともに十時から十九時のあいだ。始まると三時間ごとに中間順位が発表されることになっているが、入賞を果たすためにも、なんとしても初日の時点で良い位置につけたいところだ。


 受付を済ませたニーナは決意を新たにシャンテたちのところまで戻ると、協力して出店の準備を進めた。机を並べ、テーブルクロスを敷き、その上にバスケットなどを置いて商品を綺麗に並べる。看板を立てて、試供品も用意し、それから鏡で身だしなみを確認する。


 そして時計の針は進み、ついに時刻は朝の十時を迎えた。

 どこかから鳴り響くファンファーレの音が、イベントの始まりを告げる。


 ──よーっし、優勝目指して売って売って売りまるぞぉ、おー!

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