ヤギミルクたっぷりヌルテカ泡ぶろ入浴剤
それはイベントを前日に控えた夜、夕食を終えて調合に取り掛かり、なんとかヌルテカ入浴剤の試作十三号を作り終えたときのことだった。ちょうどお風呂が沸いたから先に入ってきなよ、というシャンテの言葉に甘えて、ニーナは完成したばかりの試作品をもって浴室へと向かった。
「何か異常があったらすぐに知らせるのよー」
脱衣所に入ったところで、扉の向こうからシャンテの声が聞こえてくる。試作品の数々の犠牲となってきた経験から忠告してくれているのだろう。
「わかったー」
「初めは大丈夫と思っても、試作四号みたいに途中から泡が固まるものもあるから気を付けるのよ」
「それは五号だよ。でもありがと。了解でーす」
するすると、脱衣所にて身に纏っていた衣服を脱いで浴槽の前へ。湯気が立ち上るお湯のなかに試作品をぽちゃんと投入すると、浴槽はたちまち泡だらけ。お湯を手で軽くかき混ぜると甘そうな香りがふわっと鼻孔をくすぐった。これにはお疲れ気味のニーナも笑みを浮かべる。
──色良し。香り良し。泡立ちも良し。
ふんわりとした泡をどけてくぼみを作ってやると、その下からはミルク色の湯が現れる。ここまでは製作者の意図した通り。シャンテが心配するような異常も特にみられない。慎重に観察を続けていたニーナもかけ湯をしたのち、ゆっくりと片足ずつ湯船につかってみる。
──うん、あったかくて気持ちいい……!
そのまま一気に胸元まで。水面が揺らぎ、そのあと首元まで埋め尽くすように泡がニーナのもとに集まってくる。
「ぷはぁ……! あぁ、気持ちいい……」
両手で泡を掬い取って、口元まで。ふぅーっと息を吹きかけると、弾力のある泡は少しだけ抗ったのちに宙を飛んで、ゆっくりと湯船へ戻っていく。お湯は乳白色。特有のぬめりを帯びたお湯が肌をベールのように優しく覆う。
このぬめりこそ、<ヤギミルクたっぷりヌルテカ泡ぶろ入浴剤>の最大の特徴である。ぬめりが肌を潤し、体を芯から温めてくれるのだ。シャワーで洗い流すと余分なぬめりは落ちるが、落としたあともしっかりと保湿を続けてくれるので、お風呂上がりの肌はもちもちのつるつる。光を反射するほどのツルテカなもち肌となる……予定である。
「それにしても私、ここ最近ずっと頑張ってるよねぇ……うん……ここまできたら完成させたいなぁ」
うつらうつら。
眠たい。特性ポーションの効果が切れかかっているのかも。最後にあの酸っぱい水薬を口にしたのは、記憶がたしかなら八時間前。またお風呂から上がったら飲まなくては。
うつらうつら。
──もし試作十三号も失敗に終わったなら、次はかき混ぜる回数を……ダメだ。頭が回らない。
甘いミルクの香りに包まれて。
体はぽかぽかと温まり、まるで夢のなかにでもいるかのような心地よさに抱かれていた。ここ数日の無理がたたって、どうしてもこの気持ちよさに抗えない。
次第に瞼も重くなり、全身からは力が抜け落ちる。
「──ニーナ!」
耳元で大きな声がして、ニーナはハッとした。
目の前には一面の泡景色。ここは……浴室。そうか、自分は泡ぶろに入浴中に眠ってしまったのか、と理解するまでに数秒を要した。
「ちょっと、顔真っ赤じゃない」
「えっと……」
「アンタがなかなかお風呂から上がってこないから心配になって来てみたのよ。のぼせてない?」
「それは、たぶん大丈夫」
まだ自分のこともよくわかっていなかったけれど、たぶん大丈夫だろうと思った。
「あら、この泡良い感じじゃない?」
シャンテは浴槽の泡を掬って質感を確かめて、それからお湯を手で軽くかき混ぜた。
「お湯の温度も下がっていないし、香りも色もいいし。これ、もしかして成功したんじゃない?」
──成功した?
その言葉を耳にして、頭が急速に覚醒していく。
そうだ、私は泡ぶろの使い心地を確かめるためにお風呂に入ってたんじゃないか。ニーナはもう一度、自分を埋め尽くす泡の感触を確認する。それから左腕を水面から出して、肌の調子を確かめる。
──良い感じかもしれない。
ニーナは湯船から上がると、そのまま低めに設定したシャワーで全身を洗い流し、それからもう一度お肌の調子を確かめる。ぬめりは綺麗に落ちて、けれど肌を覆う心地よさはそのまま。つるつるで、すべすべで。でも転んでしまいそうな、身の危険を感じるほどつるつるになることは決してない。これぞまさに、追い求めていた理想だった。
「……完成したかも」
そう呟いて、二人の笑みが広がっていく。
「できちゃったかも! 私、とうとう完成させちゃったかも! あはは、やった、ついにやっちゃったかもっ!」
ニーナは自身の姿も考えず、濡れた体のままシャンテに抱き着いた。
◆
結局のところ、調合はイベント当日までかかった。あれから少しだけ眠って、起きたらポーションをグイっと飲んで気合を入れ直した。ニーナはひたすら鍋をぐるぐるとかき混ぜ、シャンテは素材の計量や、完成品の袋詰めなど、できることを手伝った。
そうして納得のいくところまでやり切ったときには、もう窓から朝の陽ざしが差し込んできていた。
けれど、でも、ようやくである。
「お、終わった……!」
そう、<ヤギミルクたっぷりヌルテカ泡ぶろ入浴剤>は完成を迎え、当初より用意できた数は少なくなってしまったものの、それでもニーナは百五十人分の商品を作り上げることができたのだった。




