負けられない!
「──そうね。ニーナの言う通り、なんとしても<一角獣のツノ>を手に入れたいと願うのならば、他の人と組む方が近道なのかもね。アタシも、そうするべきかもしれないと考えたことがあるわ」
「やっぱりそうだったんだ」
「でもね、アタシたち兄妹はそうしなかった。なんでかわかる?」
ニーナは静かに首を横に振った。
「わからないから知りたいんだ」
──ううん、そんなの嘘だ。
本当は知らないふりをして二人に甘えていたい。この楽しい時間がいつまでも続けばいいなと思ってる。辛いこと、苦しいことがあっても、シャンテたちがいてくれたら乗り越えられる気がするから、いつまでも側にいて欲しい。たとえロブが元の姿に戻れたとしても。
でも、そんなわがままを言ってはいけないと思うから、ニーナは本当の気持ちを知りたいと思うのだ。
「理由はまあ、色々とあるわ。そう、ほんとに色々。でも一番の理由は、ニーナが作る発明品が面白いから」
「お、面白い?」
ニーナは素直に喜んでいいのかわからずに首を傾げた。
これは褒められているんだろうか。それともからかわれているんだろうか。
シャンテは口元にうっすらと笑みを浮かべている。
「そう、ニーナの発明品は面白い。わくわくする。期待できる。失敗も多いけど、そのぶん完成するのが待ち遠しい。欠点も多いけど、すごいところだっていっぱいある。そのすごいところをみんなに知って欲しい。アタシの友達はすごいんだぞって、もっとみんなに教えたい。もっと広まればいいと思ってる。だから<青空マーケット>でアタシの友達の名前をうんと広めたい。だから協力したいと思える。いままでのアタシなら目的を最優先させるところなんだろうけど、錬金術に真剣に取り組むニーナの熱に当てられたからかな、素材も名声も、どっちも追いかけてみたいと思ったんだ」
「シャンテちゃん……」
それ以上、言葉が出なかった。
迷惑をかけている自覚があったから、ずっと、本当の気持ちを訊くのが怖いと思っていた。いつも振り回してばかりで、後始末をお願いすることも多くて申し訳なく思うのだけれど、それでもシャンテは許してくれて。今回のイベントの準備だって、雑用でもなんでも、できることは何でもするよと言ってくれていた。甘えていいのだろうかと思いつつも、でもついつい頼ってしまった。だから、頼れば頼るほど、本音ではどう思っているのだろうと、訊ねるのが怖かった。
それなのに、シャンテはこんなも自分に期待してくれているのだと知った。まだまだ<ガラクタ発明家>でしかない自分に期待していると言ってくれた。失敗作を面白がり、完成品を待ち望んでいるのだと、欠点もあるけどすごいところもあるのだと言ってくれた。そして友達だと、みんなに紹介したいのだと言ってくれた。
こんなにも嬉しいことがあっていいのだろうか。
「……ちょっと、なに泣いてるのよ」
「だって、だって……!」
赤く色づく頬に、熱い涙がこぼれ落ちる。ニーナはそれを拭うけれども、涙は止めどなく溢れてきて。
そんなニーナのことをシャンテは、馬鹿ね、というけれど、しかしシャンテの瞳もうるんでいた。
そのとき、どうしてかニーナの頭にアルベルの言葉がよぎっていた。
マヒュルテの森で出会ったあの日、なにがなんでもトップを目指すと、そうじゃなきゃ意味がないと、アルベルは自分に言い聞かせるように口にしていた。あれはもしかしたら、みんなからの期待に応えようとしているからではないかと、ニーナはふとそんな事を思った。そして、私も負けられないなと思った。
負けたくない、ではなくて、負けられない。
似ているけれど、でも確かに違う。期待に応えたいという強い意志の表れ。これまでにも「負けられない」と口にしたことはあっても、それを本当の意味で実感したことはなかった。なぜなら、いままでニーナは誰からも期待されたことがなかったから。
でもいまは違う。期待してくれる人がいる。しかも、こんなにも身近に。
「絶対に勝とうね、シャンテちゃん」
ニーナは自分に言い聞かせるように、そう口にした。
◆
昼食を終えたあとは、すぐに出店準備に取り掛かった。ニーナがアイマスクを付けて眠っていた三時間のあいだにシャンテは、泡だらけとなった浴槽だけでなく、失敗して真っ黒になった錬金釜も洗ってくれていたようで、すぐに次の調合に移ることができた。本当にシャンテには迷惑をかけてばかりだ。
でも、もう卑屈になったりしない。この恩は結果を出すことで返したいと思うのだ。
まず始めに取り組んだのは<レモン香るピリ辛フルーツポーション>の作成だ。試供品を配ることも考えて、合計五百は用意したいところ。一度の調合で最大五十近くの水薬を作成できるけれども、それでも単純計算で十回は作成しなくてはいけない。一度の調合にかかる時間は、準備や片付けを含めて一時間弱。シャンテが手伝ってくれるので、もう少し時間を短縮できるけれども、それでもこの日はポーションの制作にかかりきりとなった。ニーナはお鍋をぐるぐると、シャンテはひたすら<パンギャの実>をフランベした。
翌日は看板制作や値札づくりに励んだ。そのあいだシャンテには必要な道具の買い出しをお願いした。長机の上に敷くテーブルクロスや、小瓶を並べる小さな棚など、商品を綺麗にディスプレイするための小道具を選んで買ってきてもらった。
またロブから、衣服に<パンギャの実>の匂いが残っていると指摘されてしまったので、<裁縫の錬金術師マージョリー>の店で<魔法の香り上書きスプレー>も買ってきてもらった。
「ただいまー。……あれ、調合してるんだ。値札や看板づくりはもう終わったの?」
錬金釜をかき混ぜていると、買い出しからシャンテが戻ってきた。
「値札や商品カードはばっちりだよ。看板は見ての通り、現在制作中でございます」
「えっ? 看板を作ってるのよね? まさか錬金術で作るつもりなの?」
「うん、そのつもりだけど、なにかおかしかった?」
「……ううん。てっきり筆を取って手書きするものとばかり思ってたから意外だっただけ。寝ぼけてるわけじゃないのならそれでいいの」
もちろん寝ぼけてなどいないし、思い付きでこんなことをしているわけでもない。たしかに昨日は夜遅くまで作業をしていたけれども、それでも睡眠はとったし、朝食も用意してもらったものをきちんと食べた。いまだって真面目に錬金釜と向き合っている。家の裏手で拾い集めた木の枝と、<虹色ペンキ>という素材を組み合わせて、自立式の看板を製作中だ。
実はリンド村でも、こうして看板の制作を依頼されることはあって、ニーナの数少ない収入源だった。このときばかりはニーナも<ガラクタ発明家>ではなくて、一人の錬金術師として認めてもらえた。ニーナが作成する看板や旗は色鮮やかで、よく目立つこともあって、店の人やお客さんからも好評だった。だから看板づくりにはちょっとだけ自信があるのだ。
時計回りに三回、反時計回りにもうあと三回ぐるぐると。
そして仕上げに<神秘のしずく>をいつものように一滴だけ垂らせば……
──ぼふんっ!
錬金釜から立ち上る煙はもちろん白色。釜からはみ出すぐらい大きな自立式の看板の完成である。すぐ隣で完成する瞬間を待っていたシャンテも、これには驚きを隠せない。
「うわっ、信じてなかったわけじゃないけど、ほんとに錬金術で作れるんだ。しかもすごくカラフルじゃない」
素材はその辺に落ちている木の枝と<虹色ペンキ>だけ。しかし完成したのは黒板アートを模した立派な看板だった。「新装開店、ニーナのアトリエへようこそ!」という謳い文句と、朱色の帽子を被って杖を握ったひよこが描いてある。このひよこはラベルや紙袋にも描かれているマスコットキャラで、ひよこだから<ひよっこ錬金術師>と名付けた。
「前から思ってたけど、ニーナって絵を描くの上手よね」
「ふふん、ありがと。でもね、錬金術師はみんな絵を描くのが上手なんだよ? 完成品をイメージする力がないと、調合は上手くいかないからさ。だから錬金術師を志すものは、まずデッサンの練習から始めると良いと言われてるんだ」
「へー、そういうものなんだ」
そうして完成した看板も含めて、あとなにが必要か、準備に抜けがないか、シャンテと一緒に話し合った。
「買い物は専用のコインを使うから、つり銭の準備はいらないし、コインケースも用意してくれるから必要なし。あとは……」
「シャンテちゃんの服はどうする?」
「どうするって、いつも通りでいいでしょ」
「ネコミミとかいらない?」
「いりません。普段通りの格好でアタシはじゅうぶん可愛いから」
きっぱりと断られてしまった。概ね同意だけれど、でも残念である。
「うん、準備は終わったんじゃないかな」
「それじゃあ……!」
「ええ、あとの時間は入浴剤づくりに費やしてオッケーよ!」
この時点で、イベントまで残りあと一日と少ししか残っていなかった。けれど丸一日、明日は調合にかかりきりでも大丈夫だというだけで、ニーナは嬉しかった。あとは悔いのないようにやりきるだけだと思えば、まだ完成していないというのに何も不安を感じなかった。




