シティボーイと田舎娘
「ねえ、いいじゃん、私にも使わせてよ!」
露骨に嫌そうな表情を向けられたってニーナは気にしない。というより、好奇心は抑えられないものなのだ。
なんで君なんかに、と渋るアルベルに、それでもニーナは試させて欲しいと迫った。
「いいのかな? もし使ってみて気に入ったら、その商品を買うかもしれないよ? そしたら私もお客さんだよ? お客さんにそんな態度をとってもいいのかな?」
きつい印象のある目元をアルベルはさらに細めた。けれどいつものように、馬鹿なのか、と言わない事を思うと、少しは心が揺れてくれているのかもしれない。
それならと、ニーナはさらにぐいぐいと迫っていく。
「そういえばシャンテちゃんも欲しいって言ってたけど、お金がなくて悩んでるみたいなんだよね。でももし使い心地が良かったら、私からも後押しするのになぁ。そしたらイベント当日に二つも売れるかもよ? そうなったら優勝の座もぐっと近づくかもしれないねぇ?」
「……君たちも優勝を目指してたんじゃないのか?」
「そりゃあ参加するからには目指すは一番だけど、だからって蹴落としあっても仕方ないから、欲しい商品は迷わず買うつもりだよ。あっ、もちろんお金と相談しながらだけど」
──というよりは、シャンテちゃんに怒られない範囲で、だけど。
「……気楽でいいな」
「むぅ、また馬鹿にして!」
「僕は君たちと違ってなにがなんでもトップを取るつもりだ。二位以下なんて興味がない。……そうじゃなきゃ意味がないんだ」
「意味がないって、それどういう……おっと」
ひょいと、<ワイヤーバングル>を続けて二つ、軽く放り投げるように渡された。
「えっ、試していいの?」
「ああ。さっきも言った通り、僕はなにがなんでも優勝したいと考えているからな。そのためにも、君に商品の性能を認めさせたうえで買わせてやろうと思って」
なるほど、そういうことなら遠慮なく。
「バングル部分に付属している緑の結晶体が、手首の外側に来るように取り付けるんだ。両手にはめたら<イワタケ>を採取するためのナイフを利き手に持って……君、ナイフぐらい持ってきてるよな?」
「失礼な。もちろん持ってるよ」
「それはよかった。それじゃあまず左手を前に出して、<イワタケ>より少し上の辺りを狙いを定めて、結晶体に少しずつ魔力を貯めてみてくれ」
ニーナは言われた通り、左手を前に出して狙いを定めた。距離はニーナの歩幅で十歩ほど。目を細めながらよく狙いつつ、ワイヤーが飛び出るはずの半透明の結晶体に魔力を送り込む。
「……あれ? これなんだか暴発しちゃいそうなんだけど」
「その感覚で正しいよ。イメージは弓を引き絞っている感覚だ。矢を放つ直前に力を溜め込むだろう?」
ニーナは頷いてみせる。弓矢について詳しくはないけれど、でもイメージはできた。
「その状態で魔力を解き放てば、前方に向けてワイヤーが射出される。そのあとワイヤーを巻きとって<イワタケ>の側まで移動してから採取に移ってもらうつもりだが、焦らず、まずは岩場に<ポインタ>をくっつけることだけを考えてくれ」
「うん、わかった。いくよ……それっ!」
勢いよく射出されたワイヤーが真っすぐ、狙った場所へと飛んでいく。予想以上のスピードで飛んでいくので驚いたものの、反動も小さく、ほぼ狙った場所に当てることができた。
「まあ、初めてにしては──」
「すごいね、これっ!」
遮るようにニーナがそう言うと、アルベルは珍しく口をぽかんと開けた。
「初めての私でも狙った通りのところに飛んだよ! さすが多くの人に支持されるだけあってすごく扱いやすいや。反動も少ないから子供や女性でも扱いやすいだろうし、これなら値段さえ下げれば冒険者以外でも欲しがる人は多いだろうな」
「……ああ、そうだな」
「ん、アルベル?」
「いや、なんでもない。それより魔力の接続を切らすなよ。せっかく繋げたワイヤーが消えてしまうから」
「わかったよ。でもこのあとどうすれば……」
そうしてアルベルに手取り足取り教えてもらうことで、ニーナは見事に<イワタケ>を採取し、そして無事に足場まで戻ってくることができた。途中でワイヤーが切れれば地上まで真っ逆さまという危険な場所での採取となったが、<ワイヤーバングル>が作り出す魔法のワイヤーは安心感があったので、怖いとは思わなかった。扱い方も直感的な魔力コントロールで操作できたので、難しいことは何一つなかった。
「いやー、楽しかった!」
戻ってくるなりニーナは素直にそう言った。自分の発明品とは違って欠点らしい欠点もない。苦戦したことといえば岩にへばりつく<イワタケ>をナイフで斬り落とす作業に手こずっただけで、<ワイヤーバングル>に対して不満はなにも無い。
お礼を言って<ワイヤーバングル>を返して、それから採ってきたばかりの<イワタケ>もアルベルに渡そうとした。
「いや、それは君が採取したんだし、持ち帰ってくれていい。フレッドの店で売れば金に換えられるはずだ」
「えっ、いいの?」
「ああ。せっかく気に入ってもらったのに、金に余裕が無くて商品を買ってもらえないと僕が困るからな。資金の足しにでもしてくれた方がこっちもありがたい」
本当にアルベルは優勝以外に興味がないんだな。なんだか手柄を譲られて悔しいような気もする。けれど断る理由も無いので、<イワタケ>はありがたく魔法の瓶に入れて持ち帰らせてもらうことにした。
そのとき、二人を大きな影が覆った。なにか大きなものが頭上を横切ったのだ。
ニーナとアルベルは二人して空を見上げる。
「<オオユグルド>か。こんなに近くを飛ぶとは珍しいな」
すでにもう遠く向こうの空を羽ばたくフクロウの後ろ姿を見つめながら、アルベルはそう呟いた。
<オオユグルド>とは世界樹の上層付近を縄張りとする、大きな大きなフクロウの名前である。フクロウはこの地域の守り神であり、<オオユグルド>はこの森の生態系の頂点に君臨している。あの凶暴で血の気の多い<バトルベアー>ですら<オオユグルド>の前では赤子同然。ニーナの二倍から三倍はあろうかという巨体も、それ以上に大きな鉤爪でがっちりと掴まれて、そのまま連れ去られてしまう光景をニーナは間近で見たことがある。
──でもやっぱり、こんな世界樹から遠く離れた場所を飛ぶなんて珍しいんだ。
あの時遭遇した場所と、いまいる場所は大きく距離が離れているが、どちらも世界樹から遠く離れていることに変わりない。普通のフクロウとは違って、<オオユグルド>は滅多に人前に姿を見せないことで有名なのだそうだ。それにもかかわらず、こんなにも近くで二度も目撃できるなんて幸運なんだろうなとニーナは思う。
「そういえばアルベルはクノッフェンで生まれ育ったんだよね。<オオユグルドの羽>を手に入れたことはあるの?」
「あるわけがないだろう。いまみたいなことは滅多にないんだから」
──そうですよね……うん。初めて森に訪れたときに偶然にも手に入れたことは、絶対に黙っておこう。もしうっかり口を滑らせたら、なんだか怒られそうだし。
「それじゃあ僕は降りる。あとは勝手にしろ」
「えっ、一緒に連れていってくれないの?」
こんな滝がすぐ側に流れる絶壁の、少しだけ突き出た岩場に置いていかれると困るんですけど。ニーナは訴えかけるような視線を投げかけてみるけれども。
「なにを言ってるんだ。ここまで一人で来れたなら、当然一人で帰れるだろう?」
「そうだけど、せっかくならその便利な道具で私のことも降ろしてくれたらいいのに」
それにもう疲れてへとへとなんです。
「つまり僕に、君を背負えと?」
「うん」
「ばーかっ」
そう言い残し、アルベルは一人でさっさとワイヤーを伸ばして地上へと降りていってしまった。せめて<天使のリュックサック>があれば飛び降りられたのに。残されたニーナは仕方なく、また蔦のカーテンを両手に掴みながら、落ちないように慎重に降りていくのであった。
そのころ、弟のレックスはシャンテたちと焼いた魚を頬張っていたようです。ちゃっかりしてますね。




