ラッピング専門店 ココ・カラー
──まずい。非常にまずいです。もうあと残り三日もないなんて……
ラッピング専門店<ココ・カラー>。
錬金術師が多く暮らすこの街において、完成した調合品を商品として売り出すための包装を引き受ける専門店である。商品の形態に合わせて最適な包装を提案・実現してくれるとあって、錬金術師たちがこぞって利用するお店だ。
実はニーナもメイリィと<激辛レッドポーション>の契約を結んだあと、この店を利用していた。当然ながら、水薬を瓶詰めただけでは商品として成立しない。商品名が書かれた<ラベル>を瓶に貼り付けて初めて商品として売り出すことができる。この店ではラッピングを任せるだけでなくラベルを作成することもできて、デザイン案を持っていくと、それをもとにシールにしてくれるのだ。
ちなみに瓶もこの店で購入することができ、数種類あるものの中から好きな色や形のものを選ぶことができる。選んだ瓶に水薬を詰めて、ラベルを貼る。そして店頭に並べる。そうしてようやくお客さんの手元に届けることができるのだ。
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<青空マーケット>まであと残り六日と迫った日のお昼前のこと。ニーナたちはこの店を訪れていた。<大人顔負けグラマラスチョコレート>と<魔イワシ入り植物栄養剤>のラベルを作成するためである。チョコレートのほうは瓶に可愛らしいリボンも括り付けたいので、それも選びに来た。
また<つむじ風の卵>や<バケツ雨の卵>は剥き出しのまま販売して万が一落として割れてしまうと大変|(特に<バケツ雨の卵>はうっかり落っことすと大雨が降って悲惨なことになる)なので、どのような形で販売すればよいか、相談したいとも思っていた。
「──そうですね、楕円形をした卵をテーブルの上で販売するのは、ころころと転がってしまって危ないですよね」
この店を切り盛りするチェシカはうんうんと頷いた。白シャツに青いジーパン、頭にはバンダナを巻いており、ラフでお洒落な服装からはセンスの良さを感じる。両手首のシュシュも可愛らしい。
「でしたらクッション素材でできたキャップをはめて、カゴにでも盛り付けましょうか」
「そんな都合の良いものがあるんですか?」
「ええ。フルーツキャップといって、調合品にこのようなものをはめることは珍しいですが、当店では果物のカゴ盛りもたまにさせていただくので」
そう言ってチェシカは小さな編み込みのバスケットを用意すると、底に藁を敷き詰めることでクッションを作り、その上にフルーツキャップをはめた<バケツ雨の卵>を三つ四つと並べた。キャップの色はグリーン。商品の顔として卵の表面を見せながらも、網状の発泡緩衝材が表面を半分ほど覆っている。
「おぉ、すごいです! ひと手間加えただけなのになんだかお洒落です! それにこの方法なら絶対に落っこちたりしませんし」
さすがはプロの技。瞬く間に問題を解決したチェシカに、シャンテも感心した様子で頷いている。
「ふふっ、ありがとうございます。キャップの色はグリーン、イエロー、ピンク、パープル、ホワイトの五色からお選びいただけます。もしキャップが邪魔なようでしたら、そのままでも藁を敷いているので大丈夫だとは思いますが」
「いえ、万が一にも落としたら大雨が降って大変なので、キャップをはめさせてください」
「そこまで心配されるようでしたら、こんな方法も」
チェシカは卵よりも少しだけ大きくて透明な瓶を選ぶと、今度はそこに藁を敷き詰め、手でくぼみを作り、その上に卵を乗せて蓋をした。
なるほど、たしかにこれならより安心である。
「今回は藁を敷き詰めましたが、スライムクッションで容器の中を満たしても面白いですね。透明なので卵がよく見えますし、取り出したときも案外べとつきません。緩衝材としては最高性能ですよ。そのぶんちょっと費用の方も掛かりますけど」
初めて耳にした名前だけど、透明な液体状のクッションなのだろうなとなんとなく想像はつく。ただ子供向け用に販売する<つむじ風の卵>に対し、瓶やスライムクッションなどで費用がかさむのは避けたいところだ。訊くとバスケットやキャップの値段は控えめだったので、今回はカゴに盛って販売することにした。
他にも<お喋りリップシール>や<気まぐれ渡り鳥便箋><絶対快眠アイマスク>などはテーブルの上に見本を置いておき、購入してくれたお客さんに手渡すときは、小さめの紙袋に入れることにした。この紙袋もアイディアを出せば、あとはデザインした専用のものを用意してくれるという。
「デザインって文字だけでなく絵を描いてもいいんですよね?」
「もちろんですよ」
「えっと、家でこんなのを描いてみたんですけど……」
「あら、可愛らしいひよこですね」
描いたのは、朱色の帽子に<七曲がりサンダーワンド>を手にしたひよこである。これはシャンテに「アンタはまだまだひよっこなんだから」と言われて着想を得たもので、ニーナのトレードマークである帽子と杖を一緒に描いた。これらをラベルや包装紙に印刷することで、ひよっこ印を見れば私の作品だと一目見て分かるようにしよう、そうすることでニーナという名前を憶えてもらおうと考えたのだ。
「この絵を、これから作成するラベルや包装紙の全てに使用したいと考えてるんですが、できますか?」
「大丈夫ですよ。統一感が出て素敵だと思います」
イザークが調合する化粧品<海月美人>は、彼の元妻がデザインしたという海月の絵がとても素敵だった。パッケージとなる絵の力というものを知ったからこそ、ニーナもデザインにはこだわりたいと思ったのだ。
ただ、問題も一つだけあって……
「あの、手元には完成品がないんですけど、入浴剤も販売したいと考えているんです。ちょうど見た目や大きさが石鹸のような固形タイプの入浴剤で、お湯を張った浴槽の中に入れて使うものなんですけど、販売するなら包み紙も必要だということに気づきまして」
「なるほど。たしかに石鹸のようなものであるならば、なにかに包んでお渡しする方がいいですね」
「そうですよね。ただ恥ずかしながら、もう間もなくイベントだというのに完成していなくてですね。大きさもきちんと決まっていないんです。あの、包装紙って前日でも用意してもらえるものですか? それと、この店では商品を預ければ包んでもらえるサービスがあると窺ったのですが、前日にお願いしても大丈夫なんですか?」
訊ねてみると、チェシカは気まずそうに微笑んだ。
「えっとですね、通常であれば前日だろうと当日の朝だろうと、できる限りの協力はさせていただくのですが、この時期は他のお客様のご利用も多くありまして」
そうですよね、とニーナは頷く。当然ながら、イベントには他にも多くの出店者がいる。この店を利用するのはニーナだけではないのである。入浴剤は売り上げを取るためにも二百個用意する予定なので、お任せできればとても有難かったのだが。
「そのことを踏まえまして、遅くとも二日前にはご相談を、またラッピングのサービスをご利用されるのでしたら、三日前の午前中には商品をご用意いただけると助かります」
つまりあと三日のうちに完成させなくてはいけないのか。<激辛レッドポーション>の改良もまだだというのに、これは非常に困ったことになった。どうするの、と訊ねるシャンテに、どうするもこうするもないよ、と弱々しく返す。
「無理言って頼むわけにもいかないし、あと三日だというならそれまでに完成させるしかないね」
「できそうなの?」
「うーん、正直言うとちょっと煮詰まってる。一応試してみたい素材はあるんだけど、もうあんまりお金余ってないよね?」
ロゼッタから引き受けた依頼の報酬も、そのほとんどが出店準備に消えてしまった。イベント当日になれば商品を売って取り返せるとはいえ、いまはちょっとした資金難なのである。それに加えてラベル作成やラッピングにもお金がかかる。ロゼッタに頼めば報酬を上乗せしてもらえるような気がしないでもないが、できればそんなことはしたくなかった。
こうなれば残された道は一つしかない。
翌日、ニーナたちは素材と刺激を求めてマヒュルテの森へと赴くのであった。




