こんなときにピッタリの発明品
「うん、任せて!」
ニーナはどんと胸を叩く。隣でシャンテが呆れ顔だけど、そこはあえて気にしない。
「ようはグローメルさんから本心を聞き出せばいいんだよね? それなら私の発明品が役立てるかもしれない。こんなときにピッタリの発明品があるんだよ!」
とたとたと戸棚まで駆け出して、そして実家から持参した発明品を探し出す。
えっと、うーんと、どこに片付けたかな……
「あった! これこれ!」
ニーナが取り出したのは小さな手帳のようなもの。ただこれは手帳ではなく、ぱかっと開くとなかには唇が描かれたシールが。それはなんなのよ、と訊ねるシャンテに、ニーナはふふんっと笑みを返す。
「これは<お喋りリップシール>と言ってね、相手に本心を語らせたいときに使う道具なの。使い方は簡単で、相手の肌にペタっと貼るだけ。するとあら不思議。心の奥底にある本心を、シールに描かれた唇が包み隠さず喋っちゃうの!」
「つまり罪を自白させられるってこと?」
「そういうこと! もちろんグローメルさんが本当にロゼッタさんを騙していたとしたら、の話だけどね。ただ問題点もあって、これを貼り付けるとあまりに本音をさらけ出しすぎちゃって、相手を思いやることもできなくなるの。だからもしシャルトスの言う通りグローメルさんがお金目当てでロゼッタさんと付き合っていたならば、きっと<お喋りリップシール>はひどいことをベラベラと喋っちゃうと思うんだ」
過去にはこれをダンとテッドの二人に試してもらい、自分もシールを貼って会話したことがあるのだが、案の定ケンカにまで発展してしまった。シールを剥がそうにも効果が切れるまでの三分間はどうやっても剥がせず、唇を手で覆っても紡がれる言葉は止まらない。
そうしてダンは胸に秘めたるロマナへの愛を赤裸々に語り、なんとも恥ずかしい想いをしたあと、ニーナのことをチッパイだの、ちんちくりんだのと罵り始めた。そしてこのときに<ガラクタ発明家>という不名誉な仇名が誕生したのだった。
「そうなったらロゼッタさんは立ち直れないぐらい傷ついちゃうかもしれない。それでも構わないとシャルトスがいうのなら、私は力を貸せると思うけど、どうする?」
「大丈夫。もし主さまが傷ついたなら、そのときこそ使い魔である僕の出番だ。だからお願いだ、そのシールを持って僕と一緒に来て欲しい」
「うん、わかったよ。それじゃあさっそくロゼッタさんのところへ……」
「ちょっと待ってよ」
動きだしかけたところで、二人の会話をシャンテが遮る。
「わざわざニーナがついて行く必要ある? シャルトスは人間の姿になれるのだし、シールだけ渡せばいいじゃない」
「えっ、でも……」
ニーナは口ごもってしまう。
シャンテの意見はもっともだ。いますべきことはきっと<青空マーケット>の準備である。なにせ開催まで今日を含めてあと七日しかない。そしてポーションと入浴剤の改良はというと、正直言って難航していた。いまは半日たりとて時間が惜しいのである。
しかしながらシャルトスは、それでも僕はニーナに来て欲しい、と真っすぐ目を見て言う。
「実を言うと、いま二人はこの近くのカフェでデートの真っ最中なんだ。だからうまくいけばあと一時間足らずで全てに決着をつけられると思う。だからもうあとほんの少しだけ、ニーナの時間を僕にください」
「シャンテちゃん……!」
ニーナとシャルトスは訴えかけるような眼差しをシャンテに向ける。これにはさすがのシャンテもたじろがずにはいられない。少し考え込んだあと、やがて大きなため息をつく。
「……わかったわ。本当は反対したいところだけど、ロゼッタのことが気掛かりで調合に失敗されても困るし」
「シャンテちゃん!」
「ただし、こうなった以上はアタシも行くわ。行って、さっさと面倒ごとを終わらせるわよ」
「うんっ!」
ついに話はまとまった。あとはデート中だという二人のところに行って、グローメルにシールを貼り付けるだけである。ただニーナはいまになってもシャルトスの勘違いで、グローメルとロゼッタは本当に愛し合っていたらいいのにな、と思わずにはいられなかった。
「おー、結局行くのか。気を付けてなー」
「なに言ってるの。兄さんも一緒に来るのよ」
他人事のように言うロブに、シャンテはそう言い放った。
◆
「ここが二人がデートの真っ最中だという喫茶店ですか」
店の外より、窓から店内の様子を窺うニーナと、朱色の帽子の上にちょこんと乗るシャルトス。二人はひょっこり顔だけ出すようにして覗いているのだが、傍目から見れば怪しいことこの上ないわね、とシャンテはまたもため息をつきたくなる。
「なにやってるのよ」
「あのね、二人がこの店にいるのは間違いないみたいなんだけど、肝心のシールをどうやって貼り付けようかと思って」
魔女ロゼッタの使い魔であるシャルトスは、どこにいてもご主人様の居場所を感じ取ることができるらしい。だから今なお二人がこの喫茶店でお茶していることは間違いないのだとか。であるならば、もたもたせずに店に入ってシールを貼ればいいと思うのだが。シャンテがそう言うと、ニーナはでも、と口ごもる。
「私もシャルトスも、二人ともグローメルさんたちに顔を知られているから、すっごく警戒されていると思うんだ」
そういえばシャルトスはグローメルのことを警戒心の強い男だと評していた。
「あっ、そう。それじゃあアタシが貼ってきてあげるから貸して」
「えっ、あっ、うん……」
奪うようにニーナの手から<お喋りリップシール>を取り上げると、シャンテはロブを連れて店内へ。そして店の一番奥で談笑に夢中になっている二人を見つけ出すと(ロゼッタの大きな背中が目立っていたので、すぐに発見することができた)、そのまま迷うことなく二人に歩み寄る。そして手帳からシールを剥がして、無言でそれをペタっと、グローメルの右手の甲に貼り付けた。あまりに突然のことにグローメルはシャンテを見て目を瞬いた。言葉すら出ないようだったが──
『誰だお前は!?』
「えっ……?」
するといきなり、手の甲に貼られた唇が本物そっくりに動き、勝手に喋りだしたではないか。これにはグローメルもロゼッタも驚きを隠せない。
『せっかくもう少しで大金を手に入れられそうだってのにさ、良いところで邪魔するなよ』
いきなり核心に迫ることをベラベラと喋りだす唇。グローメルの顔がみるみるうちに青ざめていく。
「さすがニーナの発明品。効き目だけはバッチリね」
と、シャンテは慌てて追いかけてきたニーナに笑いかける。当の開発者は気まずそうにロゼッタとグローメルを交互に見ており、シャルトスは恋人を隔てるテーブルの上に飛び乗った。まるで極悪人からご主人様を守ろうとするかのように、その瞳に強い意志を宿している。
「こ、これはどういうことなの?」
そう訊ねたのはロゼッタだ。狼狽える魔女に、ニーナはすみませんと一言断って、これは相手に本心を喋らせる魔法の道具だと簡単に説明する。
「それでは先ほどの発言もグローメルさんの本心だというの?」
「そうよ」
シャンテはそう言うと、躍起になってシールを剥がそうとしているグローメルにたっぷりと笑みを浮かべて問いかける。
「というわけだから訊くけど、アンタは本当にロゼッタのことが好きなの?」
「も、も、もちろん僕は彼女のことが──」
『好きなわけないだろっ!』




