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ひよっこ錬金術師はくじけないっ! ~ニーナのドタバタ奮闘記~  作者: ニシノヤショーゴ
5章 ロゼッタお嬢様のわがままな依頼
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大人顔負けグラマラスチョコレート

 ロゼッタの来訪から早くも五日。ニーナは今日も小さな体で一生懸命に錬金釜をかき混ぜていた。


 この五日間で繰り返した失敗は数知れず。しかしながら確実に前に進んでいるという実感をニーナは得ていた。ちょうどお昼前に<魔イワシ入り植物栄養剤>の試作品が完成し、庭に植えられた<スロジョアトマト>に使用してみたところである。


 調合の要である<魔イワシ>は地中を泳ぐ世にも珍しい魚で、ここよりずっと東にある砂漠で獲れる。群れで泳ぐ習性があり、彼らが通ったあとは砂が盛り上がるのですぐにわかる。その通り道にあらかじめ網を仕掛けておくことで捕獲するのだ。実はこの<魔イワシ>はマナを多く含む食材として最近注目を集めている食材なのだが、陸にあげるとすぐに弱ってしまうため、生で食べられるのは地元民だけ。素材屋で売られていたものも乾燥させた干物の状態だった。


 この<乾燥魔イワシ>を荒く砕き、素材としてふんだんに使用して完成したものが<魔イワシ入り植物栄養剤>である。顆粒かりゅうタイプの栄養剤であり、これを水に混ぜて水やりすることで、植物を元気に成長させることができる……予定だ。いまはその結果待ちである。この試作品が成果を上げて、<スロジョアトマト>がたわわに実ったならば、本格的に<激辛レッドポーション>の改良や試供品づくりに取り掛かることができる。


 その一方で<ヤギミルクたっぷりヌルテカ泡ぶろ入浴剤>については、まだ調合に取り掛かる段階にまで辿り着けていなかった。けれど調合の準備の一環として、先日、酪農家を営む実家に向けて<魔法文>を飛ばしたところだ。素材として使用する予定である<ヤギミルク>と、ついでに<羊毛>を送って欲しいと頼んだのである。どうせなら地元の素材を利用して調合品を完成させたい。それに実家から送ってもらえば材料費を節約できるしね、なんてちょっとズルいことを考えていた。


 ──それにしてもまさか、巨大ゴーレム事件のことを知らないなんて!


 頼んだ素材が届くよりも先に手紙で返事が届いたのだが、なんとリンド村では、クノッフェンで起きた巨大ゴーレム事件が伝わっていなかった。いくらニーナの故郷が呆れるほどの田舎とはいえ、世界中を驚かせた事件が知られていないなんて信じられない。確かにこのようなことで有名になりたくて村を飛び出したわけではないし、だからあえて自分から手紙に功績を書くことはしないけれど、だからといってニーナとしては面白くなかった。


 それはさておき。

 <青空マーケット>の準備を着々と進めながらも、ロゼッタからの依頼は最優先で取り組んでいる。いまも調合の真っ最中。ニーナはテーブルの上にあらかじめ計量を済ませておいた<デカメロンの果汁>を手に取り、熱々に熱された釜のなかに回し入れる。あともう少し煮詰めれば完成することだろう。成功の予感を感じ取ったニーナは顔をほころばせた。


 ちなみに試行錯誤の末、<リンゴ三個ぶんのリンゴ>ではなく、<くびれひょうたんの種>と<ぷるるんピーチ>を採用。また<デカメロン>は果汁だけを使用することにした。残った果肉と皮は、あとでロブが食べてくれることになっている。


 ──ドンドン。


 扉を叩く音が聞こえる。

 続いて「わたくしですわ」とロゼッタの声が。


「ごめんなさーい。いまちょっと調合中で手が離せませーん」


 ニーナは両手で<かき混ぜ棒>を握りながら叫んだ。いまここで調合を中断するわけにはいかない。ロゼッタには申し訳ないけれど、ロゼッタの事を思えばこそ、ここは外で待ってもらうほかない。


「あら、開いてるじゃないの」


 えっ、とニーナは肩越しに振り返る。

 ロゼッタと、彼女の使い魔であるシャルトスが家に上がり込んできたのだ。


「鍵をかけ忘れるなんて不用心にも程がありますわよ」


「あはは……以後気を付けます」


 ──もう、シャンテちゃんったら! 家を出るときは鍵を閉めておかなくちゃ。


 ……と思ったけれど、よくよく考えれば、最後に扉を開け閉めしたのはニーナだった。どうやら<魔イワシ入り植物栄養剤>の効力を試すために花壇に水やりをしたあと、鍵をかけ忘れたらしい。ごめんねシャンテちゃん、と心のなかで謝る。


 ロゼッタが隣までやってきて、釜のなかを覗き込む。

 ちらりと見た横顔は、やはり暑いのか汗を掻いていた。せっかくのお化粧も崩れかけである。


「あの、あんまり近づくと熱気がすごくて汗かいちゃいますよ?」


 錬金釜のなかに汗が入ると、せっかくここまで順調だった調合が失敗してしまうかもしれない。けれど、さすがに汗が混入するので離れてくださいとは言えず、ニーナはやんわりと下がって欲しいと伝えた。ロゼッタもこれ以上汗をかくことを嫌ったのか、一歩後ろに下がって、湯気が立ち上る錬金釜から距離をとる。


「それで、進捗はいかが?」


 ロゼッタの望みは、理想の体型になれる調合品の完成。つまり、ここでいう進捗は依頼品の調合は進んでいるのか、ということだろう。ニーナは胸を張って答える。


「ちょうどいま取り組んでいるのが依頼品で、ここまではとても順調です。残すは最後の工程のみ。もう間もなく完成すると思うので、期待してもらっていいですよ!」


「あら、強気ね。それじゃあ完成まで待たせてもらおうかしら」


 ロゼッタはそう言って、近くの椅子を引き寄せて腰かける。シャルトスもぴょんとテーブルの上に飛び乗った。生意気なところもある猫だけど、なんだかんだでご主人様にはなついているみたいだ。ニーナは微笑ましく思いながらも、いま一度視線を錬金釜に戻す。<錬金スープ>の色合いを見極めるためにも、いまは調合に集中しなくては。


 と、思った矢先だった。

 視界の隅に、落下していく小瓶を捉えたのは。


「あっ」


 それは調合の最後に使用する<神秘のしずく>が入った小瓶だった。<錬金スープ>に投入することで調合品に形を与える、錬金術に欠かせない素材であり、これがなければ完成はありえないのである。


 それほど大切な液体が入れられた小瓶が、いま視界の隅で音を立て……ない?


「もう、このイタズラ猫ったら」


 ロゼッタがシャルトスの首根っこを掴む。どうやら小瓶を落としたのはシャルトスらしかった。ただの猫ならまだしも、使い魔ともあろう存在が小瓶を落とすような失態を犯すなんて思わなくて、完全に油断していた。


 ただ、どうやら小瓶は無事。ロゼッタが落下の寸前に魔法で浮かせてくれたようである。


「ごめんなさい。騒がせましたわ。調合に影響はありまして?」


 ニーナは目を凝らして<錬金スープ>の色合いを確認する。

 ほんのわずかとはいえ落下する小瓶に気を取られて、かき混ぜることを止めてしまったわけだけど。


「いえ、大丈夫だと思います」


 別段の変化はなし。むしろちょうど頃合いのようである。

 ニーナは<お知らせヤギ時計>にちらりと目をやり、調合にかかった時間を<クモ脚の自動筆記補助具>を通じて紙にメモする。そして<神秘のしずく>が入れられた小瓶の栓を開けて、錬金釜に向き直り深呼吸を一つ。


「……いきますっ!」


 緊張の一瞬。ロゼッタが固唾をのんで見守るなか、ニーナは小瓶を少しだけ傾ける。


 ──ぼふんっ!

 たちまち錬金釜から煙が上がった。

 その色が白色であることを確認したニーナは、依頼人の前だというのに、やったぁ、とつい喜びの声を上げてしまう。


「どう? 成功したのでしょう?」


 ロゼッタが椅子から立ち上がり、釜のなかを覗き込む。


「この黒いものは……もしかしてチョコレートかしら?」


「そうなんです! 名付けて<大人顔負けグラマラスチョコレート>! ひとかけ食べるだけで理想の体型に大変身できるチョコレートに仕上がったはず! えっと、さっそく試されます?」


「もちろんですわ」


 ロゼッタは完成したばかりのチョコレートに手を伸ばし、それを一つ口に含んだ。

 そのすぐ側ではシャルトスが、なんとも面白くなさそうな顔をしてご主人様の姿を見つめている。


「理想の体型を思い浮かべながら、よく味わって食べてみてください」


「白いドレスを身に纏った姿を思い浮かべればいいのね」


 ロゼッタは目をつむり、口のなかでチョコレートを転がす。そしてしっかりと味わってそれを食べた。

 すると──


 ロゼッタが白い肌をぶるんと震わす。

 その直後、彼女の体に異変が起こる。その四肢はみるみるうちにやせ細り、けれど胸の大きさは変わることなくそのままに。肌も見るからに若返り、くすんでいたブロンドヘアーに輝きが戻る。その急激な変化にロゼッタは戸惑いながらも、その顔は少女のような明るい笑みを浮かべていた。


「まあ、素晴らしい変化ですわ!」


 ロゼッタは自分自身の体を抱きしめながら喜んだ。肩幅も半分ほどになり、ドレスの肩ひもが落ちてしまっているため、こうでもしないと真っ赤なドレスが脱げ落ちてしまうのである。豊満な胸を寄せるような仕草に、ニーナは思わず息を呑んで見とれてしまう。


 ──こんなの、ロブさんじゃなくても目を奪われちゃうや。


 普段なら嫉妬するところだけれど、いまはそれすらも感じないほど、目の前に立つ美人の虜になっていた。美しさを取り戻したロゼッタはまさに絶世の美女。これならきっと意中のハートを射止めるに違いない。そうニーナは確信した。


 ところが──


「あら、なんだかまた体がむず痒くなってきましたわ」


 えっ……?

 ニーナはたまらなく嫌な予感がした。

 こういうときほど、予感というものは当たるものである。


 再びロゼッタの体に異変が起きる。

 すらりとした手足は、また元の太さへと戻っていく。


 ──いや、これは違う。元に戻ってるんじゃない!


 みるみるうちに肥大化する体。風船のように膨らんだロゼッタはびりびりと服を破りながら、どんどんと肥え太っていく。

 かと思えば、今度は足が伸びて、手も伸びて、体も伸びて。まるで体にポンプで空気を送り込んでいるかのように痩せたり太ったりを繰り返しながら、次第に大きくなり、いまや天井に頭がぶつかった状態だ。テーブルや椅子をなぎ倒し、錬金釜もひっくり返し、床や天井はみしみしと音を立て始める。


「二、ニーナさん!? これはいったいどうなっているの!」


「と、とりあえず落ち着いて! 座ってください!」


 一糸まとわぬ姿になってしまったロゼッタは、手で胸を隠しながらその場に座り込む。体はすらりとした美女の姿に戻ったけれど、巨大化してしまって、座った状態だというのに首を曲げないと頭が天井にぶつかってしまう。シャルトスはご主人の一大事だというのに大笑いだ。


 この状況にニーナはすぐ近くの戸棚を開けて、自作の発明品である<携帯用(かいこ)ちゃん>が入ったシャーレを取り出した。


「お願い、蚕ちゃん! ロゼッタさんに可愛らしい服を着せてあげて!」


 ニーナがお願いをすると、小さな蚕は口から糸を吹き出し、ロゼッタの体をぐるぐる巻きにした。そして物の数秒でロゼッタに新しい服を与えた。黒いゴシック調のドレスである。どういうわけかネコミミ付き。この辺りは蚕の趣味だ。


 ロゼッタの体の異変はひとまず収まっていた。

 巨大化してしまったロゼッタは膝を抱えた姿勢でオロオロとしていた。いつも気丈に振舞っていたロゼッタも、いまは涙目。でも無理もないよね、とニーナは居たたまれなくなる。幸いというべきか美しさは健在で、ある意味でゴスロリドレスを身に纏った芸術品のようであった。


 ──この姿を見たら、ロブさん喜ぶだろうな。


 苦笑しつつ、なんとも場違いな感想を抱いた。


「大変だ、ニーナ!」


 そのとき、玄関の扉が急に開いて、シャンテが顔を覗かせた。

 珍しく、とてもとても焦っているようだけど。


「外がとんでもないことに……って、うわぁ!?」


 荒れた部屋の惨状と、巨大な美女を前にして、シャンテは言葉を失った。

 ──って、えっ、外も大変ってどういうことですか?

試作を重ね、<ダイエットチョコレート>は<大人顔負けグラマラスチョコレート>に進化した!

(明日は水曜日なので更新はお休みです。明後日の更新をお楽しみに!)

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