ライバル出現!? 鋼線の錬金術師の息子①
ひと騒動あったものの、なんとか財布を取り返したニーナたちは店内へと足を踏み入れる。ここは素材屋バーニー。植物栄養剤を作成するのに必要な<魔イワシ>を購入するためにやってきた。
見渡した店内は相変わらず怪しさ満点だ。博物館でもあり、実験室のようでもある。入ってすぐ、正面に置かれたオオカミや鹿の剥製がニーナたちを出迎え、横長のウッドテーブルの上では猛獣の爪や牙といった厳つい品物が物言わぬ存在感を放っている。両脇の棚にも瓶詰にされた素材がこれでもかと並んでおり、また別の棚では水槽に入れられた魚や海藻が飼育されている。店内の奥では植物の苗木や種も売られているようだ。さすがはクノッフェンの素材屋さん。錬金術師の街に店を構えているだけあって品ぞろえも豊富である。
「やあ、いらっしゃい」
店の奥からフレッドが気さくに声をかけてくれた。デニムのオーバーオールがトレードマークの若き店主だ。ただ今日は先客がいるようで、フレッドと品物をやり取りする男性客の姿が見えた。その人もニーナたちの存在に気付いてこちらを向く。整った顔立ちに黒くて不揃いな前髪。身長はニーナよりもずっと高いが、男性としては平均的だと思われる。歳は恐らく二十歳前後。痩せ型で、目つきは鋭いが、たぶんこれが彼の常なのだろう。男は目だけを動かすようにしてニーナとシャンテを交互に見たあと、特に何も言わずにフレッドに向き直った。
ゆっくりしていってね、というフレッドのお言葉に甘えて店内をぶらつかせてもらう。より多く売り上げるためにも、質の良い発明を。そのための戦いは素材選びから始まっている。ニーナは何一つ見逃すまいとでもするように、注意深く商品棚を眺め始める。
──とと、まずは忘れずに<魔イワシ>を確保しなきゃ。
素材選びに熱中する前に、植物栄養剤の要となる素材を買い求めなくてはいけない。魚となると水槽の近くで売られているだろうか。それとも砂漠の地中を泳ぐ魚だから、まったく別の場所だろうか。いつもフレッドに訊ねればすぐに教えてくれるのだが、今日は他の客と会話しているので自分で探さなくてはならない。
「──これはまた状態のいい<薬効ツユクサ>だね。いつもより少しいい値段で買い取らせてもらうよ」
やり取りする声が聞こえてくる。どうやら青年は素材を求めに来たのではなく、むしろ売りに来たようだ。ということは、彼は冒険者なのだろうか。ニーナはなんとなく気になり、離れたところから様子を窺っていたのだが、それゆえ背後から迫る危機に気付くことができなかった。
「──それっ!」
「ひゃあっ!?」
ふわりと浮き上がるスカート。小さなリボンが装飾された可愛らしい下着があらわになる。振り返ると、見知らぬ男の子がスカートを思いっきりめくり上げていた。慌てて裾を押さえるが、声を出してしまったのがいけなかったのか、フレッドたちから視線を集めてしまう。ニーナはたちまち顔を耳まで真っ赤に染めた。
「ふっ……白か」
「ちょっと、ロブさん!?」
どごぉ……!
と、ニーナに代わってシャンテが兄にげんこつを落とす。
そのすぐ側でもう一つ、どごぉ、と青年が、悪さした男の子にげんこつを見舞った。よく見れば二人は髪の色や目元がそっくりである。
「えっと、もしかしてあなたの弟さん?」
火照ったように赤い顔のまま訊ねると、ああ、と目つきの悪い青年は小さく頷いた。思った通り年の離れた兄弟だったようだ。青年は弟に向き直ると、なんでこんなことしたんだ、ときつい口調で問い詰める。
「だってこいつ、父ちゃんの発明品を使ってない!」
青年の鋭い目がニーナの手元へと向けられる。
「……確かにそのようが、だからといって女性のスカートをめくっていい理由にはならない。さあ、頭を下げて謝るんだ」
兄に促された弟はそれはもう渋々といった様子で、すみませんでしたと謝罪の言葉を口にした。もちろん反省の気持ちはまったく伝わってこない。これには青年もため息をつく。
「本当に申し訳ない。なんといって謝ったらいいか」
「いえ別に、子供のしたことですし。それよりお父さんの発明ってなんですか?」
気まずくて強引に話の話題を変えると、弟はぱっと目を輝かせて叫ぶ。
「聞いて驚け! 俺たちの父ちゃんは<ワイヤーバングル>を発明したすごい人なんだぜ!」
「えぇ、本当に!?」
「ほらっ、どうだ!」
これが証拠だと言わんばかりに、腕にはめたブレスレット状の道具を見せつける。太めのシルバーのリングに、深緑色の半透明な結晶体が取り付けられたシンプルながらも洗練されたデザイン。間近で本物を見たことがなかったとはいえ、写真でなら見たことがある。これはまさしく、かの有名な<ワイヤーバングル>で間違いない。
──こんな高価なものを子供が身につけているということは、それじゃあ本当に?
ニーナは窺うような視線を兄の方に向けた。
「ああ、弟の言っていることは本当だ」
ニーナは目をぱちくりとさせた。
──えっと、お父さんが有名人ということは、きっとこの二人も有名人で、だから、えっと……
戸惑っていると、すぐ側で弟がよく見てろ、と右腕を前へと突き出した。ひゅんっ、という風を切るような音が鳴って、かと思えば緑色の光る魔法の鋼線が真っすぐに伸びて、少し離れたところにある商品棚の瓶に命中。<ポインタ>と呼ばれる、先端の丸い球体部分がぴたりとくっつくと、ワイヤーが巻き取られ、棚から瓶を強引に抜き取った。
「あっ……!」
しかし抜き取る際に瓶と瓶がぶつかり、隣にあった商品が棚から落ちてしまう。瓶が割れてしまう光景が脳裏によぎり、ニーナは小さく悲鳴を上げた。
けれどそのことにすぐさま兄が反応する。兄も腕に取り付けた<ワイヤーバングル>の結晶部分から光る鋼線を射出し、なんと落下してゆく瓶を寸前のところですくい上げてみせたのだ。そのまま魔法のワイヤーは巻き取られ、瓶は割れることなく兄の手元に収まった。兄はじろりと弟を睨む。
「ご、ごめんなさい」
今度は心から申し訳なさそうに謝ったが、兄は何も言わずに弟から瓶をひったくると、それらを丁寧に棚へと戻した。弟は落ち込んでおり、少々気まずい空気が流れる。フレッドが気遣って、何事もなくてよかったよ、と明るく笑ってみせた。ニーナも少し屈んで、お父さんの発明すごいね、と弟に声をかける。
「そうだろ!」
一転して元気になる弟くん。落ち込むという言葉を知らないのかな、と言いたくなるのをぐっとこらえる。にっと笑った表情が思いのほか眩しくて、どうも憎めなかった。
「父ちゃんも兄ちゃんもすごいんだ。街のみーんなから期待される偉大な錬金術師で、今度の<青空マーケット>でも優勝間違いなしなんだぜ!」
この言葉に、ニーナとシャンテは小さく息を呑んだ。




