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ひよっこ錬金術師はくじけないっ! ~ニーナのドタバタ奮闘記~  作者: ニシノヤショーゴ
4章 幸せのレシピ
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幸せのレシピ

「あの、それで、使い心地はどうでしたか?」


 オルドレイクが起こした騒動から早十日余りが経過した。

 ニーナたちは今、ご近所さんであり、ニーナたちが暮らす家のオーナーでもあるイザベラの家を訪れていた。二日前にプレゼントした試作品の感想を訊かせてもらうためである。


 気に入ってもらえていたのならいいのだけれど。恐る恐る訊ねると、イザベラはにっこりと微笑んだ。


「ええ、それはもう、足が勝手に進むみたいで随分と楽なのよ。今度友達と一緒に少し遠くまでお買い物に行こうかと思ってるの」


 生き生きとした表情を見せるイザベラを見て、ニーナは顔をほころばせた。

 本当に喜んでもらえたみたいでよかった。


 結局のところ、ニーナがプレゼントしたのは靴ではなくて、<テクテクスプレー7777>と名付けたスプレー状の別の発明品であった。それは靴の裏に吹きかけて使用する調合品である。


 靴を発明するのではなく、このような吹きかけるスプレーに発想を変えた理由。それはイザベラが履いていた靴が素敵だったから。人の好みは千差万別。せっかくならお気に入りの靴を履き続けてもらいたい。そんな思いから試行錯誤した結果、靴に魔法をかけるスプレーが生まれたのである。


 <テクテクスプレー7777>は素材に<妖精の粉>を使用している。<ヴルカンの炎>に意思を与え、火力調節をお願いするように、靴の裏に吹きかけることで地の精霊の力を借りて、足を前へ前へと運んでくれるのだ。


 ちなみに名前にもある「7777」は効果が持続する歩数。きっかり7777歩のあいだ効き目を発揮する。もちろん、また吹きかけることで効果を継続させることもできる。欠点は、大切にされた靴にしか効き目がないこと。これは制作者であるニーナもよく分かっていないのだが、長年愛用された靴の方が効果があるようなのだ。


 ニーナの発明品にしては珍しく<テクテクスプレー7777>の効果はとても地味だ。<ハネウマブーツ>のように高々と跳躍できるわけでもなければ、上り坂を風のように駆け抜けるこもできない。ただ歩くことをほんの少し手助けするだけ。イザベラは褒めてくれたものの、劇的な変化をもたらすものではなかったはずだ。


 それでも、笑顔になれるお手伝いができたのなら嬉しい。

 そう考えられるようになったのは、オルドレイクとの一件があったからなのかもしれない。


「喜んでもらえて何よりです。試していただきありがとうございました」


「こちらこそよ。それにしても、最近は随分と忙しいみたいね。なにやらオーダーメイドの注文もあったとか」


「あるにはあったんですけどね、忙しいかというと実はそれほどでもなく……」


 オルドレイクが巻き起こした騒動は、当然のことながら大きな話題を呼んだ。翌日の新聞の一面を飾り、クノッフェンのみならず世界中を驚かせた。ある意味で、オルドレイクの「人々の度肝を抜きたい」という願いは叶ったのである。あるいは、初めからこうなることが望みだったのかもしれない。復讐が目的ではなかったためか、幸い死者は一人も出ておらず、復興も順調に進んでいる。


 またこの事件がきっかけで、図らずもニーナたちは一躍有名人となった。マシンゴーレムとの戦いや、<ハネウマブーツ>で逃げ惑う人々のなかを逆走していた姿が話題となったのである。ニーナの発明品も注目を集め、のちに新聞記者からインタビューされるにまで発展した。


 このインタビューを機に、ニーナに仕事の依頼が舞い込むようになった。<七曲がりサンダーワンド>や<ハネウマブーツ>を欲しがってくれる人が現れたのである。性能や扱うことの難しさを伝えると、やっぱりいいや、とキャンセルされることもあったけれど、何名かはそれでも構わないといってくれた。実際に使ってみたいというモノ好きも、コレクションとして飾りたいと言ってくれる人も、どちらもニーナは大歓迎だった。


 そんなわけで現在、依頼された品物を順次調合している最中であるが、しかしニーナは<ハネウマブーツ>の製作依頼はすべて断っていた。このままの性能で販売すると、そのうち誰かが大ケガしてしまう危険がある。性能を落としてでも安全性を追求しなくてはいけないと考えたのだ。


 シャンテからは、勿体ない、売りつけてしまえばよかったのに、と言われたけれど、この街で長く暮らしていくためにも、お客さんをケガさせてしまうようなものは販売してはいけない。これはイザベラから学んだことでもある。


 そんなこんなで<七曲がりサンダーワンド>は七本、これまでに売り上げることができたのだけれど、当然これだけでは生活していけない。マシンゴーレムから街を守ったことで、国から報奨金を頂くことができたのものの、そのうちの半分は街の復興に使って欲しいと返金。さらに家賃やら食費やらに消えたことを考えると、手元に残った金額は、実はそう多くなかった。


(あれだけ注目されたのだから、もっとお客さんが殺到してくれてもいいと思うんだけど、現実はそう上手くいかないもんだなぁ)


 意外にも街の消防団が<バケツ雨の卵>を買ってくれた。けれど、この商品はそう何度も発注してもらえるわけでもないし(何度も発注があるとすれば、それだけ火災が起きているということなので喜んではいけない)、メイリィの店に納品している<激辛レッドポーション>も、売り上げの伸びはイマイチだったりする。


 結局のところ注目を集めたのは杖と靴だけ。もっと他の発明品にも興味を持ってくれたらいいのに。

 思わずシャンテに不満を漏らしたのは、つい昨日の話であった。







 イザベラと別れてすぐ、ニーナは家に戻って調合の準備に取り掛かかっていた。あと二本、<七曲がりサンダーワンド>を納品する予定があるからだ。お客さんにはあらかじめお渡しまでには時間がかかると伝えてあるため、そう急ぐ必要はないのかもしれない。けれどニーナは欲しいと言ってもらえることが嬉しくて、ここ数日はずっと調合にかかりきりだった。


 そんなニーナのことをシャンテは椅子に座ってぼんやりと眺める。椅子はあえて反対向きに、背もたれに顎を乗せるような姿勢である。

 足元にはロブもいて、べったりとお腹を床に付けたような姿勢でだらけていた。


 鼻歌まじりに、錬金釜に<マナ溶液>をなみなみと注ぐ。

 するとシャンテが、調合しているときのニーナってほんと楽しそうよね、といつもの調子で話しかけてきた。


「そりゃあ錬金術がしたくてこの街に来たんだし、楽しいに決まってるよ。そんなの当たり前じゃない」


「よく言うわ。調合に失敗したときは、あんなにびーびーと泣いてたくせに」


「あ、あのときはその、嫌な夢を見たあとだったから気持ちが不安定だったというか」


「高い素材をムダにしてしまって急に不安になっただけでしょ」


「うぅ……それもあります」


 非常にみっともない姿を見せてしまった手前、ニーナはなにも反論できない。

 たくさんお世話になった自覚もあるので、なおさらだ。


「まっ、なにはともあれ<ハネウマブーツ>は完成したんだし、図らずもアタシたちの活躍は世界をあっと驚かせたわけだしさ。結果論は好きじゃないけど、よくやってる方よね、アタシたち」


「うん、そうだよね……」


「あれ、もしかしてあんまり嬉しくない?」


「そうじゃないけど」


 ちょっと複雑というか。

 ニーナは作業の手を止めて、シャンテの方に向き直る。


「ここ最近ずっとアデリーナさんから聞いた話を考えてた」


「それって、オルドレイクが語った動機の話?」


「うん」


 ニーナはこくりと頷いた。


 オルドレイクがどうしてこんな事件を起こしたのか。先日、その詳しい動機の発端をアデリーナから訊くことができた。


 話によると、オルドレイクは若い頃からゴーレムづくりに関して名の知れた錬金術師だったそうだ。気難しい性格ながらも腕は確かで、人型以外のゴーレムの制作にも挑戦していた。馬を模したゴーレムがあれば便利ではないか。そのまま騎乗してもいいが、馬車を引かせることで、より速く、より多くの人々を遠方へと送り届けることができるのではないか。そう考えたオルドレイクは、実際に<魔鉄鋼ステルメア>を素材とした馬型ゴーレムづくりに着手した。


 若い頃から偏屈で頑固。しかしそんなオルドレイクにも相談に乗ってくれる友人が一人だけいた。

 その友人は冒険者だったらしく、とても面倒見の良い性格だった。馬型のゴーレムが完成したときにもテスト走行を買って出てくれたほど。オルドレイクも初めて騎乗するのは友人であって欲しいと、彼に試運転のお願いをした。


 しかし、そのテスト走行で悲劇が起きた。

 クノッフェンの街中、上り坂を颯爽と駆けていた馬型のゴーレムだったが、走行中に突如不具合が発生。右前脚が機能停止したことで友人は硬い地面の上に投げ出され、重傷を負ってしまう。しかもそのときの怪我が原因で、それ以降友人の右足は動かなくなってしまったのだ。


 それでも、心優しい友人は恨んでいないと言ってくれた。テスト走行とはそんなものだ。初めから危険を承知で引き受けたのだから気にしないと、そう言ってくれたのだ。その言葉に心打たれ、オルドレイクは友人に泣いて感謝したという。


 結局友人は足が動かなくなったことで冒険者を続けられなくなり、クノッフェンの街から去ることとなったが、オルドレイクのことを責めたことは一度もなかった。


 しかし、いくら友人が許しても、世間はオルドレイクのことを許しはしなかった。友人は街でも評判の好青年であったこともあり、オルドレイクは大勢の人間から心無い非難を浴びることとなる。


 有望な若者の未来を奪った男。

 クズみたいな調合をしやがって。

 お前が代わりに足を失えばよかったんだ。


 直接関係のなかった人からも罵られ、いつしかオルドレイクは魔鉄鋼ステルメア製ゴーレムづくりの第一人者から一転して、<クズ鉄の錬金術師>などとさげすまれるようになる。


 それからというものの、オルドレイクはゴーレムづくりを止めた。代わりに義足づくりの勉強を始め、独学でそれを学んだ。すべては自分が傷つけてしまった友人のために。せめてもの罪滅ぼしと思って、最高の義足を作り上げようと心に誓ったのだ。


 そうして十数年後。オルドレイクは本当に義足を完成させていた。これで許してもらえるとは思っていないが、一つの区切りとして、友人に使ってもらいたい。そう考えていた。


 ところが、義足は結局誰にも使用されることのないまま破棄されることとなる。

 一生モノの怪我を負わせた人間が作った義足など、いったい誰が使うというのか。友人の両親にそう言われて渡せなかったのだ。当然街の人からの信頼も得られず、オルドレイクが必死の思いで身につけた知識は、とうとう誰の役にも立たたなかった。


 もう死のう。生きていても仕方がない。俺は誰の役にも立てない人間なんだ。

 失意のどん底に陥ったオルドレイクは、これで最後だとばかりに酒場に行って、とびきりキツイお酒をかっ食らっていた。周りの人間が自分のことを悪く言う声が聞こえてくるが、もう死ぬと決めていたので気にしなかった。


 ところが、だ。

 聞き捨てならない言葉を耳にして、オルドレイクの酔いは一気にさめた。

 聞こえてきたのは「数年前の事故は俺が仕組んだ」という話。その男はオルドレイクの技術に嫉妬して、秘かにゴーレムに細工を施し、意図的に事件を引き起こしたというのだ。


 当然、オルドレイクは激怒した。

 すぐに立ち上がると、話をしていた男の胸ぐらを掴み、顔面を思いっきり殴りつけた。そして公の場で真実を話せと叫んだ。


 しかしオルドレイクはすぐさま周りの人間に取り押さえられてしまう。

 そればかりか、男を有罪に問うことができなかった。証拠が不十分だったのだ。オルドレイクの心証が悪くなっただけで、事件の真相はうやむやになってしまった。気難しい性格も影響したのか、誰も彼の言葉を信じてくれなかった。そしてオルドレイクは心を閉ざした。


 このままでは死ねない。復讐だ。必ずこの世界に復讐しよう。


 しかし人は殺さない。<クズ鉄の錬金術師>などと馬鹿にしてきた人々を見返してやりたい。技術力の高さを認めて欲しい。なにか生きた証を残したい。錬金術に捧げた人生は間違っていなかったのだと、そう誰かに言って欲しい。


 それが、オルドレイクが巨大なゴーレムづくりに心血を注いだ理由だった。ゴンザレスが使用した機械仕掛けの腕は、製作費を稼ぐために武器商人に売ったものだが、これは友人の義足を制作する過程で学んだ知識を応用したもの。友人のために作り始めたものが兵器転用されたのだと知って、ニーナは複雑な気持ちを抱えたまま日々を過ごしていた。


「あれからずっとオルドレイクさんが言ってたことについて考えてたんだ。オルドレイクさんは私と同じように他人を見返したい、認めてもらいたい、世界が驚くような発明を成し遂げたいという目的を持ってて、今回の事件でそれを叶えたわけだけど、叶えた今となってはどんな気持ちなのかなって」


「ニーナはさ、有名になった今どんな気持ちなの?」


 うーん……

 口元に手を当てながら気持ちを整理してみる。


「初めはちやほやされて嬉しかったけど、いまはそんなにかも。慣れたとかじゃなくて、それよりも私の発明品を喜んでくれたり、便利だって言ってもらえるほうが嬉しいんだって気付いたんだ。だからいまはただ世界を驚かせるだけじゃなくて、みんなを幸せにできるようなレシピを編み出して、どうだ私は凄いだろ、って胸を張りたい。私の新しい夢かな」


「いいじゃない。そっちのほうがずっといい。応援するよ」


「ふふっ、ありがとう、シャンテちゃん。私って幸せ者だね」


「いまさらなによ。面と向かって言われるとこっちが恥ずかしくなるじゃない」


「あっ、シャンテちゃんが照れた」


 あははって笑ったら怒られて。でもその頬を赤らめた表情もまた可愛くて、かわいいよ、と言ったらまた怒られて。そんなやり取りがおかしくって、シャンテと顔を見合わせて笑いあう。


 身近な人の存在がどれほど力になるか、ニーナはこのひと月のあいだに身をもって感じていた。

 だからこそ分かる。あの気難しそうなオルドレイクだって、友達と笑いあえていたときは幸せだったはずだ。もし友達が事故のあともクノッフェンに残っていたら、あるいは別の誰かがオルドレイクの支えになっていたら、今回のような悲しい事件は起きなかったのかもしれない。


 それこそオルドレイクが口にしたように、もう少し早くニーナと出会っていれば思いとどまったのかもしれない……


 誰かが支えてくれるって幸せだ。

 だからこそニーナも錬金術で誰かの支えになりたい。


 ニーナが目指す幸せのレシピ。それは世界中のみんなの生活の支えになれるような、度肝を抜くのではなく心温まるような、そんな発明品の調合法レシピである。まだまだ失敗してばかりだけれど、いつか必ず編み出してみせるんだと、ニーナは強く心に誓う。


 夢は少しだけ形を変えながらも、ニーナが歩く道の先を眩いばかりに照らしていた。

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