あの発明に込めた想いはなんですか?
荒れ果てた街に<バケツ雨>が降り注ぐ。悲しみの雨と呼ぶには激しすぎるそれは炎を鎮め、老人のすすり泣く声をかき消した。
アデリーナが騎士たちに指示を出している。被害状況の確認や、早くも瓦礫の撤去作業に取り掛かり始めたようだ。騒動がひと段落したということもあってか、腕っぷし自慢の冒険者たちが駆けつけて、騎士たちの手伝いを始めるものもいた。
街の被害は深刻だが、これだけの騒ぎにもかかわらず、幸いにも死者は出ていないらしい。マシンゴーレムが動き出してから本格的に街を破壊し始めるまで、少しばかり時間があったようで、そのあいだに住民たちはなんとか避難したという。民家が建ち並ぶなか、オルドレイクの家だけが離れ小島のようにぽつんと建っていたことも被害が少なかった一因かもしれない、とアデリーナはかいつまんで説明してくれた。
そのアデリーナが、部下にオルドレイクを連行するように命じる。
「待って下さい!」
ふらふらと立ち上がったオルドレイクに声をかける。ゴーレムが破壊されたことに傷心しているのか、その顔には覇気がなく、随分とやつれて見えた。白衣もボロボロで煤だらけである。
「あの、私のことを覚えてますか? 十日ほど前に家の前で一度だけですが会いましたよね。それと手紙を……えっと、私はニーナといいます。毎朝のように手紙を送ったのですが、一通でも届きましたか?」
たどたどしいながらも、ニーナはなんとか会話のきっかけをつかもうとする。
オルドレイクはまじまじと目の前の少女を見つめた。
「……そうか、お前さんがあの手紙を」
「読んでくれてたんですかっ?」
「いんや。差出人の名前だけ読んで、丸めて火にくべた」
「そうでしたか……」
読んで貰えていないと知って気落ちしそうになるけれど、それならそれで構わなかった。とにかくいま、連行されてしまう前に少しでも話がしたい。
「私、ずっとオルドレイクさんと話がしたかったんです。ヘンテコな家に住み、毎日のように黒い煙をあげながらも挑戦を続ける錬金術師の先輩が、なにを、どんな想いで発明に臨んでいるのか、訊いてみたかったんです」
「ふんっ、お前さんも相当な変わりもんのようじゃが、どうせワシのことを馬鹿にしとるんじゃろ」
「違います!」
ニーナはオルドレイクの卑屈な考えを強く否定する。
それでもオルドレイクは鋭い目を向けてくるが、そんな彼に、私も同じなんです、とニーナは言った。
「私も、普段から調合は失敗続きで、村では<ガラクタ発明家>だって馬鹿にされてきました。だから黒い煙をあげるあなたの家を見て、この家に住む人は私の悔しい気持ちを分かってくれるかもしれないって、勝手に親近感を感じていたんです。だからお話してみたいと思ったんです」
「ワシは……お前さんと話したいことなどない」
「オルドレイクさん……」
「が、しかし、引きずり出されてしまったからには仕方がない。そういう約束じゃったからな。もし訊ねたいことがあるのなら、一つだけ答えてやろう」
「……あのゴーレムに込めた想いはなんですか?」
一つだけと言われても、ニーナは迷うことなく質問した。
あれを一目見たときから、ずっと訊ねてみたいと思っていた。
「想い、か。そんなものはない。ただ、ワシを笑った奴らを見返してやりたいと思っただけ。誰もが驚く発明を成し遂げて、世界中の度肝を抜いてやりたいと、そう思っただけじゃよ」
……同じだ。
この人は私と同じだ。
私も馬鹿にされたことが悔しくて、<ガラクタ発明家>とからかわれるのが悔しくて、だから村を飛び出した。夢は世界があっと驚く大発明を成し遂げること。この人は私となにも変わらない。
それなのに、どうして──
「どうして、お前さんが泣くんじゃ?」
「だって、あなたは私と一緒だから。同じ夢を持っていたから。見返してやりたい。認められたい。私も、私も……。それなのにどうしてこんな悲しい結末を選んだのかがわからなくて……!」
止めどなく涙があふれてくる。みっともないと思っていても、どうしてもこの涙は止められなかった。
そんなニーナのことを、オルドレイクは静かに見つめていた。
「アタシからもいいかしら?」
「なんじゃ?」
「あのゴーレムの開発費はどうやって稼いだの? もしかしてだけど、武器を売って稼いだ? 例えばゴーレムと同じ、黄土色の機械仕掛けの腕とか」
「……鋭いな。そうじゃ、お前さんの言う通りじゃよ」
「薬のほうは? ムスペルという男の名前に心当たりは?」
シャンテは矢継ぎ早に質問を繰り出す。ニーナと同じように、今回の件がムスペルやゴンザレスと関りがあると思っているようだ。
「そっちは知らん。が、機械仕掛けの腕は生身の人間が扱える代物ではないからな、鎮痛作用のある薬のレシピなら武器商人に渡したことがある。まあワシは薬に関しては専門外じゃから、<イエローポッピー>を主原料として作る簡単なレシピを教えてやったが、なにせ副作用が強い。まともな考えがあれば、そのままレシピ通りには作らず、誰かの力を借りて改良しておるとは思うな」
「そう、ありがとう」
シャンテはそっけなくお礼を言った。ひとまず満足した答えが得られたらしい。
それにしても、まさかオルドレイクの口から<イエローポッピー>の名を聞くとは思わなかった。<トトリフ>を探すときに一心不乱で黄色い花を採取する二人組を見かけたけど、まさかね。
でも一応、あとでアデリーナには報告しておこうと思う。
オルドレイクが連行されていく。憔悴しきった小柄な背中は、とてもとても寂しそうに見えた。
途中、オルドレイクが不意に立ち止まる。そして肩越しに振り返った。
「靴は……どうやら完成させたようじゃな」
一瞬なんのことかわからなかった。
けれど思い出す。今朝送った手紙に<ハネウマブーツ>への挑戦の思いを綴ったことを。
「やっぱり読んでくれてたんですかっ!?」
「最後の一通だけ、どういうわけか気になって読んだよ。……お前さんとはもっと早く出会いたかったなぁ」
オルドレイクは騎士に支えられながら再び歩き出す。もう振り返ることのない老人の後ろ姿を、ニーナたちはじっと見つめていた。
「──おー、無事だったかー」
気の抜けたような声。
とことこと、ロブがやってきた。いつの間にかブタの姿に戻っていたようである。すぐ側に立つアデリーナは、ロブの正体に気付いていないのか、あら、と言って抱きかかえた。これにはロブもにんまりである。……シャンテは静かに怒りの炎を燃やしているけれど。
もうひと騒動起きる前に、ニーナは早めにアデリーナからロブを引き取った。
するとロブは、もう帰ろうぜ、と言う。
「俺頑張ったからさー、腹減っちゃって」
「……ですね。帰りましょうか!」
◆
「みーつけたっ。まさかこんなところにいたなんて。しかも、一時的にとはいえ私の呪いを解くなんてね」
はるか遠く向こうから、騒動の中心地を見つめる一人の魔女。その視線は一匹のミニブタに注がれていた。
クノッフェンの上空、箒に腰かけるようにして街を眺めるその魔女は、いかにも魔女らしい黒い服を身に纏い、これまた黒くて美しい髪をなびかせていた。服の上からでもわかる豊満な体つきは数多の男たちを魅了し、手玉に取ってきた。その左右異なる瞳の色に見つめられれば、世界中の男は彼女の前に跪く。わがまま放題の魔女は、自身の魅力を最大限に利用して、これまで好き勝手に生きてきた。
そう、望むものはすべて手に入れてきた。右目の赤い義眼も、とある錬金術師に<世界樹の輝く葉>を素材として作らせた、世界に一つしかない一級品である。そして魔法の杖もまた、<世界樹の輝く葉>を素材に別の錬金術師に作らせたものだった。
しかしその杖は、いまは手元にはない。
一人の男によって燃やされ、灰と化してしまったからだ。
その男の名はロブ。彼は<動物化の呪い>を受けながらも、一瞬の隙をついて杖を奪い燃やしてしまった。さらに男の妹の槍は魔女の体を貫き、深い手傷を負うこととなった。
魔女は世界に一つしかないとされる万能薬<治癒のエリクサー>の力で一命をとりとめたが、未だにその傷は完全には癒えていない。
「さて、あの兄妹を見つけたのはいいけれど、下手に手を出すとこっちがやられちゃいそうなのよね」
別に怒りは感じない。そんなくだらない感情に支配されるなんてありえない。
けれど、やられっぱなしというのも性に合わない。だから魔女は半年ほど安静に過ごしたのち、世界中を飛び回りながら兄妹を探していた。
復讐とは少し違う。そう、言うなれば暇つぶし。スリルを味わうためのゲーム。あの兄妹には多くのものを奪われたからこそ、自分も彼らから大切なものを奪ってやろう。その顔を絶望に染めて、そして目の前で嘲笑ってやろう。私に手を出したのが間違いだったと後悔させてやろう。
クノッフェンの高みから、妖艶なる笑みを浮かべる美しい魔女。
彼女の視線は一匹のミニブタに注がれていた。




