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ひよっこ錬金術師はくじけないっ! ~ニーナのドタバタ奮闘記~  作者: ニシノヤショーゴ
4章 幸せのレシピ
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ガラクタ発明家 VS クズ鉄の錬金術師②

 マシンゴーレムの右手から発せられた、すべてを焼き尽くす灼熱の光線。

 ニーナはその凄まじさを知っていたはずなのに止められなくて、それを見た瞬間に悲鳴を上げてしまう。


 ところが、その熱線が目の前の民家に届くことはなかった。誰もが諦めたであろう、そのとき、視認できない不可思議な力が光線を遮ったのである。灼熱の光線は透明な壁に阻まれて、跳ね返った熱が辺り一帯を焦土に変えるが、ともかく民家は守られた。誰かが遮ってくれなければ、建ち並ぶ民家は向こう何軒にもわたって全焼してしまっていただろう。


 もちろん、その誰かとはロブのことである。


 恐らくニーナが腕の仕掛けに気付くよりも前に、ロブも危機を察知していたのだろう。知らない間に別行動を取って先回りしていたようだ。


 そのロブが片手をあげてこちらを見た。


「あと一発なら俺が防ごう。だからそっちは頼んだ」


 ニーナとシャンテは力強く頷く。街の守りはロブに任せて大丈夫。だから自分たちはやるべきことに集中しよう。ニーナは空高く雷撃を打ち上げると、そこからカクカクと軌道を捻じ曲げて煙突への侵入を試みる。


 煙突はその構造上、真上から雷を落としても内部には侵入できない。雨を防ぐための<トップ>と呼ばれる部分が邪魔をするからだ。そのため側面から、煙を吐き出す部分を狙って雷撃を放ち、そこから一度曲げて、真下に存在するはずの動力部を狙わなくてはいけない。


 ただでさえ制御が難しい<七曲がりサンダーワンド>の雷撃をコントロールするのは至難の業だ。けれども言い換えれば、軌道を変えられるニーナの発明品だからこそ、地上から煙突を通って内部へと攻撃することができるはずなのだ。


「だめ、ここからじゃ上手く狙えない。ゴーレムの左側面まで近づいて欲しい!」


「わかった。振り落とされないでよ!」


 シャンテはニーナを背負ったまま戦場を颯爽と駆け抜ける。

 マシンゴーレムはというと、大勢の騎士たちのワイヤーによって動きを制限されていた。あの手のひらから発せられる熱光線を打たせないように、両腕にワイヤーを絡めている。それでもマシンゴーレムはその巨大さゆえか、少し暴れるだけで十分脅威となるため、騎士たちも距離をとって対応している。


「ここならどう?」


「うん、よく見えるよ」


 ぐるりと背後から回り込み、煙突の穴が確認できる位置まで来た。ニーナは再び杖を構えると、今度こそ、と意気込み雷撃を放つ。まずは上空へ。そして回数を数えながら下降させ、煙突の穴を狙う。文字通り針の穴を通すような、それぐらいの気持ちだった。


 しかし、いくら集中してもそう簡単にはいかない。

 雷撃は煙突をかすめるように真横を通り過ぎてしまう。


「くっ、もう一発!」


 ニーナはすぐさま次の雷撃を繰り出した。

 ところがそのとき、マシンゴーレムが両腕を豪快に振り上げた。大勢の騎士たちは二手に別れ、ワイヤーで腕を固定しようと試みていたものの、やはり体格差があり過ぎた。腕を振り上げた拍子にワイヤーで繋がったままの騎士たちが空に投げ出され、陣形が一気に乱れてしまう。


「シャンテちゃん、ゴーレムの正面へ!」


「ちょっと、どうする気よ!」


「私たちが囮になるんだよ! 急いで!」


「ほんと、アンタ無茶苦茶なこと考えるわね!」


 シャンテは文句を言いながらもいち早く駆け出し、ゴーレムの目の前を横切る。ニーナも窓枠目掛けて雷撃を繰り出し、オルドレイクの注意を自分たちに向けさせる。


「勝負です、オルドレイクさんっ!」


「お前の相手はアタシたちだ!」


 オルドレイクは誘いに乗ってきた。両腕を左右交互に繰り出しながら次々と襲い掛かってくる。動き自体は速くないが、その巨大さゆえにかすめただけでもタダでは済まない。それに、紙一重で躱したところで先ほどのように風圧を受けてしまう。だから余裕をもって、これを避け続けなければいけない。


「はぁ……はぁ……!」


「シャンテちゃん大丈夫!?」


「ちょっと、息苦しいっ!」


 息遣いが途端に荒くなる。いくら<ハネウマブーツ>は魔力をわずかしか必要としないとはいえ、それでも魔力欠乏症の身には長時間の使用は厳しいものがあった。それにずっとニーナを背負ったままである。体力と魔力の両方を同時に消耗して、ここにきて一気に苦しくなってきたのだ。


 これ以上無理はさせられない。

 ニーナは、いったん逃げよう、とシャンテに提案した。


「逃げてどうすんのよ! アイツ、ほっといたら今度こそ街を破壊するわよ。それより早く狙い撃って。動き回りながらじゃ大変だろうけど、ニーナの発明品じゃなきゃあのデカブツは止められないんだ!」


「……わかった!」


 目まぐるしい戦いのなか、それでもニーナは一点だけを見据えて雷撃を放つ。揺れ動く雷撃。今度こそと、ニーナは願いを込める。


 が、しかし相手もまた動き回っている。少し角度がずれただけで雷撃は動力部には決して届かない。またも雷撃は煙突の真横を通り過ぎてしまった。


 けれども、ニーナたちの動きを見て、アデリーナが狙いに気付いてくれた。

 再び騎士たちに指示を飛ばし、魔法のワイヤーでマシンゴーレムの動きを制限しようと試みる。


 さらに驚くことに、アデリーナはワイヤーを駆使することでマシンゴーレムの体を伝って駆けあがり、単身乗り込むと、煙突の先端を刀で斬って落としてみせた。邪魔なトップ部分がなくなったことで穴が剥き出しとなり、これで随分と狙いやすくなる。


「いまだ、ニーナ!」


「うんっ!」


 マシンゴーレムがまた右手を前方に突き出す。

 吹き出す蒸気。あの熱光線を繰り出す構えである。

 けれど守りはロブに任せて大丈夫。むしろ完全に動きを止めた今がチャンスだ。


「いっけぇ!!」

 

 当たるまで何度でも。ニーナは諦めることなく雷撃を放つ。カクカクと、曲がり続ける青白い稲妻。きっちり七回軌道が変わるのなら、五回目まではあえて意識しない。その代わり六回目と七回目を集中して、煙突のなかを通してみせる。ニーナは雷撃を目で追いつつ、心のなかで回数を数える。


(いち、にー、さん、しぃ、ごぉ、ろく……ななっ!!)


 ここだ。

 煙突の真上で軌道を変えた雷撃が、細い筒のなかを通って一直線に落ちる。

 確かな手ごたえ──刹那拍子をずらして爆発音が響き、煙突からは一際大きな黒煙が上がった!


 さらに黒い煙は煙突からだけでなく、マシンゴーレムの体の至る所から吹き出し始める。動力部が破壊されたことで、内部で火災が起こっているようだ。これにはたまらず、オルドレイクも慌てて窓を開ける。


「受け止めるから、早くそこから飛び降りて!」


 ニーナは大声で叫ぶが、しかしオルドレイクは首を横に振る。顔に恐怖を滲ませているものの、民家よりも高い位置からでは、さすがに飛び降りる勇気が持てないのかもしれない。


「シャンテちゃん!」


「わかってる!」


 シャンテは地面を強く蹴り、窓枠目掛けて跳躍すると、オルドレイクの手を取り、そのまま強引に腕を回して担ぐ。


「は、放せ! ワシはやっぱりここに残る!」


「うるさい! こっから引きずり出すって言っただろ! いいから来い!」


 シャンテはオルドレイクの意思を無視すると、もう一度強く鉄板を蹴って、いまにも全身火だるまになりそうなマシンゴーレムから急いで避難する。


「お、落ちるぞっ!」


 オルドレイクが叫び声を上げる。

 シャンテはいま両腕でオルドレイクの体を支え、背中にはニーナを乗せたままの状態だった。バランスを取ることもできず、このままでは頭から地面に激突してしまう。


「羽ばたいてぇ!」


 ニーナはありったけの魔力を込めて、小さな翼を懸命に羽ばたかせた。三人分の体重を支えるのは容易ではなかったが、落下速度が緩やかになればそれでいい。無様ながらもケガすることなく、三人は折り重なるようにして着地する。


 直後、背後で轟音が轟いた。

 ひゃあっ、とニーナはたまらず悲鳴を上げる。

 慌てて振り返ると、マシンゴーレムの背中からは真っ黒なキノコ雲が上がっていた。赤々とした炎が激しく燃え盛り、黄土色の巨人は今や全身を紅に染めていた。


 マシンゴーレムの最期だ。

 一人の錬金術師が長い年月をかけて作り上げた技術の結晶が、いままさに崩れ落ちようとしている。

 炎に照らされオレンジ色に染まった老人の頬には、一滴の涙がこぼれ落ちていた。

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