ガラクタ発明家 VS クズ鉄の錬金術師①
駆けつけたときにはもう、街は酷い有様だった。少なくとも三軒の民家は破壊され、外壁の一部が引きはがされるなど半壊状態の家も多数。舗装されていたはずの道路にも亀裂が走り、振り下ろした拳の跡が至る所に見受けられる。幸い人々の避難は完了しているようで、いまは国家騎士たちがゴーレムを取り囲んでいる。ただし相手があまりにも巨大すぎて、どう対処すればよいか困り果てている様子だ。
また、かつてオルドレイクの家があった場所にはぽっかりと空洞ができていた。予想した通り、地下で秘密裏に開発が進んでいたのだろう。これまで家として地表に姿を見せていた部分はゴーレムの頭や、胸や、肩の部分であり、そこから下は地下に埋まっていたようだ。
やはり全身は黄土色の鉄をつぎはぎしたような姿で、ブリキのおもちゃを連想させる。人型にしては両腕が異様に発達しており、足は太く短い。やや前傾姿勢を保っており、バランスを取るためか、片腕を地面に付けている。頭部の後ろ、背中の辺りからは煙突が伸び、黒い煙をもくもくと吐き出し続けていた。
「もうこんなこと止めてください! そこから出てきて一緒にお話ししましょう!」
こちらを見たということは声は届くということ。ニーナは必死になって叫ぶ。
同じ錬金術師として、自ら罪を犯そうとするオルドレイクの愚行を止めたかった。
しかし、言葉は返ってこない。
そればかりか、巨大なゴーレムは邪魔者を押しつぶさんとばかりに右腕を振り上げた。
「シャンテちゃん!」
「分かってる!」
民家の上にいたのでは攻撃に巻き込んでしまう。シャンテはニーナを背負ったまま大きく跳んで、裂け目だらけの地面に着地する。そこへゴーレムの右腕が振り落とされるが、シャンテも間髪入れずに跳ぶことで、余裕をもってそれを避けた。
そのまま、取り囲む騎士の輪の中からアデリーナの姿を見つけて駆け寄った。ミッドナイトブルーの隊服を纏った、紅蓮の髪の女騎士である。
「あなたたち、どうしてここに!?」
「オルドレイクさんを止めに来ました!」
危険を顧みず強い意志をもって答えたニーナに、アデリーナは面食らった様子だ。
しかし気にせず、オルドレイクさんはどうしてこんなことを、と問いかける。
「私にもわからないわ。彼は要求もなく、ただ暴れているだけなのよ」
そんな……
いったいなにが目的で街を破壊しようと思ったのだろう。
なにに怒っているの? なにが悲しいの?
「オルドレイクさん!」
ニーナはもう一度声のかぎりに叫ぶ。
しかし返ってきたのは言葉ではなく、振り払うように向かってくる拳だった。
シャンテはそれを高々と跳躍して躱すと、ゴーレムの正面に立つ。
ニーナはゴーレムに対し杖を向けた。
「わかりました。どうしても話を訊いてもらえないというのであれば、まずはそこから引きずり出します。覚悟してください!」
「ふんっ、お前さんごときが──」
喋った!?
あの巨大な鉄の塊から拡声器のようなものを通して、確かにオルドレイクの声が聞こえてくる。
「このマシンゴーレムからワシを引きずり出せると本気で思っているのなら、向かってくるといい。ただし、命の保証はせんぞ?」
「……望むところです!」
杖に魔力を込め、渾身の雷撃を巨体に向けて放つ。これだけ大きな的なら外さない。ジグザグと揺れ動く雷撃はゴーレムに直撃する。
けれども、やはりというか、予想通りというか。オルドレイクが作り上げたマシンゴーレムは雷撃をものともせず、再び拳を振り上げてきた。シャンテはまたもそれを横っ飛びで躱すが、拳が地面を叩きつけたことによって生じた風圧が押し寄せてきて、ニーナたちはバランスを崩して転んでしまう。
「みんな、彼女たちを援護して!」
アデリーナが指示を飛ばす。周囲に控えていた者たちが杖や魔法の指輪で一斉に攻撃を仕掛ける。それでも黄土色の鉄板で覆われたマシンゴーレムはびくともしないが、オルドレイクの注意は削がれた。いまのうちにとシャンテはニーナとロブを背負い、いったん距離をとる。
「まったく、厄介な相手に喧嘩売ったわね」
「ご、ごめん」
「いちいち謝るな。いまはどうやってオルドレイクを引きずり出すかだけを考えなさい」
うん、とニーナは素直に頷いた。
でもどうすれば難攻不落にも思えるマシンゴーレムを止められるのだろう。
「どこかから侵入できないかな?」
「玄関の扉でも開けてみる? どうせ鍵がかかってると思うけど」
ですよね……
でも他に人が潜り込めそうな穴が開いてるとも思えないし。
「ねえ、ニーナ。一つ訊きたいんだけど、どうしてあのマシンゴーレムとやらは煙突から黒い煙を吐き出し続けているの? まさかいまも調合中じゃないでしょ? なんで?」
たしかに、あの断続的に上がり続ける黒煙は錬金術によるものではないと思う。だとしたら、なにが煙を発生させているのか。そもそも、マシンゴーレムはどうやって動いているのだろうか。魔力の供給だけであれだけ大きなものが動かせるとは思えない。
「もしかして、あの煙突の下でなにかエネルギーとなるものを燃やしているのかも」
「どういうこと?」
「つまりあの下に、マシンゴーレムを動かす動力部があるかもしれないってこと。そこをどうにかして壊すか、機能を停止されられたら動きを止められるかもしれない」
「なるほど。それじゃあ煙突まで跳んで、兄さんでも放り込んでみよっか」
「えー、あの下は燃えてるんだろ? 俺、ブタの丸焼きになっちゃうじゃん」
命の危機にさすがのロブも反論する。けれどその口調はなんとものんびりとしていて危機感に欠けるものだった。
「ニーナはどう思う?」
「私もロブさんを放り込むのはちょっと」
案外ロブなら何とかしてしまうかも、とも一瞬思ったが、それでも危険な目には合わせられない。煙突の途中で突っかかって、うんともすんともいかなくなって、変身することすらできなくなったら一大事だ。
「そう? それじゃあここはニーナの杖の出番ね。あの煙突のなかに雷撃を放り込むの」
「ええっ!? いやいや、曲がりくねる雷撃が、あんな細い煙突のなかを真っすぐ進むなんてありえないよ」
「でも、七回曲がったあとはもう曲がらないんでしょ? 上手く回数を数えて調整すればなんとかなりそうじゃない?」
たしかに、いまも騎士たちは総攻撃で対応に当たってくれているが、マシンゴーレムはあらゆる攻撃を弾き返してしまう。物理も魔法も斬撃も、どれも効果が見られない。多少無茶してでも弱点目掛けて攻撃してみないと、どうやらオルドレイクを引きずり出すことは難しそうだ。
「オルドレイクと話がしたいんでしょ。だったら、ここは頑張り時なんじゃないの?」
「……うん、わかった。やれるだけやってみるよ」
そうと決まれば狙いは一つ。あの黒煙を吐き出し続ける煙突だ。
騎士たちは魔法が有効でないと見るや、腕に取り付けたブレスレット状の魔法道具でワイヤーを繰り出し、雁字搦めにすることで動きを封じるつもりのようだ。
ニーナは今がチャンスととらえ、側面からこっそり雷撃を繰り出そうとするのだけれど。
(あれ、あの構えって……!?)
ワイヤーによって脚部を絡めとられたマシンゴーレムは右腕を突き出し、手首の辺りに左手を添えた姿勢で、どこか一点に狙いを定めているように見える。右の手のひらからは蒸気のようなものが上がり始め、いままさに溜め込んだ熱エネルギーを放出するかのような──
その瞬間、ニーナの脳裏によぎったのはゴンザレスが見せた、あの熱線だった。自らの皮膚をも焦がす赤い光線。あれを繰り出した機械の腕も、たしか黄土色をしていたはず。もしあんな兵器が街中で使われたとしたら、たちまちクノッフェンは火の海に包まれてしまう。
「みんな、逃げてぇ!」
ニーナは叫ぶ。そして雷撃を繰り出し、わざとマシンゴーレムの目の前を横切らせる。あとのことは何も考えてはいない。ただ街を守りたい一心だった。
しかしマシンゴーレムは振り返らない。吹き出す蒸気。シュー、と嫌な音が止まらない。やめて。それだけはだめだ。絶対に撃ってはいけない。オルドレイクさん、オルドレイクさんっ!
「だめぇーーっ!!」
叫ぶニーナの目の前で、灼熱の光線が轟音と共に放たれた。




