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ひよっこ錬金術師はくじけないっ! ~ニーナのドタバタ奮闘記~  作者: ニシノヤショーゴ
4章 幸せのレシピ
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降臨、マシンゴーレム!

 ──そんなはずないっ!

 シャンテを疑うわけじゃない。けれど信じたくもない。嘘であって欲しいと願い、階段を一気に駆け上がる。

 そして二階の窓から街の様子を確かめてみる。


「そ、そんな……」


 窓枠のレールに手をついたまま、ニーナは愕然とした。

 シャンテの言った通りだった。火の気が上がり始めた街中で、巨大な鉄の塊が動いていた。その色は光沢のある黄土色。鉄板をつぎはぎしたような、人の形を模した巨大な物体が、腕のようなものを振り上げている。周辺の民家よりもずっと大きく、あんな大きな物体がどこに隠されていたのかと誰かに問いかけたくなるものの、しかし頭部にあたる丸みを帯びた部分には見覚えがあった。


 ──間違いない。オルドレイクさんの家だ。


 毎朝ラブレターを送りながら眺めていたから見間違うはずがない。位置もまさしくあの近辺である。そうか、みんなが家だと勘違いしていた部分は、実は巨大兵器の頭で、足や胴体の部分は地下でひっそりと作られていたんだ。


「やっぱりあれ、オルドレイクの家よね」


 シャンテが追い付いてきて、ニーナに訊ねた。


「信じたくないけど、たぶんそう」


 ニーナは悔しさから薄い唇を噛みしめた。裏切られたからとか、そういうのではなく、ただ純粋に同じ錬金術師が過ちを犯す姿を見るのが辛くて、そして悔しい。胸の奥がぎゅっと痛むのだ。


「ねえ、あれも錬金術で動いてるの?」


「わからない。けど、形はゴーレムに似てる。あれだけ大きなものは見たことも聞いたこともないけれど」


 ゴーレムとは錬金術師が編み出した泥人形であり、主人の命令に忠実に従う召使のような存在だ。最初に作られたゴーレムは土をこねて作られた人形に、神聖文字と呼ばれる古代語が書かれた羊皮紙を頭に貼り付けただけの簡素なものであったが、いまでは用途に応じて様々な素材での生成が試みられている。


 とはいえ、あのような巨大なゴーレムは噂でも聞いたことがない。


 でも、どうして?

 あれを動かしているのは、まず間違いなくオルドレイクだ。でも、なぜあのようなものを作り上げてまで街を破壊しようとしているのかが理解できない。そもそもまともに会話したことのない相手を分かろうとするのが間違っているのかもしれないけれど。


 でもだからこそ、いまからでも会って話がしたい。どうしてこんなことをするのかと、直接面と向かって問いかけてみたいのだ。


「ねえ、シャンテちゃん。お願いがあるんだけど」


「わかってる。あそこに行きたいって言うんでしょ?」


「うん」


「だと思った。でも行ってどうするの? 話がしたんでしょうけど、まともに会話できるとも思えないし、もしあのゴーレムのなかにオルドレイクがいるのだとしたら、引きずり出さない限り声すら届かないわよ?」


「そうかもしれない。でも、ここでじっとしてるなんて嫌だ」


 シャンテはゆるりと息を吐く。

 こうなったニーナはなにを言っても意見を変えないのだろうと、短い付き合いながらに理解していた。


「わかった。背負ってあげる」


「えっ?」


「えっ、じゃないわよ。こっからあそこまでどれくらい距離があると思ってるの? まともに走ったら時間がかかり過ぎるでしょ。だからニーナがくれた<ハネウマブーツ>で屋根の上を飛び移っていく。最短ルートを突っ切るのよ」


「な、なかなか無茶するね」


「アンタにだけは言われたくないわ」


 もう一度窓の外に目をやる。街からは火の気が上がっている。ゴーレムはゆったりとした動きながらも破壊活動を続けている。話し合うには、まずはこの状況をなんとかしないといけない。ニーナはいつもの朱色のジャケットに袖を通し、<天使のリュックサック>を背負い、そして<七曲がりサンダーワンド>を手にする。なにが役に立つか分からないのなら全部持っていってやれ、と思ったのだ。


「ロブさんも来てくれるよね?」


 ニーナは足元でずっと話を訊いていたロブに訊ねた。大魔法使いであるロブが来てくれるなら、もしもの時にも心強いと思ったからだ。


「おー、そうだなぁー、甘えた声でお兄ちゃんと呼んでくれるなら……」


「そういうのは後でやれ」


 話の途中にもかかわらず、シャンテはロブをひょいと抱え、ニーナが背負うリュックの上に乗せた。そしてニーナに「早く乗って」と促す。ニーナはシャンテの背中にしがみついた。


「お、重くないかな?」


「そりゃあ色々と乗ってるから重たいけど、この靴があれば大丈夫。だからニーナは自分の発明品を信じなさい」


「うん、わかった」


「よし。もうこの窓から飛び降りちゃうから、窓枠に頭ぶつけないように気を付けて」


 そういってシャンテは窓のレール部分に足をかけた。

 ちょうど初めて出会ったあの日、ニーナがそうしたように。


「初めから飛ばしていくからね。舌を噛まないように口を閉じて、振り落とされないようにしっかりと掴まってなさい!」


 シャンテが足にぐっと力と魔力を込める。

 行くよ、と掛け声を一つ。そしてニーナたちは放たれた矢のように飛んでいく。小高い丘から一気に、ひとっとびで民家を何軒も飛び越えていくのだ。これにはたまらず、ニーナはうわぁと大声で叫んでしまう。


「落ぉちるぅぅ……!」


 高く跳べば跳ぶほど、それだけ落下のスピードは速くなる。近づくオレンジ色の屋根。ニーナは衝撃に備えて身構えるけれども。


 しかしシャンテは着地したと同時に、すぐさま次の跳躍動作に移る。そしてまた跳んだ。力強く、けれど軽やかに。眼下に見える景色の全てを置き去りにして、鳥たちすらも追い越して、屋根を飛び越え街を突っ切っていく。大空を行くニーナたちを阻むものはなにもない。


 とはいえ<ハネウマブーツ>を履いての空中散歩などこれが初体験。

 当然のことながら、何もかもが順調に進むはずもなくて。


「あっ、まずいっ!」


 突然、大きく左に傾く進路。足場となる屋根が傾いていたからか、それとも慣れない道具のせいか、予期せぬ方向へと跳んでしまった。しかもその先には民家の壁。このままでは激突してしまう。


 それでもシャンテは咄嗟に壁を蹴ってなんとか衝突を防ぐが、すると今度は狭苦しい路地裏に突っ込んでしまう。ここでもシャンテは左右の民家の壁を交互に蹴って、蹴って、蹴って、蹴って……


「ひゃあっ!?」

「うわっ、ちょっ……!」

「おー……おぉっ!?」


 干してあった洗濯ものが引っかかって、ロブの頭に女性ものの黒いブラも引っかかって。

 それでもなんとかまた屋根の上まで戻ることができた。


「ご、ごめんね。その靴、じゃじゃ馬で」


「じゃじゃ馬じゃなくてハネウマブーツでしょ。製作者が自分の発明品に自信を持たなくてどうするのよ。そんなちょっとしたことで気弱になるから、契約交渉にも失敗するの。次の機会があったらもっと強気で推していきなさい。ほら、もうすぐだ!」


 こんなときにも怒られた。

 いや、こんなときだから?


 しかしあと少しというところで気が緩んだのか、それとも単純に込めた力が大きすぎたのか、今度はなんと、大勢の人が逃げ惑う道路の真ん中目掛けて跳躍してしまった。このまま着地すれば、見ず知らずの人を踏んづけてしまいそう。


「そこぉ、どいてぇー!!」


 シャンテは大声で叫んだ。

 その声が届いたのか、人々は空を見上げ、落下してくるニーナたちの存在に気付いた。

 ところが落下地点にいた子供連れの女性はパニックになり、子供を庇うような姿勢で固まってしまう。


 もうダメだ。ぶつかってしまう。

 シャンテは最悪の事態を想定して、顔を背けそうになるけれど。


「──羽ばたいてぇ!」


 しかしこんなときこそ発明品の出番だ。

 ニーナは<天使のリュックサック>に魔力を込めて羽ばたくと、落下の速度を限りなく緩やかにする。そして誰もいないところまで懸命に小さな羽を上下させて落下地点をずらした。


「驚かせてごめんなさい! でも私たち先を急ぐんで、それじゃあ!」


 子連れの女性に一言だけ謝って、そして再びオルドレイクのもとへ。慎重かつ大胆に。障害物を跳び越えて、最短ルートをひた走る。もう少し。あと少し。近づくにつれて破壊された街の無残な光景が目に飛び込んでくる。


 ──止めてあげなくちゃ。どんな理由があるにせよ、こんな酷いことをしてはいけないんだ!


 ニーナたちは巨大ゴーレムの斜め前まで回り込むと、民家の屋根の上に立ち、そして声よ届けと大声で叫ぶ。


「オルドレイクさん!」


 ゴーレムの動きが止まる。そして頭部にあたるであろう部分が僅かにこちらに向けられる。丸い屋根だった部分の、その真下に取り付けられた長方形の細長い窓。その奥にいた白髪の老人の目がこちらに向けられる。


 巨大なゴーレムを操っていたのは、やはりオルドレイクだった。

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