ここ掘れブタさん!
ふわりと手のなかに落ちてきたのは、世にも珍しい怪鳥<オオユグルド>の風切り羽だった。白と灰色が混じったそれは、両手で受け取ってもなお手からはみ出るほど大きく、いかに<オオユグルド>が巨大な存在なのかを如実に物語っていた。
「大丈夫、ニーナ?」
「えっ、あっ、うん……」
ニーナは風切り羽を手にしながらも先ほどの出来事が現実のものとして実感できず、ぽかんと口を開けたまま、ただ茫然とそれを見つめていた。シャンテに声をかけられても、なんだかまだ頭が混乱していた。
「えっと、シャンテちゃんのほうこそ大丈夫?」
「アタシもケガはないかな。魔力の方はすっからかんだけどさ」
そう話した通り顔は赤く、額には汗が滲んでいる。目元にもクマができていて、かなり無理をしているのが一目でわかった。こんなときに他の獣に襲われたらひとたまりもない。ニーナはようやく回り始めた頭で、このあとどうすべきか考え始める。
するとそこへ、ニーナたちを呼ぶ馴染みある声が聞こえてきた。
「おー、無事だったかー」
「ロブさん!」
とんとこ、とことこ。
ロブにしては珍しく駆け足でやってくる。
「遅いのよ、バカ兄貴! 肝心なときにいないんじゃ、せっかくの変身も意味ないじゃない!」
「すまんすまん。これでも妙な胸騒ぎがして急いだんだけどな、なにせ吹っ飛ばされて道がわかんなくなっちまったから」
そういえばロブは<マッスルウサギ>のドロップキックで遥か彼方へ飛んでいってたなと思い出す。つい先ほどの出来事なのに、なんだか遠い昔のことのように思えた。
「おっ、もしかしてニーナが持ってるの、<オオユグルド>の翼の一部か?」
「よくわかったね、ロブさん」
「飛び去っていくのが見えたからなー。あれ見たときはさすがの俺も焦ったわ。二人が連れ去られてなくてほんと良かったぜ。しかもバッチリ珍しい錬金素材まで手に入れてるとはツイてるな。それも<ハネウマブーツ>づくりに混ぜ混ぜしちゃう感じか?」
「そんなことしないよっ。なんでもかんでも入れたらいいってもんじゃないんだから。……でも確かに、こんな珍しい素材を手に入れられるなんて、私って幸運だよね。大切にしようっと」
ニーナはポシェットから<拡縮自在の魔法瓶>を取り出して、それを無くしてしまわないよう大事にしまい込む。
「それはそうと、兄さんはどっから来たの?」
「おー、それがな、向こうに抜け道みたいなとこがあってな。薄暗い洞窟みたいなトンネルを通って来たんだぜ。あとさ、たまたま俺が吹き飛ばされた先で<トトリフ>の匂いがしたんだぜ」
「ほんとに!? お手柄よ、兄さん!」
さっそくロブが見つけた<トトリフ>の場所まで行ってみようと決めた三人。けれどその前に、後ろで燃えている倒木の火だけは消していかなければ火事になってしまう。
ニーナはリュックサックから<バケツ雨の卵>を取り出して、いまだ燃え盛るマナの木のすぐそばでそれを割る。すると卵のなかから黒い煙がモクモクと上がり、それは雨雲となって超局地的大雨を降らせた。まさに「バケツをひっくり返したような雨」である。雨が降る時間は二分ほど。そのあいだにシャンテはもう一本<メンタルポーション>を口に含んだ。
「へー、話だけは聞いてたけど、まるで滝じゃない。使いどころは難しそうだけれど、少し離れるだけで濡れなくて済むのはいいわね」
ひとしきり雨が止むまで見届けて、もう火がくすぶっていないか確認する。マナの木は表面こそ燃えていたが、黒焦げになっただけで形は意外と残っていた。だから向こう側に渡ろうとするならば、倒木の下、濡れた地面を這って進まなくてはいけないが、幸いにもロブが抜け道を見つけてくれていたので、この道を泥だらけになりながら通らなくて済む。
ロブの案内のもとに来た道を引き返すと、たしかに洞窟の入り口が存在していた。岩と岩との間に挟まれるような形で、注意深く進まないと見つけられないような場所に入り口があり、<マッスルウサギ>を追っていたニーナたちは簡単に見過ごしてしまったようである。ニーナとシャンテは腰にぶら下げた小さなランプに灯りをともし、ロブを先頭に慎重に進んでいくのだが。
「ひゃあっ!?」
「どうしたの、ニーナ!?」
「あっ、ごめん。鼻先に水滴が当たって」
「もう、驚かさないでよ。……って、うわぁ!?」
──バサバサッ!
頭上を集団で通り過ぎるコウモリたち。
ニーナとシャンテは二人して慌てて身をかがめた。あんまりにも急に来られたので、ニーナはびっくりして尻もちをついてしまった。地面が濡れていたこともあって、ちょっぴりお尻が冷たい。
洞窟自体はとても短く、すぐに明るい場所へと出ることができた。洞窟のなかはひんやりとしていたので、森の温かさが心地いい。ロブが<トトリフ>を見つけた場所は、ここから少し右にカーブしたところにあるマナの木の根っこ辺りらしいので、ひとまずそこを目指してみる。
「あっ、人だ」
「ほんとだ。なにを採ってるんだろう」
男の人が二人、地面に膝をついた状態で、スコップを片手になにかを掘り出しているように見える。まさか<トトリフ>を狙ってるんじゃないでしょうね、とシャンテは警戒するけれど、どうやらそうではない様子。
「採取してるのは<イエローポッピー>じゃないかな」
「なにそれ?」
「えっと、鎮痛剤の原料に使われるお花といえばいいかな。名前の通り黄色いお花をつける植物で、昔は重宝されてたみたいだけど、最近は別の素材で代用できるようになったから、いまはそれほど高値では取引されていないはず」
「ふーん。じゃあなんでアイツらはあんなにも必死になって集めてるの?」
シャンテの言う通り、男たちはそれはもう一心不乱にスコップで土を掘り返している。ニーナたちの存在にもまるで気付いておらず、無言で採取に励んでおり、失礼ながらその様子は狂気を感じてしまうほどだ。
「それは私に訊かれても。ただこの森に生える植物は世界樹の影響もあって品質もいいだろうから、実は高値で買い取ってもらえるのかも」
「なるほどね。まっ、目的が別ならいいわ。アタシたちはアタシたちで、ちゃっちゃとお宝を掘り当てましょ」
なんとなくかかわってはいけない空気を感じるし、ここは素通りするのが正解かも。
ニーナは男たちの背中を遠目に眺めながらも、シャンテの後ろをついて歩く。
それからほどなくして、ロブが言うマナの木の下にやってきた。
「おー、ここだ。この匂い、間違いないぜ」
ロブはクンクンと匂いを嗅いで確かめると、マナの木の根元を前足で掘り始める。男たちのスコップ使いに負けないぐらい猛烈な勢いである。
「見つけたからって食べちゃダメよ」
「俺、ブタじゃないから生のままは食わないよ」
うーん、どうだか。ロブは食べ物なら何でもむしゃむしゃと食べてしまいそうである。
でもシャンテに調理してもらった方が美味しいのは間違いない。
「おっ、これじゃね?」
ロブがぴたりと動きを止めて、そして土のなかから黒っぽい塊を掘り出した。
「おぉ、これです! まさしく<トトリフ>ですよ! ありがとう、ロブさん!」
手のひらサイズの黒くてイボイボのついた物体。一見するとキノコには見えないけれど、でもこの芳醇な香りはまさしく探し求めていたそれである。ニーナは嬉しさのあまり泥だらけのロブに抱き着いた。やるじゃない、とシャンテもロブのお尻をぺちぺちと叩く。変わった愛情表現だけど、ロブはまんざらでもない様子だ。
そうしてニーナたちはそのあとも順調に<トトリフ>を採取していく。辺り一帯に固まって生育していたようで、そのほかの場所では一つも見つけることができなかったことを思うと、本当に運がよかった。それもこれも、ロブの嗅覚のおかげ。帰ったらいっぱい労ってあげようと思う。
──よしっ、これで<ハネウマブーツ>の調合に再挑戦できる。今度こそ、あっと言わせる凄い発明を成し遂げてみせるから待っててね、シャンテちゃん!




