追って、追われて①
──あそこで光ってるの、もしかして<キャキャロット>じゃない!?
ニーナはまたもダッシュすると、獣道の真ん中で不自然に光り輝く草のもとへと駆け寄った。神々しい光に包まれた神秘の野菜を掘り返そうと、さっそくスコップを片手にする。
「ちょっと、ニーナ。その謎の草はいったいなんなのよ?」
「だから<キャキャロット>だよ。聞いたことないかな、群れることを嫌うスーパーベジタブルの話」
「ないわよ、そんなの」
「えー、ほんとに? 錬金術師じゃなくてもこれなら知ってると思ったんだけどなあ」
ニーナはシャンテが不機嫌になっていることにも気付かず喋り続ける。
「えっとね、<キャキャロット>はスーパーでグレイトな人参なんだよ。もう凄いのなんの。野菜の王様といっても過言じゃないぐらい強いの。引っこ抜こうとしても絶対無理。勝てないの」
「はあ……?」
「あっ、その返事の仕方、ぜんぜん信用してないでしょ? そんなに疑うなら試してみる?」
「いいの? 途中でポキっと折れちゃうかもよ?」
「それは大丈夫。なんたって<キャキャロット>はスーパーベジタブルだから!」
説明はまったく理解できなかったが、そこまでいうならと、シャンテは地面の上に出た葉っぱの部分を両手でしっかりと掴んで、ぐっと両足で踏ん張って引き抜こうとする。苛立っていたこともあって、最初から全力だった。
「うぐぐぐぐ……!」
「ほら、頑張って、シャンテちゃん!」
妙に楽しそうなニーナ。
これは意地でも引き抜いてやろうと思うのだけれど。
「だめ、全然抜けない! ちょっとニーナも見てないで手伝いなさいよ!」
いいよ、とニーナはシャンテの後ろから腰に腕を回して、一緒になって引き抜こうとするが、やっぱり<キャキャロット>はびくともしない。葉っぱ一枚すら引きちぎることもできないのである。
それでも諦めずに、顔を真っ赤にしながら引き抜こうとするのだけれど、するとそこへ一匹のウサギが近寄ってきて、突然シャンテの顔面にドロップキックをかました!
「うぶっ!?」
ニーナとシャンテは一緒になって尻もちをつく。そんな二人を横目に、なんとそのウサギは、あれだけ二人が苦労していた<キャキャロット>をいとも簡単に引き抜いてしまった。
「うわっ、もしかして<マッスルウサギ>!?」
ニーナは目を輝かせた。野菜の王様を手に誇らしげな様子のウサギを見て、狙っていた<キャキャロット>を奪われたこともよりも、出会えたことに感動していたのである。
「いたた……! ちょっと、次から次へといったいなんなのよっ!」
「だから<マッスルウサギ>だよ。<キャキャロット>をエサにする筋肉モリモリのウサギで、愛らしい見た目に反してとーっても強いの! 有名だと思うんだけど、知らない?」
「知るわけないでしょ! というかアイツ、<キャキャロット>を持ったまま逃げようとしてるわよ!? あれ、珍しい野菜なんじゃないの!?」
「うん。売ったら三日分の食費ぐらいにはなるかな」
「それを早く言いなさいよ! ちっ、もうあんなに遠く……ほら、さっさと追いかけなさいよ、バカ兄貴!」
「いやー、あの速さは俺でも無理だろうなー」
「奪い返してきたら今日の夕食はステーキにしてあげる」
「行ってきますっ!!」
トントコと、猛スピードで駆け出していくロブ。短い脚をフル回転させて追いかけるも、ウサギはぐるぐると円を描くように走ったり、急にぴょんと跳んで頭上を追い越したりと、ロブをうまく躱しながら森の奥へ奥へと駆けていく。そんな二匹をニーナたちも必死に追いかける。
「ちょっとなによ、この邪魔な木は!」
道幅が狭くなっているところを倒木が塞いでしまっている。ちょうど左右は岩壁で、ニーナたちが立つ場所は谷底のようになっており、抜け道らしきものも見当たらない。二匹は小さな体でこの下を潜り抜けていったので、奥へ行かないと追い付けないけれど、かといって木の幹は非常に太くて、よじ登るのも苦労しそうである。
「うーん、この隙間なら私たちでもくぐれるんじゃないかな?」
ニーナは寝そべって、ほふく前進の要領で倒木の僅かな隙間を通り抜けようとする。途中でリュックサックが引っ掛かりそうになるものの、なんとか身をよじって通り抜けることができた。
「ほら、シャンテちゃんも早く!」
「ええい、もうっ!」
シャンテも嫌々ながらニーナに倣って身をかがめる。前日に雨が降っていなくて良かった。もし地面がぬかるんでいたら泥だらけになるところである。そう考えたらまだましよね、とシャンテは自分に言い聞かせながら地面を這って進んでいく。
ところが、もう少しというところで、突然目の前にクモが垂れ下がってきた。
「うわっ、ちょっと、クモがいるんだけどっ! ニーナ、追い払ってよ!」
「あはは! 大げさだな、シャンテちゃんは」
たかがクモ一匹で地面に伏せたまま動けなくなったシャンテを笑いながらも、ニーナはひょいと摘み上げて小瓶のなかへ。シャンテはぶつぶつと文句を言いながら潜り抜けてきた。そして立ち上がって服についた汚れをさっと振り払う。
道の先へと視線を転じると、ロブがまだしつこくウサギを追い掛け回していた。お互い小回りが利くので振り払われることもないけれど、かといって捕まえることもできないようである。
「まったく、いつまで時間かけてんのよバカ兄貴。さっさと捕まえなさいよね」
「でもウサギさんも素早いよね。あれだけぴょんぴょん跳ねられたら捕まえるのすごく難しそう」
「ねえ、その杖で援護できないの?」
「あっ、そうか。でも当たるかなぁ?」
「とりあえずぶっ放せばなにか起きるわよ」
遠いし、獲物は小さいし、なにより素早いけれど、少しでもびっくりさせられたなら、その隙にロブが捕まえてくれるかもしれない。
ニーナはかばんのホルダーから<七曲がりサンダーワンド>を引き抜くと、当たらないだろうなと思いながらも杖を向ける。
「とりあえず、いっけぇ!」
青白い光を放つ稲光は、右へ左へ、上へ下へと滅茶苦茶な軌道ながらも、なんだかんだ駆け回る二匹のもとへ。そして雷撃はウサギの目の前を通り過ぎた。
当てることはできながったが、ウサギはこの稲妻に驚き足を止める。
いまが千載一遇のチャンス。ニーナとシャンテは「今だ!」と声をそろえる。ロブも走る勢いそのままにウサギへと跳びかかった!
「ステーキはもらったー! ……うぶっ!」
炸裂する<マッスルウサギ>のドロップキック!
蹴りをもろに顔面で受け止めたロブは、放物線を描きながら遥か彼方へ飛んでいく。
息を呑んで見守っていた二人は、あぁ、と落胆の声を重ねた。
「あっ、逃げられる! ほら、もう一発撃ちなさい!」
言われるがままにニーナはもう一度雷撃を繰り出すと、それに合わせてシャンテも<魔力矢の指輪>で乱れ撃つ。
けれどやはり相手はすばしっこい。ジグザグに進まれるとまるで当たらない。雷撃もむなしく木々の向こうへと消えていった。
そして<マッスルウサギ>は、ニーナたちの目の前で<キャキャロット>を美味しそうに食べ始める。
「あー、もう、ムカつく! ねえニーナ。こうなったらあのウサギを捕まえて、今晩のおかずにしましょ。アタシ、腕によりをかけるから」
「いいね。意地でも捕まえよう。……って、なんか変な音聞こえない?」
「変って、なにが?」
「ほら、ブーンって、虫の羽音のような……」
ニーナは音が聞こえてくる方向へと目を凝らす。ちょうど<七曲がりサンダーワンド>の雷撃が消えていった木々の向こうから聞こえてくるのである。ニーナはたまらなく嫌な予感がした。そしてこういう時に限って、嫌な予感というのは当たるものである。
──蜂だ。蜂の大軍が押し寄せてきたのである!
「なんで蜂がこっち来るのよっ!?」
と、シャンテは申しております




