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ひよっこ錬金術師はくじけないっ! ~ニーナのドタバタ奮闘記~  作者: ニシノヤショーゴ
4章 幸せのレシピ
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いざ、マヒュルテの森へ!②

 まずは魔法雑貨店へと立ち寄り、森の地図と、それから<ハンターズブック>という名の生物図鑑を購入する。それから受付と掲示板のあいだの道を真っすぐに進み、<空間転移の間>と呼ばれる場所へと足早に歩く。するとすぐに小部屋が四つ見えてくるので、そのなかから東のベースキャンプ場へと転移できる部屋を選び、係の人の誘導に従う。順番はすぐに回ってきて、小部屋のなかへと案内されたニーナたちは、床一面に描かれた渦巻き状の魔法陣の上に立った。


 シャンテがロブを抱きかかえる。すぐに足元が淡く緑に輝きだし、同時につむじ風が吹き上げる。右手にはめた<風紋の指輪>がきらりと光った。魔法陣と同じ、淡い緑の輝きだ。


 光が次第に強く輝きを増していく。その神秘的な輝きに心奪われそうになるけれど、なんだかクラクラと眩暈めまいのようなものを感じて、ニーナはぎゅっと目をつむることにした。



 ほどなくして──



 つむじ風が止んだ。

 代わりに爽やかな風が吹きつけてくる。

 眩しさも落ち着いたように感じられたので、閉ざしていた目をゆっくりと開けてみる。


「うわぁ、ここがマヒュルテの森……!」


 思わず漏れ出す感嘆の声。

 大きい。すべてが大きい。木々も、岩のでっぱりも、獣道と思しき道幅も、羽ばたく鳥たちも、すべてのスケールが規格外である。いったいどれほどの月日がこの森を育んできたのだろうか。何千年? 何万年? きっと想像もつかないような太古の時代から、この世界の根幹を作り上げてきたに違いない。悠然と広がる大自然を前にニーナは圧倒されていた。


 ここはマヒュルテの森の東にあるキャンプ場。周りには簡易のテントが三つと、魔よけの燭台。淡い緑の炎が揺れている。炎が緑色をしているのはマナを豊富に含んでいる証拠だ。そして足元には渦巻き型の魔法陣。騎士や他の冒険者の姿もちらほらと。そんなキャンプ場の周囲を巨大なマナの木々がぐるりと囲んでいる。どれもこれも、ニーナが両腕を広げるよりも太い幹を持つ大木だ。


 そもそもマナの木は世界を魔法で満たす大切な存在であり、至る所で見られる身近な樹木である。だからクノッフェンの街でも当然のように植えられているのだが、そんな普段から目にするマナの木たちとは一線を画すほど、この森の木々は立派で圧倒されてしまう。


 そしてなにより一際大きいのが世界樹だ。他の木々も見上げるほど高いが、世界樹はいくら見上げてもテッペンが雲に隠れて見えない。まだここからは随分と距離があるとはいえ、こんなにも近くで見たのは初めてで、あらためてその存在感の大きさを認識させられた。


 好奇心の赴くまま、一歩、二歩。半ば無意識に前へと進む。色鮮やかな翼に長い尾をもつ鳥が目の前を横切り、光る虫たちが視界の片隅で飛んでいる。木の根元ではぼぅと苔が仄かに光っており、その木の枝の上にはネコ科の動物がこちらを注意深く見つめていた。耳をすませば、ホーホーとフクロウの鳴き声がどこかから聞こえてくる。


 ──すごい。

 見るものすべてが真新しく感じられて、知らず知らずのうちに笑みがこぼれる。


 そのままふらふらーっと歩き出したところで、後ろからシャンテに呼び止められた。ぼんやりしてたら危ないでしょ、といきなり注意されてしまったのだ。


「森の景色に心奪われる気持ちも分かるけど、今日の目的、忘れてないでしょうね?」


「うん。<トトリフ>の採取だよね」


「そっ、アンタ自身の発明のためにも、そしてあわよくば生活費の足しにする為にも、辺り一帯の<トトリフ>を採って採って採りまくるわよ!」


 おーっ、と掛け声を一つ。そして魔よけの燭台が囲むキャンプ場の、区域の外へと足を踏み出そうとした。

 ところで、嬢ちゃんたち、と後ろから声がかかる。誰だろうかとニーナたちは振り返った。


 声をかけてきたのは三十過ぎの二人組の男性冒険者だった。一人は小麦色の肌をした大柄の男性。顔は面長で、白い歯が眩しい。肩幅が広くてがっしりとしている。背中に帯びた剣は非常に大きくて、もし私があんなものを背負ったら後ろにひっくり返るだろうな、とニーナは思った。


 もう一人は丸眼鏡をかけた学者風で、こちらは随分と背が低い。それでもニーナたちよりは目線が上だが、隣りに立つ男のせいか小柄に見えてしまう。服装はダボっとしたポロシャツにポケットがたくさんついたズボンを履いており、大きめのリュックサックを背負っている。


 ──なんだか二人を見ているとダンとテッドを思い出すよ。


 小麦色の肌をした小麦農家の息子と、丸眼鏡をかけた気弱な少年。リンド村に残った二人はいまごろどうしているだろうか。からかう相手がいなくなって寂しがってたりして。


「まさか二人だけで森の奥に入ろうとしてるのか? だったら止めとけって。ここは子供が来るところじゃねーんだから、遊び感覚で手を出したら火傷するぜ。なっ?」


 こちらはロブもいるので三人だが、相手からしたら年端もいかない女の子二人で森をうろつくのは危ないと、親切心から声をかけてくれたようだ。

 ただどうもシャンテは子ども扱いされたことが不愉快だったようで。


「大丈夫よ。二人じゃなくて三人だし、それにアタシ、こう見えて旅の経験は豊富なの」


 と、素っ気なく答えた。


「いや、やっぱり危ないって。それに二人ともどう見ても素人だし。どうしても冒険に出たいというのであれば、俺たちが嬢ちゃんたちについて行ってやるから」


 すっと伸びてくる太い腕。


「……結構よ!」


 シャンテはそれをさっと払いのけた。男はムッとした表情を見せるが、これはさすがに相手が悪いと思った。女の子の肌は気安く触っていいものではないのである。警戒されて当然だ。


「おいおい、こっちは親切でだな……」


「それが余計なお世話だって言ってるの! だいたいなによ、さっきから上から目線でごちゃごちゃと。アタシたちに構わないでさっさと行けば? それとも、自分たちも二人だと心細いからアタシたちについて来て欲しいのかしら?」


「なんだと!? この身の程知らずがいい気になりやがって!」


 ぶつかり合う視線。飛び散る火花。男はぎゅっと拳を握るが、シャンテも一歩も引かない。


 ──どうしよう、もし喧嘩になる前に止めた方がいいのかな。


 たちまち険悪なムードになる二人の隣で、ニーナは両手を胸の前で合わせてハラハラしながら二人を見守っていた。

 するとどういうわけか、小麦色の肌をした男の怒りの矛先が、今度はニーナの杖に向けられる。


「そもそもなんだよ、その見たこともないヘンテコな杖は。どうせ自作の売れない発明品なんだろうが、そんな装備じゃ死にに行くようなもんだぞ?」


 なあ、と男が同意を促すと、隣りに立つ男は眼鏡をかけ直しながら、ほんとそうだよねと嫌味たらしく言った。


「所詮は三流品。ガラクタ同然の」


「黙れ!」


 聞き捨てならない単語が聞こえて、ニーナは声を張り上げた。男二人も、まさか先ほどまで怯えていた小動物のような少女が憤慨するとは思ってもみなかったのか、両目を見開いてニーナのことを見ている。


「私の杖の凄さをよく知りもしないくせに勝手なことを言うな! たしかに私の発明品はまだ有名じゃないけれど、だからって決めつけで笑うなんて許せない!」


 男たちはしばし呆気に取られていたが、眼鏡の男は軽く咳払いし、それじゃあ訊くけどと前に出る。


「その杖はどこがどう凄いんだい? 僕たちをお客さんだと思って誠心誠意アピールしてみてくれよ」


「それは……」


 たちまちニーナは言葉に詰まってしまう。<ガラクタ>という単語を耳にしてついカッとなってしまったけれど、自作の発明品が欠陥だらけのガラクタ品であることは嫌でも理解していた。自分を変えたくて村を飛び出したが、まだ何も成し遂げていないことを自覚していたから、ニーナは言い返すことができなかった。


 困り果てていると、シャンテにわき腹を小突かれた。もっと自信を持ちなさいよ、と小声で言うのだ。ニーナはますます困って視線を泳がせる。そんなニーナを見て男たちはニヤニヤと勝ち誇った笑みを浮かべた。悔しくてたまらないけれど、事実は事実。だからこれ以上反論できなくて。


 ──ぼふんっ!


 俯きそうになったそのとき、後ろから妙な音が聞こえた。えっ、と思って振り返ると、まさかのまさか。すぐ後ろに見上げてしまうほど大きなブタがいて、ニーナは思わず体を硬直させた。もちろんその正体には心当たりがあったが、人間予想外のことにはすぐに対応できないものだ。


 当然、男たち二人の驚きようはニーナたち以上だ。目を見開き、口をみっともないぐらい大きく開けている。そこへブタがそこまでにしておけ、なんて人の言葉を話したものだから、開いた口が塞がらなくなってしまった。


 ──喋ったってことは、やっぱりこのブタはロブさんなんだ。


 ロブはそのまま前に進み出ると、ぐいぐいと冒険者二人に体を押し付けるようにして無理やり下がらせる。戸惑う男たちは口々に何か言っているが、ロブは止まらない。小麦色の肌をした男が踏ん張って巨体を押し返そうとする。眼鏡の方も両足を踏ん張ろうと顔を真っ赤にする。しかしそれでもロブの進行は止められない。


「な、なんなんだよお前!」


「二人の保護者です」


 言って巨体をぶるんと震わし、二人を弾き飛ばすと、そこで初めてロブは足を止めて冒険者たちと向き合った。


「親切にご忠告どうもありがとう。ですが二人は俺が守るから心配は無用。どうぞお引き取りを」


 ロブはにやりと口角を吊り上げて笑う。あえて丁寧な言葉遣いをするところに余裕が感じられた。


 しかしここまで馬鹿にされて引き下がれないとでも思ったのだろうか。大男は背中の剣を抜こうと、柄に手をかけた。けれどそのとき、すぐ隣にいたはずのシャンテが一足飛びで男と距離を詰めたかと思うと、男の喉元に槍の先端を突きつけて言う。


「そんな危ないものを抜こうとするなら、アタシも容赦しないけど?」


 たじろぐ男。そこへ追い打ちとばかりにシャンテは穂先に炎を灯すと、男は慌てて後方に跳び退すさった。さらにシャンテは足元に向けて突きを連続で繰り出して相手をよろけさせると、最後はくるりと回転。槍の柄の部分を駆使した華麗な足払いで、男に尻もちをつかせた。

 シャンテはふんっと男を鼻で笑う。


「どう? まだやるというなら相手になるけど、向かってくるなら容赦しないから。言っとくけどね、アンタたちが馬鹿にしたニーナの杖はたしかに命中率に難があるけど、当たったら間違いなく白目向いて気絶しちゃうぐらい強力なの。だからさ」


 ずいっと、シャンテは男に顔を近づける。


「これ以上遊び感覚でアタシたちに手を出すなら、火傷じゃ済まないわよ?」


 それは先ほど男が口にした言葉ととてもよく似ていた。そっくりそのままお返しされる形となって苦々しい表情を浮かべたものの、ロブがもう一度巨体を震わせると勝ち目がないと悟ったのか、二人はそそくさと風紋を通って帰ってしまった。


 ──ぼふんっ!

 突然の白い煙。なんだか見覚えのある光景。

 そしてやっぱり、煙の発生源において小さなブタさんが横たわっていた。

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