いざ、マヒュルテの森へ!①
高級食材である<トトリフ>探しを始める前に、ニーナたちが立ち寄ったのは<ギルド会館>と呼ばれる場所だった。そこは森とクノッフェンとのちょうど境目に位置しており、エルトリア王国が管理している施設でもある。もともとは森に棲む獣の対処を目的として、騎士たちを常駐させるために建設されたそうで、それゆえか古風な砦を想起させる造りとなっている。
そんな厳めしい雰囲気漂う施設に、ニーナたちはそろって足を踏み入れた。
「うわぁ……おぉ……」
圧倒されるというか、なんとも場違いというか。
ギルド会館は外観だけでなく内装も立派で、足元は大理石、壁面は白く美しい。二階は吹き抜けになっていて開放感がある。厳かな雰囲気すら漂う建物のなかでは、子供のような体格のニーナは明らかに浮いていた。シャンテが隣で堂々と歩いていてくれなければ、きっとこの雰囲気にのまれて委縮してしまっていただろう。
今日ここへとやってきたのは他でもない、冒険者としての登録を行うためである。
この施設では各種手続きが行える受付が中央にあり、武器屋や素材屋や魔法雑貨店など、冒険に必要な施設が集まっている。また併設こそされていないものの、ギルド会館の目と鼻の先では酒場が軒を連ねており、積極的な情報交換が日々なされているそうだ。
大柄な男たちとすれ違いながら、足早に受付を目指す。
応対してくれるのは、笑顔が素敵な女性だった。顔つきはあどけないながらも、縁なしの眼鏡と緩くウェーブのかかった髪が特徴的で、なんとも大人びてみえる。胸元のネームプレートには「ルーチェ」とあった。
「おはようございます。あの、冒険者として登録がしたいのですが」
「ご新規さんですね! それではそれでは、こちらの登録用紙に記入をお願いします!」
言ってルーチェはにこりと微笑む。とても気さくそうな人で、まだ少し緊張気味だったニーナも頬を緩めた。
用紙を受け取り、その場でさらさらとペンを走らせる。
記入事項は簡単なもので、年齢や住所と、それから他の地域で冒険者としての活動を行った経験の有無を記入した。この辺りは、すでに前日のうちに登録を済ませていたシャンテに話を訊いていたので、特に戸惑うこともない。
ニーナが記入していると、ロブがカウンターテーブルに前足をかけるようにして飛び乗ってきた。そしてルーチェに、やぁ、と妙に気取った声で話しかける。どうやら二人はすでに仲良しのようで、これはこれは、とルーチェもロブの頭を優しく撫でた。これじゃあまるでナンパじゃない、とニーナは思ったけれど口をつぐんでおく。こっそり後ろを盗み見ると、案の定シャンテが兄に軽蔑の眼差しを送っていた。
記入を終えて、用紙を受付嬢に返す。
「お名前はニーナさん。年齢は十五歳で、職業は錬金術師。錬金術師協会にも登録済みなのですね!」
錬金術師協会とは、発明品の特許を管理している組合である。調合する際のレシピや、商品名、デザインなど、知的財産を守るために作られた組織で、他人にレシピを盗まれないためにも商標登録は欠かせない手続きである。意外にも各地域の素材屋で手続きが行えることもあり、すでにニーナもおばあちゃんに連れられて数年前に登録を済ませてある。
「──はい、なにも問題ありません。それでは、こちらが冒険者ギルドでの身分証となります」
渡されたのは小さな白磁の身分証である。首からぶら下げられるように紐が通されてあり、プレートの片面には<70710>という数字が刻まれていた。これがニーナの認識番号となり、もしも万が一命を落としたときに身元を割り出すのに必要となってくる。
なお認識票は等級ごとに色分けされており、白磁、黒曜、銅、銀、金と順にクラスが上がっていく。街の人や錬金術師から持ち込まれる依頼は受付で審査され、それぞれに難易度が定められる。冒険者たちは依頼が張り出された掲示板から、自分の等級に見合った仕事を選び、受付にて依頼の受注を行う仕組みとなっている。
また、世界樹へと挑戦するには銅等級以上でなければ認められない決まりとなっている。その道中は過酷であるがゆえに、ある程度の実力がなければ命を落とすことになるからだ。しかし登頂に成功さえすれば金等級としてギルドに認めてもらえる。金等級の身分証は世界樹制覇者の証。すべての冒険者にとって憧れなのである。
「それと、こちらは<風紋の指輪>となります。専用の魔法陣を通じて、マヒュルテの森に点在する四つのベースキャンプへと空間転移ができる仕組みとなっております。魔法陣はギルド会館にも用意してありますので、冒険に出掛ける際はぜひ有効活用してくださいね」
受け取ったリングをさっそく指にはめてみる。緑色の石が輝く魔法の指輪だ。これさえあれば東西南北四つのベースキャンプを瞬時に行き来できるため、格段に移動が楽になる。世界樹近郊、マナの豊富な土地だからこそ利用できる、とっておきの空間移動術だ。
「最後に注意点をいくつか。ニーナさんはこの地域の守り神についてご存知でしょうか?」
フクロウですよね、とニーナは即答する。
「ええ、その通りです。フクロウは悠久の時を見守る世界樹の守り神。ここクノッフェンでも大切にされているように、マヒュルテの森でも同じように保護の対象となっています。ですので捕獲はもちろん、ケガを負わせるだけでも罪に問われます。また錬金術の材料として重宝されている<フクロウの羽>ですが、フクロウの乱獲を防ぐため、売買そのものが禁止されていますのでご注意ください」
「あの、もし自然と抜け落ちた<フクロウの羽>を見つけたときはどうすればいいですか?」
「落ちている羽を拾って個人で使用する、あるいは無償でお友達に差し上げるぶんには問題ありませんよ。ちなみにですが──」
ルーチェはピンと人差し指を立てて胸を張る。服の上からでもわかる形のいい胸が強調されると、隣でロブが小さく息を呑んだのがわかった。
「この地域ではフクロウのことを<ユグ>と呼び、世界樹の頂上付近を優雅に舞う、人間よりも大きな体を持つフクロウを<オオユグルド>と呼んでいるんですよ」
「えっ、大きなフクロウって本当にいたんだ!」
ニーナは食い気味に話題に飛びついた。ルーチェはにこりと微笑んで頷く。
「そうなんです。詳しい生態はまだわかっていませんが、少なくとも二十羽以上はいるとされています。世界樹を寝床にしているため地上には滅多に降りてきませんが、もし出会っても手を出しちゃいけませんよ? 下手に刺激すると鋭い爪にがっちりと掴まれて、そのまま大空の果てまで連れ去られちゃいますから」
猛禽類特有の爪足をルーチェが両手で真似て脅してくる。受付嬢がカウンター越しに前のめりになったぶんだけニーナは、ひゃあと、体を震わせて後ずさった。ロブは目の前に突き出された胸を凝視しているが、幸いルーチェは気付いていない。
「まあまあ、<オオユグルド>はとても利口ですから、こちらから危害を加えない限り襲われることはありませんのでご安心を。……さて、これにて登録はすべて完了です。さっそく依頼を受けられますか?」
「あっ、はい、友達と一緒にこちらを」
すでにシャンテが受注済みだった依頼書をルーチェに見せてみる。<トトリフ>の採取は報酬こそ高額だが、危険生物を相手にするわけではないので白磁の等級でも受けられる。
「<トトリフ>の採取ですね。依頼内容自体は問題ありませんが、森には多種多様な生物が暮らしておりますので、くれぐれも、気を付けてくださいね!」
「はい、ご忠告ありがとうございます!」
登録も無事に完了した。
振り返り、後ろで待ってくれていたシャンテに笑顔を見せる。
──さあ行こうっ、シャンテちゃん。素材の宝庫、マヒュルテの森へ!
弾む心のままにシャンテの手を取り歩き出す。抑えきれない鼓動の高鳴り。早く早くと、心が急かしてくる。ここへ来るまで大人しくしてたつもりだけど、もう我慢する必要なんてないよね。未知の世界を前に、ニーナは早くも胸をときめかせていた。




