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ひよっこ錬金術師はくじけないっ! ~ニーナのドタバタ奮闘記~  作者: ニシノヤショーゴ
第16章 世界をあっと言わせる大発明を
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誰も見たことがない新しい魔法

 西日が差し始めたころ、再びニーナたちが現場に戻ってきたときには、多くの人々が不安そうな面持ちで時計台を取り囲んでいた。悲しみに暮れる者。怒りの声を上げる者。愛する人に寄りかかりながら涙を流す者。人々のあいだで負の感情が渦巻くなか、依然として状況は変わらず、テロリストたちが人質たちを盾にして立てこもっているらしい。時計台に絡みつく巨大な蛇の悪魔も健在である。


 箒に乗るニーナたちは、騎士クリストフの隣に着陸する。

 彼のすぐ側には、鎖に繋がれた魔女の姿があった。


「あら、こんなところで出会えるなんてすごい偶然ね」


 なんと白々しい言葉だろう。久方ぶりに対面したリムステラが微笑みを浮かべながら言う。まだ魔法の義眼を封じる眼帯を付けたままで、拘束も解かれてはいないものの、彼女が自由の身になるのは時間の問題だった。


「聞いたわよ。大変なことになっているそうね」


「まあ、そうですね」


 ニーナはそっけなく答えた。目を合わせることもせず、ニーナは時計台の文字盤を正面に捉える。


「でも心配は無用です。あなたはすぐにでも牢屋に逆戻りですから」


「言ってくれるじゃない。で、その手にしている見慣れない杖が、あなたたちの秘密兵器ってところなのかしら」


「そうです。特別に力を見せてあげるので、その特等席から黙って見ててください」


「それは楽しみだわ。……そこのブタさんは何もしないの?」


 問われたロブは、そうだぜ、と答えた。


「お前がなにかしない限り、俺の力は必要ないんだぜ」


 安心して。見ての通り、魔力を封じる手錠に縛られていて無力なの。

 そう言って魔女は両腕の拘束具を揺する。鎖がガチャガチャと不快な音を立てた。


「ほら、どうやっても外れないし、魔力の類も一切感じないでしょう?」


「たしかにな。でもだからって、はい、そうですか、とは言えねーよ。油断なく、お前のことは警戒させてもらうんだぜ」


「ふん、好きにしたら?」


 言われるまでもなく、好きにするつもりだ。

 ニーナは一歩前に進み出て、時計台の文字盤を見つめる。文字盤の下には大きな窓があって、その向こう側には白い仮面をつけたテロリストがこちらをじっと見降ろしている。


 ニーナは自作の発明品の力を信じている。しかし、これから行う行為が過激な敵対行動と見なされれば、すぐにでも人質の命を危険に晒すことになるのだろう。それだけは、いまでもすごく不安だった。


「大丈夫よ。好きにやりなさい。どんな結果になろうとも、アタシがニーナのことを守ってあげるから」


「うん、ありがとう」


 シャンテが背中を押してくれたことで、ニーナの心は決まった。ニーナは手にしていた新しい杖をわずかに掲げる。生命力あふれる世界樹の枝をベースに作り上げた杖の先端には、半透明の結晶体が取り付けられている。


 <幻杖ロストスノウ>

 それが、ニーナがこの杖に与えた名前だ。


 結晶部分より、白くて淡い一筋の光が放たれる。木漏れ日のように優しい光が時計台の文字盤を照らす。テロリストはニーナが放つ不思議な光をじっと見つめている。仮面の奥の表情がわからないのがなんとも不気味だが、ひとまず静観する構えのようだ。


 ──ボーン……ボーン……


 静まり返っていた街に、鐘の音が鳴り響く。時計台の内部に設置されていた鐘が、その美しい音色を響かせているのだ。


 それは、この街に住む者にとって毎日のように耳にしている音。しかし、この場に詰めかけた人々は疑問を感じたに違いない。なぜなら、鐘が鳴る時刻はいつも決まっているはずなのに、いまはそのときではないからだ。


 では、いったいなにが鐘の音を響かせたのか。

 人々はすぐに答えに辿り着く。小さな錬金術師の少女が掲げる杖が、街中に優しい音を響き渡らせたのだ。


「……あ、雪だ」


 小さな男の子が空を指さした。そんなまさか。この時期に雪なんて降るはずがない。そう思っていた大人たちの目にも、白い雪のようなものが映る。舞い降りてきたそれを、人々は手のひらに受け止めてみる。


 それは紛れもなく白い雪。けれどそれはフクロウの羽の形をした、不思議な雪。人肌に触れては熱によって溶けてしまう、儚い雪。人々の体に沁み込むように、その雪は消えてなくなってしまう。するとどうだろう。胸のうちに抱えていた不安や怒りや悲しみといった感情が、すっと、溶けて消えていくような奇妙な感覚に人々は見舞われた。


 その日、クノッフェンの街のいたるところで、白いフクロウの羽のような雪が降った。しかもそれは不思議なことに、屋内にいる人々の頭上にも落ちてきて、心のうちに抱えるもやもやとした感情を溶かしていった。それは、小さな錬金術師が起こした奇跡として後の世まで語り継がれる、新たな魔法が生まれた瞬間だった。







 それはアデリーナの目から見ても、世にも奇妙な光景だった。

 鐘の音が鳴った。そこまでは特に何も思わなかった。時間の感覚が薄れていたアデリーナは、いつもと違う時間に鐘が鳴ったことなど気にも留めていなかった。けれど、そのすぐ後に現れた白い羽のような雪に触れてから、場の空気が明らかに変わった。みんな呆けたように天井を見上げていた。


 この不思議な雪は、どうやら壁や結界を通り抜けてやってくるらしい。羽の形をした小さな雪は肌に触れると心のなかに染み入り、人々が抱える負の感情を溶かしてしまうようだった。しかもこの雪は、テロリストたちが抱える闇までも溶かしてしまうらしい。仮面を付けているせいで表情はよくわからないものの、明らかに戦意を失っているように思われた。


 アデリーナは立ち上がり、リーダー格の男のもとへと歩み寄る。


「ねえ、この拘束を外してくれないかしら? それからこの場に居る者たちすべての呪いを解き、人質全員を解放して欲しいのだけど、構わないわよね?」


「あぁ……」


 男は答えを探すように、辺りを見渡した。

 そして考え込むそぶりを見せたあと、わかった、と男は要求に応じた。


「なあ、一つ教えて欲しいんだが」


 アデリーナの拘束を外しながら、この雪はいったいなんだ、と男は問う。


「さあ、私にもわからないわね。でも誰がこの雪を降らせたのかは、だいたい予想がつくわ」


 さすがは私の友達ね、とアデリーナは誇らしい気持ちになる。これは間違いなくニーナの魔法だと、アデリーナは確信していた。


 そうしてウロボロスによる前代未聞のテロ事件は、なんともあっけない幕切れを迎えた。彼らの象徴でもあった黒い蛇の悪魔も、欲望が消えたのと同時に、いつのまにか形を失くして消えたのだった。

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