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ひよっこ錬金術師はくじけないっ! ~ニーナのドタバタ奮闘記~  作者: ニシノヤショーゴ
第16章 世界をあっと言わせる大発明を
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願いを込めて

「私がなんとかしてみせるよ」


 えっ、とみんなの息を呑む声が聞こえた。それでもニーナは構わず、私がなんとかする、ともう一度宣言するように言う。


「なんとかって、なにかいいアイデアでもあるの?」


「まだ、ない。でもいまあるものでどうにもならないんだったら、なにか新しいものを作らなきゃ」


「そりゃそうなんでしょうけど……」


「それに、クリストフさんもさっき言ってた。次々と生み出される新たな魔法のすべてに対応するなんて不可能だって。でもそれって、相手も同じだよね?」


「それはその通りだと思うし、意気込みも買う。こういうとき、じっとしていられない性格だってこともよくわかってる。でもそんな都合よく新しい発明なんて無理でしょ?」


「うん。でも、これを使えば可能性はあると思うんだ」


 そう言ってニーナが腰のポーチから取り出したのは、<輝く世界樹の葉>が入れられた魔法の瓶だ。この街でずっと暮らしているレックスにとっても珍しい素材なのだろう。彼はぽかんと口を開け、瓶の中身を食い入るように見る。


「<輝く世界樹の葉>にはね、調合に使われる他の素材たちの特性を大幅に引き出すだけでなく、調合の成功率を大幅に上げる効果があるんだ。だから多少無茶な調合でも、私の願いに応えてくれると思うんだよ」


「いや、それは知ってるけど、でも使っちゃっていいの?」


「うん、いま決めた」


 そう言って、ニーナはクリストフに視線を向けた。


「一つ確認なんですが、結界で覆われているのは式典会場となっていた<黄金の間>だけなんですよね?」


「そうだ。その気になれば一階エントランスや屋上から施設内に侵入することはできるだろう」


 つまり、時計台の内部に設置された”アレ”は魔法の触媒に利用できるということ。これは使えるかもしれない。だとしたら、調合素材に選ぶべきは……


「その顔、なにか閃いたのね?」


 時計台の文字盤を見ていたニーナに、シャンテは問いかける。

 ニーナはニヤリと、口の端を吊り上げてみせた。


「さすがはシャンテちゃん。私の助手なだけあるね」


「その助手として、なにか手伝えることはある?」


「うん、いまから候補になりそうな素材をとにかくメモに書き出してみるから、素材屋に行って片っ端から買ってきて欲しいの」


「オッケー。任された」


 なあ、俺にも手伝わせてくれよ、とレックスがニーナの衣服を掴んだまま言う。その手に込められた力強さからは、なんとしても家族を助け出したい、自分も役に立ちたいという想いが、ひしひしと伝わってきた。


「気持ちは嬉しいけど……わかった。それじゃあレックスは、シャンテちゃんと一緒に買い出しを手伝ってくれる?」


 うん、とレックスは頷いた。いつものやんちゃなイメージとはほど遠い、真面目な顔をして。


「これから私は先に戻ってレシピ作りを始めるよ。フラウさん。私を工房まで箒に乗せてもらえますか?」


「もちろんですよ」


「なーなー、俺は?」


「ロブさんは……私の側にいてくれれば!」


「おー、マスコットブタとして張り切っちゃうぜ」


 そうしてニーナたちはそれぞれの役割を全うするために動き出す。ニーナはこれからの調合に必要になりそうなものをリスト化して、それをシャンテに託し、それからフラウの箒にまたがる。そこへロブが、ニーナの背中に飛び乗った。


「アレクさん! こんな別れ方になって申し訳ないですが」


「いやいや、それ以上の言葉は必要ない。早う行って、お嬢ちゃんの成すべきことを成せばええ。期待しとるぞ」


「……はいっ!」







 目の前には、ぐつぐつと煮えたぎる錬金スープ。すぐそばのテーブルの上には、たったいま組み上げたばかりのレシピが書かれたノートと、計量済みの素材たちが並んでいる。そのテーブルから少し離れたところで、ロブとレックスが固唾をのんで見守っていた。


「緊張してる?」


「うん、さすがにね。でも迷ってる時間もあんまりないし、そろそろ始めるよ」


 目をつむり、一つ深呼吸をして心を落ち着かせる。それでも緊張は解けないけれど、ドキドキと鼓動が高鳴る感覚は嫌いじゃない。せっかくの調合だ。こんなときでも、ううん、こんなときだからこそ楽しむことを忘れないようにしないと。ニーナはにこっと笑って、始めるよ、と口に出して言った。


 初めに鍋に入れるのは<輝く世界樹の葉>である。もっとも反映させたい特性を持つ素材を一番初めに投入するのが調合時のセオリーであるが、<輝く世界樹の葉>を素材として使用する際は、これをまずマナ溶液に溶かすところから始まる。


 ──えいっ。


 ポトリと落ちた世界樹の葉。それはすぐにぐつぐつと煮える深緑色の溶液に飲み込まれて影も形もなくなってしまう。その様子を、ニーナは名残惜しさを感じながら見ていた。後悔はしてない。けれど、もし調合に失敗してしまったら、なんてことが頭をよぎって怖くなった。


 ……ううん、そういうのはあと。失敗したら、なんてことは、本当に失敗してしまったときに考えればいい。いまは調合に集中すべきときだ。


 ニーナは<かき混ぜ棒>を手に取り、時計回りにゆっくりとかき混ぜ始める。このとき火力は中火。<かき混ぜ棒>伝いにニーナが魔力を込めると、それに呼応するように錬金スープが淡く緑色に明滅する。初めて目にする錬成反応。<輝く世界樹の葉>を使った錬成でのみ見られる、特別な現象である。知識としては知っていたけれど、実際にその調合を自分が行っているんだと思うと、感慨深いというかなんというか。


 これで世界の命運がかかっていなければ、もっと楽しめただろうにね。


 明滅反応が収まるのを待ってから、ニーナは次の素材を投入していく。<セントエルモの消えない火>、<なごり雪の結晶>、<世界樹の枝>、そして<メロディガラス>に<オオユグルドの羽>。セオリー通り、火、水、土、風の特性順に素材を溶かす。それに伴い錬金スープは赤、青、黄色、黄緑と、鮮やかな変化を見せる。


 ニーナは<かき混ぜ棒>を手に、粘り気のある錬金スープを根気よく混ぜ続けた。釜から立ち上る熱気。額の汗を、シャンテがハンカチで拭ってくれる。ここ数日歩きっぱなしで体はとうに疲れ果てていたけれど、泣き言なんて言ってられない。ニーナはふぅと息を吐き、気力を振り絞る。


「なあ、これ、うまくいってるのか?」


 身を乗り出すようにして訊ねたレックスに、当たり前じゃない、とシャンテは言い切った。


「こういうときのニーナの集中力はすさまじいの。だから信じて待ちなさい」


 <かき混ぜ棒>を通じて伝えるのは魔力と完成品のイメージ。さらにそこへ願いも込める。いま、ニーナが思い描くのは雪の日。しんしんと降る白くて儚い雪と、静まり返った街。灰色の空。無言で空を見上げる人々に混じって、ニーナもまた空を見る。


 そんな光景を頭に描きながら、ニーナは調合に向き合い続けた。

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