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ひよっこ錬金術師はくじけないっ! ~ニーナのドタバタ奮闘記~  作者: ニシノヤショーゴ
15章 世界樹の頂へ
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どうして泣いてるの?

 意識を取り戻したとき、真っ先に感じたのは体のだるさ。ひどく疲れたような、熱っぽいような、そんな感じ。ちょっと息苦しさも感じる。それと全身が筋肉痛にでもなったかのように痛くて、瞼を開けることすら億劫に感じる。


 頭はぼんやりとしたまま働かない。なにも考えたくもないし、動きたくもない。だからもう少しこのまま寝てしまおうか。


「ん……」


「ニーナ? ニーナ、気が付いたの?」


 すぐそばでシャンテの声がする。ニーナのことが心配でたまらないといったような、そんな切羽詰まった声。そういえば、先ほどから誰かがずっと右手を握ってくれている。感覚が鈍っているのか、誰の手なのかわからないけれど、たぶんシャンテが握ってくれているのだろう。


 でもなんで?

 ニーナは純粋に気になって、重たいまぶたを持ち上げる。かすむ視界。おぼろげながらに見えたのは、いまにも泣きだしそうなシャンテの顔だった。どうしてそんな顔をしているの? そもそも、どうして私は眠っていたの? どうも記憶があいまいで、状況がまったくといっていいほどつかめなかった。


そうして困惑しているあいだにもシャンテは大粒の涙を流し始めて。


「どうして泣いてるの?」


「どうしてって、アンタねぇ……」


 怒られた。でも、そう言いながら涙を拭うシャンテは、どこか嬉しそうにも見える。


 まだ頭がぼんやりとする。そもそもここはどこなんだろうか。寝ころんだまま、ぼんやりと見上げた天井にはまったく見覚えがない。このままぼーっとしていてはいけない気がしたニーナは、ひとまず体を起こしてみようとする。


「う、いたたた……」


「ちょっと、無理しちゃダメよ」


 なぜだかやっぱり体中が痛い。それでも強引に上半身を起こしてみたとき、体にかぶさっていたシャンテのマントが肩からずり落ちる。そのとき、ニーナは自分の姿を見て驚いた。


「え、なんで私、下着姿なの?」


「なんでって、そりゃあ」


 そこまで言いかけて、シャンテはハッとした表情を浮かべる。


「もしかして、記憶がないの?」


「あ、うん、ちょっと……」


「アタシのことわかる?」


「え、シャンテちゃんだよね?」


 当然のように答えると、シャンテは胸に手を当てて安堵の息を吐きだした。どうやら不安な気持ちにさせてしまったようで、申し訳ない気持ちになってくる。


「えっとね、別に記憶喪失ってわけじゃないと思う。昨日から世界樹に挑戦中だってことも覚えてて、でも今日の記憶があいまいなんだ。なんで私は眠ってたの?」


「それは」


 おー、起きたのか。そんな声が後ろから聞こえて、ニーナは首に痛みを感じながらも振り返る。するとそこにはロブと、冒険家のアレクと、それからピンク色の毛をした謎の生き物の姿が。


「っ……!」


「ちょっと、ニーナ!?」


 急に頭を押さえだしたニーナのことを、シャンテが心配してくれる。


「ありがと。でも大丈夫。……ちょっと思い出してきたかも」


 そうだ。あいつはゲパル。ピンクの悪魔だなんて異名を持つ、世界樹の中層に巣食う危険な魔物。あいつに襲われて、シャンテたちとはぐれてしまって、そこで偶然にも見つけた<うろ>のなかに逃げ込んで、それから、それから……


「あっ、蜘蛛」


 ニーナは自身の左肩を見る。そこには刺された箇所がぷっくりと、赤く腫れたまま残っていた。体中が痛いのは、きっとあの針に毒が混じっていたせいだ。


 そうか、だから下着姿なのか。

 恐らくだけど、気を失ったあと、シャンテたちが助けてくれたのだろう。それから安全な場所まで運んでくれて、そのあと蜘蛛の巣まみれのベトベトになった衣服を脱がしてくれたのだろう。まだよくわからないことも多いけれど、色々と迷惑をかけてしまったに違いない。


「うん、とりあえず気を失うまでのことは思い出せたよ。シャンテちゃんたちが助けてくれたんだよね? また迷惑かけちゃってごめんね」


「何言ってるの。謝らなくちゃいけないのはアタシのほう」


「え?」


 ニーナが首を傾げると、シャンテは気まずそうに目を伏せた。

 それからもう一度顔を上げて、今度は真っすぐにニーナの瞳を見つめる。


「あのとき、アレクさんがゲパルたちとの戦いは避けた方がいいってあれだけ忠告してくれていたのに、アタシは強行すべきだって主張した。アタシは自分と兄さんの力を過信しすぎていたんだ。そのせいで危うくニーナを死なせるところだった。だから謝らなくちゃいけないのはアタシのほう。本当にごめんなさい」


「でもでも、私はこうして無事だったんだし」


「そんなの結果論じゃない! それに今回もニーナのことを助けたのは兄さんで、アタシはなんの役にも立ててない」


 涙交じりの声で、目元を真っ赤にしながらシャンテはそう言った。その目が、その声が、強い後悔の気持ちをこちらにまで伝えてくる。重くのしかかってくる罪悪感に耐えきれなくて感情を吐き出した、そのようにニーナには感じられた。


 その苦しさを推し量ることは、ニーナにはできないけれど。


「でもシャンテちゃんが上に進もうって言ったとき、私もその場にいたのに反対しなかったのは、私自身がシャンテちゃんの意見に賛成だったからだよ。だから私、シャンテちゃんのせいでこんな目にあったなんてちっとも思ってないよ?」


 そうだぜ、とロブも頷く。


「あのときは無理してでも上に進むしかなかったんだ。それにニーナが襲われたとき、一番近くにいたのは俺だった。それなのに目を離してしまったのが悪かったんだ。そもそも俺が力を出し惜しみしなけりゃよかったんだしよ、判断を間違えたってんなら、俺にも責任はあるんだぜ」


「私も、逃げ道にあの洞窟を選んだのは間違いだった。危険かもしれないって感じてたのに悪い予感から目を逸らしちゃって、結局は毒蜘蛛の餌食となるところだった。私だって想像力が足りてなかったんだ。シャンテちゃんだけが悪いんじゃないんだよ」


「でも……」


「でもは禁止。別に結果論でいいじゃん。私はこうして生きてるんだし、それに荷物も無事なんでしょ?」


「それはそうだけど、でも一歩間違えれば死んじゃうところだったのよ?」


「うん、わかってる。でもいくら私とロブさんがシャンテちゃんだけのせいじゃないって言っても、全然わかってくれないんだもの」


 ニーナは拗ねたように唇を尖らせた。

 するとようやくシャンテは少しだけ口元を緩めて、それからニーナの胸元にゆっくりと顔をうずめた。


「シャンテちゃん?」


「ごめん。少しのあいだだけでいいから、こうさせて」


 それからはニーナもシャンテも、どちらも何も言わなかった。伝えたい気持ちはたくさんあったけど、無理に言葉にしなくていいと思えた。それよりもいまはこうしてずっと、シャンテのぬくもりを肌で感じていたい。その心のままに、ニーナは寄りかかる彼女を優しく抱いた。

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