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ひよっこ錬金術師はくじけないっ! ~ニーナのドタバタ奮闘記~  作者: ニシノヤショーゴ
15章 世界樹の頂へ
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追う者、逃げる者、待ち受ける者②

 世界樹にできた<うろ>の中を走っていると、急に開けた場所に出た。そこには天井と足元を繋ぐ樹木の柱のようなものが何本も伸びており、隠れられそうな場所がたくさんあった。


 不思議な光景だ。暗さと、仄かに光る緑の苔が、この空間をより一層幻想的なものにしている。でも見とれている場合じゃない。柱の裏に隠れたってすぐに見つかってしまいそうだけれど、死角が多いのはありがたい。<七曲がりサンダーワンド>で奇襲できれば二匹ぐらいならなんとかなるかもしれないからだ。


 ニーナは右側に見える柱の一つを選び、そこに身を潜める。

 ほどなくして、ゲパルたちがこの空間へとやって来た。ニーナは仕掛けるタイミングを計るため、暗闇の中で目を凝らして様子を窺う。するとゲパルたちは鼻を引くつかせ、そしてニタリと笑った。本当に笑ったのかどうかはわからないが、少なくともニーナにはそう見えたのだ。


 そうしてゲパルたちは迷うことなく、ニーナが隠れている方向へと歩きだした。


 やっぱり匂いを辿ってあとを追ってきたんだ。つまり、これ以上逃げ続けても無駄足になるだけ。なんとしてもここで迎え撃たなくてはならないだろう。しかし、相手は三匹もいる。漠然と二匹までならなんとかなると思っていたけれど、それより多いとなると魔法の杖以外にもう一つ、武器がいりそうだ。


 とはいえ吟味している時間はない。

 こうしているあいだにも相手は着実に近づいてきている。

 ニーナは真っ先に頭に浮かんだアイテムをリュックから取り出して左手に持ち、ふぅーっと息を吐きだして呼吸を整える。


 よし、まずは一撃目、距離があるうちに確実に当てたい。ニーナはゲパルたちに向けて……ではなく、あえて誰もいない方向へと杖を向ける。ぐるりと半円を描くような軌道で後ろから奇襲するイメージを持って、ニーナは雷撃を放った。


 いけっ。そう心のなかで唱えて放った雷はカクンカクンと折れ曲がり、五回目を曲がり終えたところでゲパルたちの背後を取る。しかし暗闇のなか、青白く光る稲妻は想定以上に目立ってしまっていた。せっかく後ろを取れたと思ったのに、ゲパルはそれを間一髪のところでしゃがんで躱したのである。絶対に当てなくてはならなかった一撃目を外してしまって、ニーナの心に動揺が広がった。


 ところがゲパルたちはいまの攻撃を受けて、明らかに戸惑いを見せ始めた。互いに顔を見合わせ、それからきょろきょろと。しきりに言葉を交わしながら、なにかを探しているようだ。ニーナが潜んでいると思っていたところとは全く別の方向から奇襲を受けたことに、ひどく困惑しているみたいだった。ニーナの他にも敵が潜んでいると勘違いしたのだろうか。


 それなら相手が戸惑っているうちに畳みかけたい。ニーナはまた一つ息を吐きだし心を整えると、再び雷撃を放った。それは先ほどと同じような軌道でゲパルたちに向かっていく。ゲパルもそれに気づき、二度目は余裕を持ってジャンプした。


 けれど躱されることは想定内。ニーナが操る雷撃はゲパルの真下でうねるように跳ね上がり、宙を舞うゲパルを見事に捉えた。


 しかし喜んでいる暇はない。残った二匹のゲパルは今度こそ、ニーナが潜む柱へと一直線にやって来る。毒々しいピンク色の体毛を振り乱し、両手両足をフルに駆使して向かってくる様は恐怖でしかなかった。


 けれど怯んでなんかいられない。ニーナの心はとっくに決まっているのである。ニーナは獰猛な獣に杖を向けて躊躇うことなく雷撃を走らせる。今度は正面から、上下左右ジグザグに大きく揺れ動く、変則自在の雷魔法だ。


「ウギギ……!」


 当たった。残るゲパルはあと一匹。しかしもう目前まで迫っており、次の一撃は間に合いそうもない。接近を許したニーナに向けて、ゲパルは右腕を大きく振り上げた。樹木の柱ごと、ニーナを叩き潰さんとばかりに。


「そこだっ!」


 ニーナは柱の陰から飛び出す。そして左手に持っていたアイテムを突き出し、人差し指でボタンを押すように、その頭頂部を力いっぱい押し込んだ。


 プシュー!

 霧状のものがゲパルの顔面に吹きかけられる。するとゲパルは後ろにひっくり返り、目と鼻を手で覆いながらのたうち回った。


 ニーナが手にしているのはスプレー缶だ。中身は<七色唐辛子>と<パンギャの実>を混ぜて液体状にしたもの。目に染みる激辛成分と、鼻につく醜悪なる臭い成分を間近で浴びたゲパルはたまらず、両手で顔面を覆いながら転げまわるしかなかった。魔力を温存しつつ魔物を撃退するために編み出した道具が役に立ってよかった。


 よし、しばらくはこれで大丈夫なはず。いまのうちに逃げよう。でもこれ以上奥に進んでもどこに繋がっているかわからなくて危険だから、元来た道を戻るしかない。そう思い、ニーナは一本道を引き返し始めたのだが。


「う、そんな……!」


 それはまさかだった。引き返し始めてすぐに、ニーナは別のゲパルたちと遭遇してしまったのである。あまりに予想外のことで、警戒もしていなかったニーナは、曲がり角の向こうからやって来たゲパルたちと相対してしまう。ニーナは咄嗟にスプレー缶を構えたのだが、相手の動きも速かった。手にしていた太い棒きれを投げてきたのである。


「うあっ!」


 乱暴に放り投げられたそれはニーナの左手に当たり、スプレー缶も弾き飛ばされてしまう。さらに後ろに控えていたゲパルが前のめりになって襲い掛かってきた。ニーナはスプレー缶を拾うこともできず、ただただ距離をとろうと逃げ惑う。


 樹木の柱が連なる空間。そこを縫うように進みながら、ニーナはひたすら奥へ奥へと逃げる。その後ろからゲパルたちがつかず離れずの距離で追って来る。ニーナは逃げながらも振り返り、二度、三度と雷撃を放ってみたが、走りながらではうまく当てることができなかった。


 このまま走ったとして、果たして出口は存在するのだろうか。仮にあったとしても、そこまで逃げ切ることができるのだろうか。ニーナは不安で心が押しつぶされそうだった。


 しかし、決死の逃避行は唐突な幕切れを迎える。


「うわ!? え、なに、このネバネバ!? なんで!?」


 突然、なにもなかったはずの空間にニーナは囚われた。粘つく細い糸のようなものが全身に絡まり、身動きが取れなくなってしまったのだ。腕も足も動かない。顔に付着した不愉快な糸を振り払うこともできない。ニーナはパニックになり、必死になって逃げ出そうとするが、もがけばもがくほど拘束は強まっていくようだった。


 そのとき、ニーナは視界の端に青い蝶の姿を見た。それはここに来る途中に真横を通り過ぎていった、美しい羽を持つ蝶だった。その蝶もまた、粘つく糸に囚われて、力なく羽を上下させていた。


 ──これってまさか。

 嫌な予感がした。ニーナはどうにか顔を持ち上げる。そして、はっと息を呑んだ。

 ニーナの瞳が捉えたもの。それは天井に張り付く巨大な蜘蛛だった。

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