小さな錬金術師のとっておき
「わぁ、すごく良い香り! それじゃあいただきます!」
エルフロードを渡り始めてどれくらいの時間が経っただろうか。すっかり日も暮れて、世界樹の半ばで迎える最初の夜がやって来た。
暗がりを進むのは危ないからと早めに見つけた安全そうな場所に簡易のテントを張り、魔よけのお香をたく。それから火を使わずに調理ができる魔法の鍋で料理を。アレクが持参したお米とニーナが採ってきた卵を使って、今夜は雑炊を作ることになった。
「うむ、やはりこの味は格別じゃて。な、お嬢ちゃんたちもそう思うじゃろ?」
もともとアレクはこの料理を振舞ってくれる予定だったらしく、そのためお米やだしをあらかじめ持ってきてくれていた。そこに薄くスライスしたイワコブダケや赤黒い葉が特徴のリュウケツソウを加える。イワコブダケはコリコリとした食感が美味しく、リュウケツソウはちょっぴり苦いが、それがまた良いアクセントになっている気がする。いずれもこの世界樹に寄生する植物だ。
「ここで採れる食材を具材に使うことが重要なんじゃよ」
世界樹に挑戦する者たちが登頂を諦める理由の一つに<マナの過剰摂取>というものがある。症状は高山病に似ていて、世界樹の上に行けば行くほど呼吸が苦しくなるというのだ。
「高山病ってたしか、標高が高くなるにつれて酸素濃度が低下することから起こることなのよね?」
シャンテの問いかけにアレクは頷く。
「よく知っておるな。その通りなんじゃが世界樹の場合はその逆でな、足りないのではなく過剰摂取、つまり高濃度のマナに触れ続けることが原因なんじゃ。それがわからなかった頃は<世界樹は瘴気を発している>なんて憶測が本気で信じられてきたのじゃよ。まあでも、濃すぎるマナは人間にとって毒じゃから、瘴気と呼ぶのもあながち間違いとは言い切れんがのう」
「その病気を防ぐために、世界樹で採れた野菜を食べる必要があるということなんですね」
「そういうことじゃな、術師のお嬢ちゃん。ここで採れた食材を体内に摂取することで、少しずつ慣れさせていく。三日に分けて登るのも、体を慣れさせるのに時間が必要だから。つまりはこの環境に<適応>するためじゃよ」
夕食のあとは明日に備えて早めに眠ることになった。とはいえ、いくら魔よけのお香を焚いていてもやはり見張りは必要で、みんな揃って眠ってしまうのはさすがにまずい。
そんなわけでまずアレクが二時間ほど先に眠って、あとは朝まで見張りを引き受けてくれると彼は言う。
「えっ、二時間で足りるんですか? せっかく四人もいることですし、みんなで交代し合えばいいと思うんですけど」
「なに、心配はいらん。わしにはこれがあるからな」
そう言ってアレクがかばんから取り出したのは、よく見覚えのある道具。
「あっ、<絶対快眠アイマスク>じゃないですか!」
「おぉ、よく知っておるの。そうじゃ、この素晴らしい道具があれば、いつ、どんなところでもぐっすり快眠。むしろ二時間は長すぎるぐらいじゃて」
「素晴らしいだなんて照れますねぇ」
「なんじゃ、どうして術師のお嬢ちゃんが照れとるんじゃ?」
まさか気付いてないの、とシャンテが怪訝そうな表情を浮かべる。
「それ作ったのニーナよ」
「えっ?」
「だから、目の前にいる小さな錬金術士こそが、その道具の生みの親なの」
これだけはっきりと言われてもアレクはまだ信じ切れていないようで、唖然とした様子でアイマスクとニーナの顔を交互に見る。
「ほ、本当のことかいな?」
「はい。信じてもらえないかもですけど、私が発明しました。冒険のお役に立てているならとても嬉しいです!」
「いやあ、これはたまげた。まさかこの道具の製作者が術師のお嬢ちゃんじゃったとは! 誰が作ったものかまで普段は意識しとらんから知らなかったんじゃ。もうお嬢ちゃんは立派な錬金術じゃというのに、昼間は色々と偉そうなこと言ってすまんかったのう」
「いえ、そんなの全然気にしてないですよ。私も最近ようやくまともな発明ができるようになってきたばかりですし、まだまだひよっこだと自分でも思ってます。でも、素晴らしい発明だと言ってもらえたのは素直に嬉しいです。ありがとうございます」
「いやいや、礼を言うのはこちらじゃて。本当にありがとう」
私の作った道具が、知らないところで冒険者の役に立てている。
その事実がたまらなく嬉しくて、ニーナは胸が熱くなるのを確かに感じた。




