よし、ここはニーナに任せた!
世界樹を登り続けていると、本当にたくさんの種類の見慣れない生き物たちとすれ違う。木の上を這うように生きる虫や爬虫類たちも普段はお目にかかれない様な色や形のものばかり。電気を纏って威嚇する<エレクトリカルキャット>や、長い尻尾を器用に使って枝から枝に飛び移る<テールモモンガ>。見上げた空では<オオユグルド>が翼を広げて優雅に飛んでいる。
「うわ、なんか気色の悪い虫が見えた気がするんだけど、幻覚でも見えてるのかしら」
「はっはっはっ。そう言いたくなるのもわかるがのう。残念ながらわしの老いた目にもはっきりと映っておるよ」
シャンテがげんなりするのも無理はない。
ニーナたちが進もうとしていた木の枝を塞ぐように、一匹の馬鹿でかいムカデが体をくねらせながら現れたのだ。
その体長はニーナとシャンテが縦に並んだよりも長く、とてもまたいで通り抜けることなどできそうにない。しかもシャンテはああいった脚がうじゃうじゃと動いているような節足動物が大の苦手である。兄のために、ここまで小さくてうじゃうじゃしたものはなんとか我慢してきたものの、これはさすがに許容できなかったらしい。
「よし、ここはニーナに任せた」
「ええっ? そんなこと言われても、どうすればいいの」
「簡単な話よ。こっから雷撃を打ってアイツを黒焦げにしてしまいなさい。必要ならフレイムスピアも貸してあげるから」
「いやいや、火事になったら困るからそれはダメだよ」
世界樹に挑むものは、よほどのことがない限り火を扱うことは禁止されている。護身用の武器としての携帯は認めてもらったけれど、気軽に振り回していいものじゃない。
「そういうことじゃな。……ちょいと遠回りになるが、別の道を行こうか」
そうして一行は時に臨機応変を迫られながらも上を目指して進んでいく。
アレクが言うには、この不安定な足場で生活していくために、生き物たちは独自の進化を遂げた。尻尾を長くして枝に巻き付けられるようにしたり、鋭い爪でしっかりと木の表面を掴めるようにしたり、外敵に狙われないように周囲の風景に溶け込む様な姿かたちをしていたり。ここに生えている植物も世界樹に寄生するだけでなく、体内に毒素を生成するなどして簡単には食べられないような工夫をするものもいる。
すべてはこの環境に適応するため。
ここで生きていくために進化しているのである。
「ねえ、もしかしてあそこに見えるのって鳥の巣?」
シャンテの視線の先にあるものをニーナも追いかける。
「あ、ほんとだ」
鳥の巣などと形容されるエルフロードに作られた、正真正銘の鳥の巣。
細い木の枝を編み込むようにして作られたそれは、わざわざシャンテが口に出して確認するほどこれまた大きな鳥の巣で、本当にそんなにも大きな巣である必要があるのかと思わず訊ねたくなるぐらい。そのおわん型の巣の中でニーナが寝ころんでもまだまだ余裕がありそうなほど広いのだ。
「通りでさっきからやたらと鳥の鳴き声が聞こえてきてたんだね。なんだか怒っているような声に聞こえるんだけど」
「ありゃあヒバードの巣じゃな」
「ほう、あれが噂の」
「ロブさん知ってるの?」
「おうよ。あいつの卵を取って食うとめちゃくちゃ旨いらしいぜ」
まーたロブさんってば、そういうことだけ詳しいんだから。
「あ、なんか巣から出てきた。あれはお猿さん?」
慌てた様子で飛び出してきたサルたち。斜め下から見上げるような形で見ているので巣の中の様子はわからないけども、いったいなににそんなに慌てていたのだろう?
「ありゃあ卵を盗もうとして親鳥に追い出されたんじゃろうな」
「それじゃあさっきから聞こえくる鳴き声は威嚇のため?」
「恐らくは、な。ヒバードは集団で子育てをする変わった習性があってのう。大体三組ほどのオスとメスが共同で巣を作って卵を産み、子育ても協力して行うんじゃよ。たぶんじゃが、あの巣を守る親鳥は一匹だけじゃないはずじゃ」
「でもよぉ、親が多いってことは、そのぶん産む卵も多いんだよな?」
「そうじゃなぁ、一つの巣につき、だいたい二十から三十羽ぐらいの雛がおると言われておるから、卵もそれと同数は期待できるかもしれんな。……耳を澄ましても雛たちの声が聞こえん事を思えば、まだ卵の段階じゃろうし」
「よし、ここはニーナに任せた。ちょちょいと行ってきて手に入れてくれよ」
「ええっ、ロブさんまでそんなこと言います?」
──そんな、ちょっとそこまでお使いに行ってきて、みたいな軽い口調で言われても。ついさっきサルたちが追いだされたの、ロブさんも見てましたよね?
「それにしても、なんでこんな外敵が多そうな場所に巣なんか作るんだろう? もっと安全そうなところも探せばありそうなのに」
「それはな、ヒバードの雛たちが皆揃って餌をよく食べるからじゃよ。ここはたしかに外敵も多いが、同時に餌も豊富で都合がいいんじゃ」
そのとき、空からちょうど一羽の親鳥が巣に戻ってきた。
またすぐに巣に隠れて姿が見えなくなってしまったけれど、それでもヒバードを一目見ることができた。黒に近い紺色の翼に、目の周りが赤く、そしてなにより鳥にしてはかなり大きいようだ。やはりこの辺りで採れる餌が豊富で、しかも栄養満点だから、体つきも自然と大きくなるのだろうか。
「さてさて、このまま素通りしてもよいが、卵がどうしても欲しいというのなら取り方を教えようかのう?」
え、盗れちゃうんですか?
この言葉を聞いてロブが目を輝かせたのは言うまでもない。
「でもどうやって取るんです? 卵を取られないように親鳥たちが守ってるんですよね?」
「なに、簡単なこと。下からそーっと近づいてワイヤーを伸ばしてな、巣の裏側に張り付くんじゃ。で、ちょいちょいと枝を抜き取って巣に穴を開けて、そこから腕をねじ込んで卵を引き抜くんじゃよ」
「なるほど。相手もまさか下から引き抜かれるなんて思いもしないですよね。でもなぁ、なんだか悪いことをしているような気がして、あまり気乗りしないんですよねぇ」
「ちなみにヒバードの卵は調合素材としても優秀でな、<コカ鳥の卵>と同じような使い方ができて、なおかつ特性の効果をうまく引き出す力があるんじゃよ」
「やります! 私がんばります!」
調合素材として優秀だと訊いてしまったなら話は別。ヒバード達には申し訳ないけれど、ここは何個か譲ってもらおう。
「なに、これも自然界の掟。あのサルどもは正面から行って失敗しとったがのう、賢いサルたちは同じように真下からこっそり抜き取るんじゃ。それでもヒバードたちは絶滅しとらん。むしろ均衡が取れておるとも言える。間引くことで保たれる自然がある。じゃからなにも遠慮することは無い」
かなり都合の良い解釈をしている気がしないこともないけれど、ここは敢えて指摘しない。自然界の掟に従って実力行使といきましょう。
みんなが見守るなか、ニーナは静かに巣の真下まで忍び寄ると、巣を支えている木の幹に向けてワイヤーを射出。そしてまずはぐいぐいと引っ張ってみて、幹が折れそうにないことを確認してから体を引き上げる。
「ん、よっと……」
そこからさらに反動を付けることでどうにか足を持ち上げて、片足を巣の隙間に引っ掛けるようにして体を固定する。これがなかなかうまくいかずに苦労したものの、これで巣の裏側に張り付くような姿勢となった。
──まだ、気付かれてないよね?
襲ってこないということは、まだ気付かれていないはず。
いまのうちにと、空いているほうの手で枝を数本抜き取って巣に穴をあける。そうして作った隙間から狙いを定めて、細い腕を伸ばした。
固くてつるりとしたものが指先に触れる。
手探りでそれを掴み取ると、ゆっくりと、慎重に引き抜く。
「……おぉ、やった!」
小さな声で喜びをあらわにしたニーナの手の中には、まだら模様の大きな卵がしっかりと握られていた。




