そのころのシャンテちゃん②
店内は朝早くということもあって、シャンテたちのほかに客の姿はなかった。石造りの壁には剣や槍がずらりと並び、その奥には籠手や部分鎧などがこれまたずらりと。さらに武器屋には珍しく、魔法の杖なども販売されている。ここ<アルケースミス>は錬金術師と鍛冶師が共同で店を切り盛りしているだけあって、品ぞろえも豊富。さすがは錬金術師と冒険者の街、クノッフェンである。先端にフクロウがあしらわれた魔法の杖が売られているのも、世界樹近郊の街ならではといったところか。
「来たか」
店主であり、錬金術を担当するワイズマンがシャンテを見るなり、少し待っててくれ、と店の奥に消えた。そしてすぐさま<フレイムスピア>を手にして戻ってくる。セーターを着た初老の男で、顔には年月を感じさせる深いしわが刻まれている。痩せてはいるが、しかしひ弱な印象はまったく受けない。落ち着いた口調からも、思慮深い性格を思わせる。
「要望通り柄の部分を修復しておいた。不備はないと思うが、目で見て、触れてみて、問題がないか確かめてみてくれ」
愛用品である<フレイムスピア>は小柄な体でも扱いやすい、一般のものより短めの槍で、長旅のあいだ数々の困難を共にした一品だ。刃先の波紋が美しく、切れ味も抜群。おまけに魔力に反応して両端に炎を灯すことができる。その分だけ高価ではあったが、それ以上の価値があると、これまでお金に困ったときも手放すことを考えたことは一度もなかった。
シャンテとロブがこれまで長旅を続けていたのは、幼くして両親を病で亡くしたから。しかしながら金銭面で困ることはほとんどなかった。怠惰な兄の面倒を見ることに苦労することはあっても、大魔法使いである兄宛にひっきりなしに依頼が舞い込んできたこともあって、稼ぐ手段に事欠かなかった。食べるものも、衣服も、望めばいくらでも手に入った。二人とも贅沢は好まない性格だったが、仕事が上手くいった日はちょっといいお店で食事をしたりもした。
しかしロブが呪いを受けたあの日より、生活は一変した。いままでのように兄に頼れない以上、どうしてもお金を節約する必要があった。ただもともと必要以上のお金は受け取らず、困窮する人々に分け与えるような生活を送っていたこともあって、すぐに旅の資金は底をついた。
新たな依頼を受けようにも、シャンテ一人では実力不足。シャンテはこの一年、嫌というほど自分の無力さを味わってきた。これまで大人を相手にしても引けを取らなかったのは、ひとえに兄のおかげだったのだと思い知った。
傭兵業では日々の生活費を賄えない。かといって呪いを解くことを諦めるわけにもいかない。旅の費用を工面するためにも、シャンテはこれまでお金に換えられそうなものはすべて泣く泣く手放してきた。お気に入りだった洋服も、報酬代わりに貰った魔法の指輪も、亡き母の形見であるペンダントも。
そんななかでも<フレイムスピア>だけは手放さなかったのは、稼ぐ手段を放棄するわけにはいかなかったから。旅を続けながらお金を稼ぐには、武器がなくては始まらない。ゆくゆくは世界樹を攻略するためにも、気高き紅蓮の槍には今後も活躍してもらわなくては困るのだ。
「ありがとう。それじゃあ遠慮なく試させてもらうわ」
シャンテは槍を受け取ると、まずは穂先に炎を灯してみた。それから穂先の反対側、石突と呼ばれる部分にも点火して問題ないことを確かめると、店主から離れ、店の中央で弧を描くように槍を振るってみる。突き。薙ぎ払い。頭上で回転させてからの横一文字。手に吸い付くような槍の感触に、これにはシャンテも笑みをこぼす。
「うん、文句なしよ。錬金術で修理したとは思えないぐらい違和感ないわ」
ここ<アルケースミス>では武器を修復する際、一度錬金釜に投入してドロドロになるまで溶かす。そして繋ぎとなる素材を投入したのち、<神秘のしずく>を使用して完全なる形に戻すのだと、修理の依頼をしたときに説明を受けた。溶かすと耳にしたときは疑ったものだが、こうして槍を振るってみて、以前となんら使い心地が変わらないことに安心した。
「それはよかった。しかし、その歳でこれだけ槍を扱えるとは見事なものだな」
ワイズマンが感心すると、なぜかロブの方が、うちの妹は凄いだろとばかりにニヤついた。けれどシャンテは言葉通りに受け取れない。この一年で自分の力がそれほどでもないことを知っていたからだ。
「そう言ってくれるのは嬉しいけれど、でもクノッフェンじゃ珍しくもなんともないんじゃない?」
「そんなことはない。狩猟には必ずしも剣術や槍術が必要というわけではないからな。もちろん鍛錬するに越したことはないが」
「そうなの?」
「野生の獣と正面切って戦う場面は、実はそう多くない。それよりも弓を始めとした狙撃の上手さであったり、罠の扱いであったり、獣の習性を読む知恵であったり、この地ではそうした<逃げる獲物を効率よく仕留めるための技能>の方がなにかと役に立つ。この店にも狩猟を目的とした武具や道具は取り揃えているが、どうだ、試してみるか?」
「ああ……うん、興味はあるけどいまはいいや。そんなにお金に余裕ないし」
なんだ、わけありか、とワイズマンが訊ねる。
「そうなの。アタシの同居人の錬金術師が生活費に手をかけるぐらいの高額な素材を購入しちゃって。しかも初挑戦のレシピだから、たぶんだけど失敗するだろうなって思ってるの。ワイズマンさんも錬金術師だけど、初めて挑戦するレシピって一度で成功することもあるの?」
「難しい質問だな。いかに初挑戦といえど、それまで蓄積された経験があれば成功することもある。お前さんの槍を直すのだって、別にレシピがあるわけではないが、素材と性質を見極めたうえで調合に取り掛かれば、客を納得させられる品物を作り上げることもできる。反対に、素材を扱う経験が足りなければ失敗するだろうな。いかに名の知れた錬金術師だろうと、得意分野でない調合は上手くいかないものだ」
「そうなるとやっぱりニーナの挑戦は失敗に終わりそうね」
ニーナは<メーデスの人喰い馬の革>を手にするのは今回が初めてだと言っていた。これまで見せてもらった発明品を思い返してみても、なにか一つの分野を極めているようには思えない。むしろ分野に囚われず、自由に発明に取り組むタイプなのだろう。
──わかってはいたけれど、成功する望みはかなり薄そう。こうなったらアタシが稼ぐしかないか。
ニーナもロブも頼れないのなら、自分が何とかするしかない。シャンテはため息をついた。
「よほど金銭に困っているようだな」
「ええ、まあ。なにか手っ取り早く稼げる方法を知ってたら教えて欲しいぐらいよ」
「そんなものがあったなら皆苦労せぬよ……と言いたいところだが、冒険者なら冒険者らしく、珍しい素材を手に入れさえすれば良いのではないか。数年前は<マボロシキノコ>が見つかったとかで、街の冒険者どもが活気づいておったよ。いまはさっぱりその話題も訊かなくなったがな」
そっか、とシャンテは肩を落とす。<マボロシキノコ>はロブの呪いを解く解呪薬の材料として書物に記されていた。生活費とは別として、なんとしてでも手に入れたい素材なのだが、いまはマヒュルテの森には存在しないのだろうか。
そんな事情を知るはずもないワイズマンが、そう気落ちするな、と慰めてくれる。
「<マボロシキノコ>ほどではないだろうが、他にも高値で買い取ってもらえる素材ならあるだろう。ギルドの受付に行けば、望む情報も手に入れられよう。……いや待て、お前さんたちならもっと効率よく稼ぐこともできるやもしれんな」
「アタシたちなら?」
シャンテは期待を込めてワイズマンを見る。
「そうだ。他のものなら無理でも、ブタを使い魔とするお前さんたちなら可能かもしれない、とっておきの方法で行う素材集めだ。詳しいことは知り合いの料理人に確認する必要があるが、どうだ、話だけでも訊いてみるか?」




