エルフロードを渡って
ほどなくして、ニーナは世界樹の下層部に当たる地表に出た根の部分を超えて、今度は複数のマナの木が絡み合い、巻き付き合いながら上へ上へと伸びる場所まで辿り着く。
通称<エルフロード>。
ここまでの道のりを体全身を使ってよじ登るクライミングコースだとしたら、ここからは螺旋状を形成しながらも無数に枝分かれする、なだらかなスロープだ。決して楽な道のりではないのだろうけれど、それでもちょっと一息付けそうだ。
「よし、そんんじゃまあいまからエルフロードを渡っていくことになるが、世界樹に沿って、常に大樹に身を預けられたこれまでと違って、こっからは危ない丸田渡りが始まる。足を滑らせれば地上まで真っ逆さま、なんてことにもなるからのう。常にワイヤーを出せるよう心の準備をしておくんじゃ。いいな?」
「ええ、わかった」
頷くシャンテは、世界樹と表皮と、そこから伸びるマナの木の根元へと視線を移す。
「それにしても本当に世界樹から木が生えているのね。なんだか不思議な光景だわ」
「寄生植物という奴じゃな。宿主から栄養を吸い取って成長していくんじゃ。エルフロードを構成する木々は普段みんなが目にするマナの木とは違って突然変異種らしくての、世界樹そのものに根を張っておる。ここでしか見られない光景じゃから珍しくて当然じゃ」
「こんなに寄ってたかって栄養を吸われているのに枯れないなんて、さすが世界樹といったところなのかしら」
「そうじゃなあ。ほれ、あっちの木の根元に赤いキノコが見えるじゃろ? あれも世界樹に寄生しておるんじゃよ。それからその近くで小さな紫色の花を咲かせておるのも寄生植物じゃ。いわばここは母なる大地そのもの。この樹に芽吹き、根を生やし、花をつけ、果実を実らせ、そして種をまく。一方でその果実を求めて鳥や小動物が世界樹に寄ってくる。はたまた地上に住まう天敵から身を守るために、あえて世界樹での暮らしを選んだ生き物もおる。世界樹は多種多様な生き物の暮らしを育み、守り、そうして地上では決して見られない様な独自の生態系を築いていったんじゃ」
アレクの語る言葉に、うんうん、とニーナは静かに耳を傾ける。
宿主に寄生する動植物自体は決して珍しい存在ではないけれど、ここまで一堂に会する光景は、きっとここでしか見られないのだろう。
「あー、俺も誰かに寄生してー」
「もうじゅうぶんシャンテちゃんに寄生してるじゃないですか」
「……ニーナってたまに毒を吐くよな」
「ロブさんにだけですよ」
「やっぱ付き合っちゃう?」
「どうしてそうなるんですか」
そろそろいくぞ、と言ってエルフロードに足をかけるアレクに続き、ニーナたちもマナの木の幹の上を歩き始める。
当然ながら道幅は狭く、しかも一定ではない。足場は不確か。しかも街のシンボルにもなっている時計台よりも既に高いところまで来ている。こんな高い場所を支えも無しに渡っていかなくてはいけないのに、もしここで強い風が吹きつけてきたらと思うと、さすがに怖い気持ちが込み上げてくる。
「焦ることは無いぞ。慎重に、両手を広げてバランスを取るんじゃ」
ニーナは足を滑らせないように神経をとがらせながら足を進める。日ごろからフラウの箒に乗せてもらっていたから高いところには慣れていると思っていた。けれどそんなことなかった。安心感が全然違うのだ。この恐怖に負けて登頂を諦めた冒険者も多いと訊くが、その気持ちもいまならよくわかる。
──もしここで雨なんて降りだしたらと考えるとゾッとするね……
ただでさえちょっとしたことで足を踏み外しそうなのに、ここで雨なんて降られたらたまらない。濡れて滑りやすくなった表皮に足を取られて地上まで真っ逆さま、なんてこと考えたくなかった。
ただひたすら、慎重に。
複雑に絡み合うマナの木を行ったり来たり。
それは遠くから見れば太い支柱に巻き付く蔓のようであり、編みこまれた鳥の巣のようでもある。そんな場所をニーナたちは時間をかけて懸命に登り続ける。




