ロブさんから見た絶景
「ん……よいしょ」
太くて立派な木の根をよじ登るようにして、頂への一歩を踏み出す。足場となる根は岩のように固く、しっかりとした感触が足の裏に返ってくる。
「お嬢ちゃんたち、大丈夫か?」
「はーい!」
「よし、そんじゃあ元気なうちにどんどん進もうか」
先頭を歩くアレクをまねて、ニーナたちも後ろに続く。アレクが足を置いた場所を記憶して、同じようにそこを踏みしめて登る。よく見れば木の根は所々くぼんだり、表皮が剥げたようになっている。きっとこれまでたくさんの人々が自分たちと同じように、この道を通って頂上を目指してきたのだろう。
──それにしても思ってたよりデコボコしてて登りにくいや。
天然の道は、人の手が作り出した階段と違って段差の高さがまちまち。時には体全身を使ってよじ登る必要がある。特に小柄なニーナは早くも息を切らし始めていた。できれば後々のことも考えて魔力は温存したいところだけれど、体力が尽きる前に、必要に応じてワイヤーも使っていくべきだろうか?
「さすが冒険者のお嬢ちゃんは足取り軽やかじゃのう」
「まあね。アタシが履いているブーツは、ニーナが作ってくれた特別製だから」
「ほう、あのポーションといい、出発前に吹きかけたスプレーといい、実に様々な物を発明してるんじゃな」
「<テクテクスプレー7777>ね。上り坂を登るとき、地の精霊が少しだけ足の運びを助けてくれるの」
「なるほどなぁ。いやしかし、その割には術師のお嬢ちゃんはお前さんと違って苦労しとるようじゃが」
「スプレーの効果は出てると思うんだけど、やっぱり履物の差かしら。このブーツはじゃじゃ馬みたいなやつでね、扱うには繊細な魔力のコントロールが必須なの。間違うと勝手な方向にぴょーんって跳んでいっちゃうことになるから、だから製作者本人も扱えないのよ」
「それはまた難儀じゃなぁ」
う、いま、笑われた気がする。
ニーナは二人の視線を肌で感じながらよじ登る。
うん、やっぱりここは早めにワイヤーを解禁していこう。もう少し上まで登れば<エルフロード>と呼ばれる、世界樹に絡みつくマナの木の幹の上を歩くことになる。そこは根っこの部分よりも歩きやすいみたいなので、ひとまずはこの難所を乗り越えるためにもワイヤーの力を借りることにしよう。
いま、ニーナたちは前からアレク、シャンテ、ロブ、ニーナの順番で登っている。ガイド役のアレクが先頭なのは当然として、いつもと違ってニーナが一番後ろなのには理由があった。
というのも、今回の世界樹攻略は三日かけての長丁場となる。魔力欠乏症のシャンテにとっては厳しい道のりだ。いくらワイヤーよりも<ハネウマブーツ>のほうが魔力消費量が少ないとはいえ、ニーナより先に限界が来るかもしれない。貧血の症状みたく、急にふらっときて落ちてしまっては大変なので、今回はシャンテがニーナの前を行く並びにしようと事前に決めていたのである。
ちなみにロブも同じような理由でニーナの前を歩いている。世界樹上空の強風にあおられて吹き飛んで行ってしまっては困るから、という理由だ。もし風にさらわれてしまっても、気付きさえすればすぐにワイヤーを伸ばして救助できる。だから前を歩いてもらっているのだ。
「いやー、それにしても良い眺めなんだぜ」
すぐ目の前でロブがしみじみと言う。
小さな体ながら意外にも跳躍力のあるロブは、ここまですいすいと登っている。いつもは真っ先に「疲れた」と泣きごとを言っているのに。
「そうですか?」
ニーナはあたりを見渡しながら答えを返す。
「まだ登り始めたばっかりで、地上にいたときと見える景色はあまり変わらないように思うんですけど」
周りを囲う木々の背丈すら、まだ追い越していないこともあって、どこを見渡してみても目に付くのは緑の葉っぱと茶色い枝ばかり。そもそも普段から箒に乗せてもらっていることもあって、高いところからの景色は見慣れている。せめて空や遠くの街並みが見えるぐらいまで登らないと、良い眺めという言葉は出てこないように思うのだけれども。
「わかってねーなぁ」
そういうロブはニーナにお尻を向けたまま前を向いている。
その視線の行き着く先は……とまで考えて、ニーナはロブがなにを見ているのかピンときた。
「もしかして、シャンテちゃんのお尻を見つめてるんですか?」
「そういうこと」
ロブは振り返ってにんまりと笑った。
「でも今日はスカートじゃないですよ」
「俺も始めは残念だったぜ。せっかくの世界樹登り。スカートひらひらさせてくれることを期待してたってのに、今日に限ってスカート履いてくれないんだもの。けどな、俺は気付いちまった。ピタッとお尻のラインが見えるパンツスタイルもまた、とっても魅力的だってことをな!」
「はあ。それで初めはシャンテちゃんより前にいたのに、いまはこの位置をキープしてるんですね」
「いやあ、我が妹ながら素晴らしき曲線美。程よく引き締まったお尻なのは、やっぱ鍛えてるからなんだろうな」
そういう楽しみ見つけちゃったかぁ。
などと思っていたら、ロブの後ろで拳を握る少女が一人。
あっ、と思ったときにはもう遅くて。
──どごぉ!!
「前、行きなさい」
「え、いや、でもよぉ」
「行きなさい!」
すごまれて、しぶしぶロブは妹の前を歩くことになった。




