金等級の冒険者①
そのあともニーナたちはいくつかの質問をリムステラにぶつけた。ルチルが催したお遊戯会で襲ってきた三人組の子供たちとはどういう関係なのか。リオンとはどこで知り合ったのか。
これに対しリムステラはあっさりと口を割る。あの子供たちに限らず、味方に引き込んだ方が面白そうだと感じた者たちは、とりあえず勧誘するのだという。それ以上の理由は特にない。相手の目を見て、この世の中を心底恨んでいそうな人間に声をかけていくのだそうだ。
「私ね、たまにスラムに行くの。薄汚れた街で生きる、死んだ目をした者たち。彼らのあいだを颯爽と歩くとね、私が身につける宝石やアクセサリーを襲ってくる者たちが必ずいる。そのなかでもいい眼をしたかわいい子が私のお気に入り。そういう子を見つけて施しを与えるとね、彼らは喜んで私の手先となってくれるのよ。あの子たちも同じ。宝石を奪おうと襲ってきた彼らを逆に捕まえて、服と食事を与えてあげた。そしたら従順なしもべになってくれたの。リオンもまあそんな感じ。彼はスラム出身なんかじゃないけど、私好みの良い目をしていたから声をかけた。それだけよ」
どうやら記憶の封印は一部分だけのようで、それ以外のことは<お喋りリップシール>を使うまでもなくリムステラが自ら進んで喋った。魔女本人としては、誰かを庇うつもりは毛頭ないらしい。しかし核心に迫るような質問については「だから本当に知らないのよ」と苦笑するだけだった。
リムステラとの面会を終えたニーナたちは、案内してくれた騎士と同行する形ですぐにクノッフェンへと戻り、そのまま寄り道もせずに帰宅した。
そのあいだニーナの頭の中には、宣戦布告ともとれるリムステラの言葉がいつまでも耳から離れなかった。
帰宅してからは冷蔵庫の残り物で簡単に昼食を。パンとサラダと、昨日の夕食のあまりのスープと。それだけでは少し物足りないのでベーコンと卵を焼いてお皿に盛る。じゅうぶん豪華なランチが食卓に並んだ。
帰ってきてからも口数が少なかった三人だが、自然と会話は先ほどの面会時のことへと移っていく。
「それにしてもあの魔女、本気で記憶を失くしてるのかしら?」
プチトマトをフォークで突き刺しながらシャンテは疑問を口にする。
それに、そうじゃねーの、とロブがパンをむしゃむしゃと頬張りながら答えた。
「それよか俺は、誰がリムステラの記憶に鍵をかけたのか、そっちの方が気になるんだぜ」
「そもそもですけど、記憶の一部だけを封印するとか、そんなことってできるんですか?」
「ありえなくはないだろ。鍵をかけたってのが比喩では無くて本当に記憶の一部分だけ封印したのか、それともただの暗示か催眠か、それはわかんねーけどよ。でもそれに近い道具を見たことはあるぜ。魔法の巻物に記憶の一部だけを取り出して封印するんだ」
そういえばそんなのあったわね、とシャンテが頷く。二人は過去に、そういった魔法の道具を巡る仕事の依頼を受けたことがあるそうだ。
「そういう道具が世の中にあるのはわかりました。でもだとしたら、誰がいつ、何の目的でリムステラの記憶の一部を封印したんでしょう?」
「ほうほう、ほこなのよ、俺が気になってるのは」
と、ロブが相変わらず口をいっぱいにしながら喋る。
「……まあ目的は想像がつくというか、単純にリムステラから情報を引き出されたら困る誰かさんの仕業なんだろうけどよ。でも俺たちが捕まえたあと、すぐにアデリーナがオルリベスの監獄に魔女を送ったって話じゃねーか。その移送途中か、あるいは監獄送りにされた後に記憶を弄った誰かがいたとすると、敵は案外身内にいたりするのかもな」
「え、じゃあアデリーナさんが魔女の仲間かもしれないってことですか?」
「いやいや、そうとは言ってねーよ。もし彼女が本当にアイツの仲間だとしたら、俺たちに<お喋りリップシール>を使わせるようなこともなかったはずだ」
「そうね。そもそもアデリーナが魔女の仲間なら、お遊戯会の一件で魔女の捕縛に協力してくれた説明がつかなくなるし」
「そういうこと。とはいえ、身内に敵が紛れ込んでいるとなると厄介だぜ。あの海に囲まれた監獄から逃げ出すなんて普通は無理だが、誰かが手引きしてくれるっていうなら話は変わってくる」
「でも今回訊きだした情報をもとに警備も強化されるんですよね?」
「そのはずだけどな……あの自信に満ちた表情を見ていると、なんだか嫌な胸騒ぎがするんだぜ」
せっかくリムステラは捕らえられたというのに、まだ魔女の影におびえなくてはいけないのか。
ニーナはなんだかやるけない気持ちでいっぱいだった。
食事を終えて、少しして。
食器を洗い終わったころに玄関のチャイムが鳴った。ニーナは、はーい、と返事をして、家の扉を開く。するとそこにいたのは、もじゃもじゃのお鬚が目立つ、がっしりとした体格の男性だった。年齢は六十を過ぎたあたり。チェックのシャツに、頭には小さめの帽子がちょこんと乗っている。
きっとこの男性が……
「やあやあ、初めましてじゃの。わしは」
「金等級冒険者のアレクさんですよね? お待ちしてました。さあ、なかへどうぞ!」
ニーナの元気な声に、アレクは柔和な表情をさらに緩める。彼を紹介してくれたギルドの受付が話してくれた通り、温厚そうな人だ。とりあえず先ほどまで食事していたリビングの椅子までアレクを案内する。シャンテもソファから立ち上がり、アイスティーを注いでから彼と向かい合うようにして座った。
アレクを今日ここに呼んだのは他でもない、世界樹攻略に向けての準備のためだ。これまで世界樹の頂上に辿り着いたことのある、数少ない冒険者の一人がアレクであり、それゆえにギルドから金等級と認められている。現在も世界各地で冒険を続けながら、世界樹に挑もうとする者たちのサポートも行っているそうだ。
そういうわけで、ニーナたちは知識も経験も豊富なアレクを冒険者として雇うことに決めた。登頂経験のある冒険者が一緒に登ってくれるのはとても心強い。年齢的にはそろそろ厳しいお年頃のはずだが、実は去年も世界樹に挑戦したらしく、しかも見事に成功させたのだとか。まさに衰え知らずの超人。そんな彼を雇うとあってそれなりの費用は要求されたが、新発明の売れ行きが好調なこともあり、お金には余裕があったニーナたちは迷わなかった。
「それじゃあまずは簡単に互いの自己紹介といこうかの」
アレクはごつごつとした手で白い髭をさすりながら自身のこれまでを語り始める。現在六十二歳となる彼は昔から登山が好きで、いつか世界樹にも挑戦したいと考えていた。そしていまからおよそ二十年前、故郷を出てクノッフェンへとやって来た彼は世界樹の攻略へと挑み、三度目の挑戦にて見事に登頂に成功したそうだ。
「初めて登り切ったときの達成感と、そこから見える絶景はまさに格別じゃった。間違いなく人生で一番の瞬間だったと言えるじゃろう」
そのときに味わった感動がいつまでも忘れられなくて、アレクはいまでも年に一度は世界樹に挑戦している。いつも順調に登り切れるわけでは無く、途中で諦めなくてはいけないときもあったが、それでも体力の続く限り登り続けたいとアレクは言う。
そんなアレクにも家族はいる。故郷に妻と娘と、それから双子の孫娘がいるそうだ。一年の半分以上を冒険に費やす彼も、孫娘たちが可愛くて仕方がないらしく、いつも懐に家族の写真を持ち歩いているのだと言って笑う。
「これがわしの最愛の孫たちじゃ」
ぜひとも見てくれと言わんばかりにテーブルの上に置かれた写真のなかで、二人の可愛らしい女の子がアレクの両肩に座りながら満面の笑みを浮かべている。お揃いの髪型。赤いリボンがよく似合っている。二人に挟まれてアレクも嬉しそうに目を細めている。すっかりおじいちゃんの顔つきだ。
「アレクさんのお隣に立つ赤毛の女性が娘さんですか?」
「そうじゃ。とっても美人じゃろ? ここには写っておらんが妻も若い頃はとっても美人での。娘や孫たちが可愛いのも妻のおかげ。わしに似なくて本当によかった」
「あはは……。お孫さんたちは双子だというお話ですか、いまはおいくつなんですか?」
「この写真は四歳になる頃に撮影したものなんじゃが、めでたいことにもうすぐ六歳の誕生日を迎えるんじゃよ。……ああ、そうそう、そのことで一つお願いがあってな」
お願いってなんだろう?
ニーナは首を傾げる。




