すべては手のひらの上
今回ばかりはもうだめかもしれない。
そう諦めかけていたところでの、まさかの出来事が起きた。冷たい地面の上にぐったりと横たわる二人を前にして、ニーナは琥珀色の瞳をぱちくりとさせる。
「いやー、間に合ってよかったぜ」
そう安堵の声を漏らすのはロブだった。
続いて洞窟の奥からまたも人影が。一瞬身構えたものの、そこにいたのは仮面の三人組。そのうちの一人がフードと仮面を外すと、見知った顔がそこにはあった。
「え、アデリーナさん!?」
驚きの声を上げたニーナに、アデリーナは微笑を浮かべる。
見間違いじゃない。豊かな赤髪に、自信に満ち溢れた笑みを誇る女神のように美しい女性は、間違いなくアデリーナだ。彼女は軽快な足取りでこちらに近寄ると、シャンテを拘束する植物の蔓を華麗な剣裁きで斬り捨てる。
「遅くなってしまったわね」
「あ、はい……いえ、ありがとうございます」
事態が呑み込めないものの、とりあえず助けてもらったことにニーナはお礼を言う。
「くっ……これはいったいどういうことかしら?」
地面にはいつくばっていた魔女はどうにか頭を持ち上げながら言う。
この問いにロブが答える。
「神経毒だぜ。お前たちが俺たちに使おうとした毒針を逆に吹き矢として利用させてもらったんだ。さすがは俺に使う予定の毒だ。魔法もまともに使えなくて困るだろ?」
「この痺れはその影響か……!」
「全てを説明するとなると話が長くなるから省くけどな、要するにこの戦いは、途中から全部俺たちの手のひらの上だってこと。お前は俺たちを嵌めようと色々企んでたみたいだが、全部ルチルを通じて計画は筒抜けだったんだぜ」
そんな馬鹿な、とリオンが声を荒げる。
「嘘じゃねーぜ? お前たちはルチルのことを四六時中監視してたつもりなんだろうけどよ、さすがに夢の中までは見張ってなかったろ?」
「お前はなにを……まさか、あの枕になにか仕掛けが?」
「おー、鋭いねぇ。そういうこと。どういうつもりだったかは知らねーが、ニーナの部屋に錬金釜を用意したことが仇となったな」
にっ、とロブから笑顔を向けられたニーナは、しかし、ちょっと待って下さい、と疑問を口にする。
「あの、まだ私、どうしてここにアデリーナさんたちがいるのかわかってないんですけど」
「アタシも。説明して欲しいものね」
「まーまー、それはあとってことで、まずはこいつらを捕まえて、こっからとっとと脱出を……」
そう言いかけたところでリオンが最後の力を振り絞るようにして立ち上がり、杖を手にしながら距離をとる。ふらふらの体を壁にもたれかけながら、それでも目には力が宿っている。この多勢に無勢の状況でも彼は逆転を狙っていた。
「動くな! そして魔女様に近づくな! 本当に計画の全容を知っているというのなら、僕が杖を手にしていることの意味が、この行為の危険性が理解できるはずだ!」
ニーナはハッとする。
そうだ。リオンが持つ杖はあらゆる呪詛のキーとなっていると訊く。魔法の首輪を通じて、エストレア家の人間をいつでも殺すことができる方法がリオンにはあるのだ。
うろたえるニーナは助けを求めるように視線をめぐらせる。
ところがロブやアデリーナからはまるで焦りを感じない。むしろ、駄々をこねる子供を見るかのような目で、リオンの行動を見守っていた。
「なにをしている? 早く魔女様から離れろ! さもなくば……」
「残念だけど、人質はもう全員解放してるのよ」
「……は?」
リオンは信じられないとばかりにアデリーナのことを見た。
「知っての通り、昨夜、一人の小さな魔女がこの島を出たでしょ? あなたたちは大した脅威にならないと判断してか、あるいはルチルさえ見張っていればよいと考えたのか、彼女の行動に疑問を抱かなかったみたいだけれど、その彼女がエストレア家の危機をオリビア国の騎士たちに伝えたのよ。さらに言えば私たちはオリビア国の騎士たちと連絡を取り合える通信手段を持ってるの。人質を無事に解放したって連絡も受けているわ」
「嘘だ……」
「別に信じたくなければそれでも構わない。ただ、あなたの行動は私たちにとって脅しにはなっていないの」
リオンの体から力が抜ける。カランと音を立てながら杖が落ち、リオンもまたその場に崩れ落ちるように膝をつく。きっとルチルから情報が洩れているなど夢にも思わなかったのだろう。だからリムステラもリオンも、フラウを追って捕まえようとはしなかった。その考えの甘さが、彼らの切り札である人質の解放に至ったのだ。
でもまさか、アデリーナたちが他国の騎士と連携して今回の事件の解決に動いていたなんて。
そこからは騎士たちにお任せだった。アデリーナと一緒にチームを組んでいた他の二人も、もちろんエルトリア王国の騎士。隊長であるアデリーナの指揮のもと、魔力を封じる特別な枷で厳重に拘束したのち、リオンも連れて洞窟の外へ。集まっていた他の参加者たちがなにやら事件があったらしいとざわつくなかで、ニーナは黒い宝珠をルチルに渡す。
「よく、無事に戻って来てくれたね……!」
薄っすらと涙を浮かべるルチルに、はい、とニーナは笑顔で応える。
ルチルの後ろではレオナルドが腰の剣に手をかけながら見守っていた。恐らく決勝戦のあいだ、なにか不測の事態が起きたときのためにずっと彼女の側で神経を張り巡らせていたのだろう。
ほどなくしてお遊戯会の終わりがルチルから宣言される。このあとみんなで一度ホテルまで戻り、荷物をまとめて、そのあと船に乗って帰宅する運びとなっている。来た時と同じように大型客船で<大陸間トランスポートシステム>がある大陸まで送ってもらえるのだ。
しかし、その前にニーナはルチルから大切なものを受け取った。
万雷の拍手のなか、見事に封印洞の試練を乗り越えた優勝チームとして、念願の<マボロシキノコ>が手渡されたのであった。




