封印洞の決戦②
ぴちゃん、と水滴が落ちた
ここは静寂が支配する洞窟の内部。二つの靴音と、壁に掛けられた松明の灯りによって増えたり減ったりする三人分の影。でこぼこした白っぽい土の道はまだずっと奥まで続いている。迷い込んだ小さな虫や爬虫類の姿すらも見えない、寂しい世界だ。
でも、なにかがここに潜んでいる気配だけはずっと漂っている。
嫌だなぁ、とニーナは心のなかで呟いた。
最後の試練を迎える前に、ホテルの自室で話したロブたちとの会話を思い返す。
この魔女の企みは大勢の人を巻き込んでいる。ニーナたちだけでなく、ルチルの家族にも危険が迫っている。けれども、自分たちにできることはわずかしかないとロブは言う。魔女の計画に気付いていないふりをすること。そしてとにかく生き残ること。この二つしかない。
けれど生き延びて時間を稼げば、あとは不思議と上手くいくはずだともロブは言った。
その根拠とするものがなにかはわからないけど、ニーナはその言葉を信じたいと思う。
左手に持つランプに魔力を込める。それに合わせて淡い緑色の炎から光る鳥が羽ばたき、方々へと散っては洞窟の中を照らし出す。暗闇は敵。ここまでは一本道だったけれど、ごつごつとした岩肌に敵が隠れているかもしれないから、灯りを絶やすわけにはいかない。一応暗がりの中でも動ける方法は知っているけれども、いまは闇がとにかく怖い。
ふと、視線を感じた気がして後ろを振り返った。
なに、どうしたの、とシャンテが笑いかけてくれる。
「ううん、なんでもない」
シャンテやロブがなにも感じなかったのなら、きっと気のせいに違いない。
不安なことだらけだけれど、ニーナは二人のことは信じられた。
前を行くロブがとことこと歩く。いつも通りの速さで、いつものようにお尻を左右に振っている。ロブが緊張している姿なんて滅多に見ないが、いまこの瞬間もそんな素振りはまったくない。
「ロブさんって緊張したり焦ったりすることあるんですか?」
つい気になって質問が口をつく。
「あー、あんまないかもなー。俺がこの世で恐れるものがあるとすれば、こぶしを握ったシャンテぐらいなんだぜ」
「でもそれってロブさんが怒らせるようなことをしなければいいんじゃないですか?」
「仰る通りすぎてなんも言えねーです」
わかっていてもなお美人のお尻を追ってしまうのは、それが男性としての本能的なものなのか、それとも怖いもの見たさってやつなのだろうか。あり得ないことだけれど、もしこの瞬間に美人が目の前を横切ったとしたなら、やっぱりロブは鼻の下を伸ばしてしまうのだろう。
「お、ようやく行き止まりみたいだぜ」
ロブの言った通り、ほどなくしてニーナたちは洞窟の最奥へと辿り着く。
そこにあったのは謎の白い壁画と、白い土で作られた無機質な台座。胸元ぐらいの高さの直方体の台座の上には、熱々のブラックコーヒーのように黒い、こぶしぐらいの大きさの宝玉が安置されている。これを無事に持ち帰ることが最後の試験のクリア条件だ。壁に掘られた壁画は意味深で、よくわからない生き物のような姿がいくつか描かれている。言葉がない時代に、なにかを語り継ごうとしたかのようだとニーナは感じた。
一つ、大きく深呼吸をする。
黒い宝玉に触れたらどうなってしまうのか、ニーナは知っている。ルチルがもたらしてくれた情報では、これに触れてしまうとリオンが生み出した人工悪魔が召喚されてしまうらしい。さらにどこかのタイミングであの三人の少年少女が襲ってくることも、リオンや魔女リムステラが現れることも知っている。
魔女に対抗できるのはロブの魔法だけ。そして魔女はロブが魔力切れになったところを狙ってくるのだろう。
だからこそ、いくら悪魔が強くたって、この局面をロブに頼ることなく乗り切る必要があるのだ。
「アタシが触れてみるわ」
準備はいい? と、シャンテが目配せをくれる。ニーナはそれに小さく頷きを返す。
そっと伸ばされる細い指。その先が微かに触れた途端、黒き宝珠は怪しげに光り、かたかたと音を立てながら台座の上で不吉に震え出す。シャンテは危険を感じてさっと身を引き、ニーナも杖を握る手に力を込める。
そんなニーナたちの前で宝珠はふわりと宙に浮いた。かと思えば、真っ黒の影の様なような何かが宝珠より飛び出し、宝珠を覆い、やがて大きな何かを形どっていく。




