かくれんぼと魔法の道具③
「ひっはんほほええんおうあういんほいおうえ」
「横着せずにちゃんと飲み込んでから喋りなさいよ」
「あむあむ……いったんここで現状確認と行こうぜ」
ソースまみれのロブの口をシャンテがハンカチで拭う。
ここは日当たりの良いプールサイド横の、簡易テントが立ち並ぶエリア。かき氷や焼きそば、鳥団子のスープ、甘辛い肉をパンにはさんだものなど、多様な軽食がなんと無料で配られている。そのどれもが美味しそうで、どうして屋台はこんなに人の心を動かすのか不思議で仕方がない。
調理を行うのはルチルに使えるメイドたちだ。女性が多いが、男性もいる。かき氷の受け渡しを行っているのは、先日食堂でオーダーを取ってくれた黒髪のメイドだった。今日も顔の輪郭より大きな黒縁メガネが良く似合っている。
「こちらレモンとイチゴ味になります」
お礼を言って受け取り、レモン味のほうをシャンテへと手渡す。
スプーンですくって一口。シャリシャリとした食感と、口内に広がるシロップの甘味。冷たい氷が喉を通って火照った体を冷ましてくれる。夏はやっぱりこれだよね、とニーナはもう一口頬張った。
「こんなにのんびりしてていいのかしらね」
ブツブツ言いながらも、シャンテもかき氷を口に運んでいる。
「でも私もロブさんに賛成。ルチルさんが手にしている魔法の道具について、もう一度話し合うべきだと思うんだ。そもそも今回のゲームは<かくれんぼ>だと思うより<連想ゲーム>だと考えた方がいいのかも」
「つまりどんな魔法の道具を所持しているか答えを出せない限り、ルチルさんには辿り着けないとニーナは考えるのね?」
「うん、そういうこと。そしてそれはかくれんぼに役立つものであり、ルチルさんの性格を考えることがヒントになるはずなんだ」
「お嬢様の性格ねぇ。とにかく派手なことが好きとか?」
人を驚かせるのは好きそうだよね、とニーナは答える。
「メイドさんたちから見てルチルさんはどんな人ですか?」
「あ、それ、訊いちゃうんだ」
「うん。チームを超えた情報のやり取りは禁止されているけれど、メイドさんたちに質問しちゃダメとは言われてないし」
さすがに居場所を教えてくれることは無いだろうけれど、ちょっとした会話からヒントになりそうなことを訊きだせたら儲けもの。ニーナは期待の眼差しを小柄なメイドへと向けた。
彼女は少々困り顔ながらも、言葉を選びながら語ってくれる。
「えっと、お嬢様はとてもお優しいです。私たちメイドにもよく話しかけてくださいます」
「なるほど、他には?」
「他ですか? えっと……」
話すのがあまり得意では無い彼女に代わって、別のメイドが進み出る。
「好奇心旺盛、とでも言いましょうか、常に何か刺激となるものをお探しです。それでいて太陽のように明るく、誰に対しても分け隔てなく接してくださるので、私たちの方が元気をもらえるのです。昨日は珍しくお疲れのご様子でしたが、今朝はいつもの明るい笑顔で、今日も頑張ろう、と挨拶をくださいました」
「皆さんはルチルさんのことがとてもお好きなんですね」
はい、とメイドは一点の曇りもない笑顔で答えた。
思えば、ここでルチルに仕えるメイドたちもまた、エストレア家が危機的状況にあることを憂いているはず。それでも暗い顔一つせずに笑顔でいられるのは、ルチルがその太陽のごとき明るさでみんなを励まし続けているからではないか。そしてルチルもまたメイドたちに支えてもらえるからこそ、この状況にも耐えることができているのではないか。ニーナはそんな風に考えた。
「で、いまの会話でヒントは得られた?」
「うーん、特に」
ニーナは正直に答える。
「あ、仮面の人たちだ」
呆れ顔のシャンテから視線を転じた先にいたのは、ニーナたちと同じくここまで勝ち進んできた<マスカレードチーム>の三人である。今日もこの暑い日差しのなかマントで全身を覆い、揃いの仮面で表情を隠している。
「まさかとは思うけど、あのなかにルチルさんはいないよね?」
「さすがにそれはないでしょ。あのなかの誰かがお嬢様だとしたら、もう一人はどこにいったのよ?」
「実は初めから三人のうちの一人はルチルさんだったとか」
「それこそあり得ないわ。だって昨日の実食の場にルチルさんも、あの三人も、同じ場所にいたじゃない」
「それもそっか。でもほんと、あの人たちって何者なんだろう」
ここでは大きな声で言えないが、レオナルドは<マスカレードチーム>について何も言っていなかった。ルチルからなにも知らされなかったのか、それともレオナルドが話すのを忘れたのか。あの三人組が魔女の手下ではないのだとしたら、いったいなぜ正体を隠しているのだろう。疑問符ばかりが頭に浮かぶ。
「ロブさんはあの三人のことどう思いますか?」
「俺か? そうだな、少なくともあの三人のなかにルチルがいないってことは確信を持って言えるぜ。なにせスリーサイズが全然違うからな」
「えっと……あのマントを羽織った状態で正確なスリーサイズが見ただけでわかるのですか」
「おうよ。俺ぐらいになると朝飯前なんだぜ」
それはまた良い目をお持ちで。別に羨ましくはないけども。
それからニーナたちは魔法の道具について予想を立てていく。
例えば小人化。小さくなって、どこか狭いところに隠れているのではないか。あるいは素材屋の瓶のなか。ニーナたちも一度は素材屋に立ち寄ってみたが、さすがに瓶の中までは探していない。
他にも天井に張り付いているんじゃないか、という意見が出たり。<ワイヤーバングル>のような道具があれば、そういったことも可能だろう。
「実は動物に化けてる可能性はないかな。呪いとかとは別にして、そういう道具があるの私知ってるよ。<動物なりきりリング>っていうんだけど、ある程度の大きさの動物になら好きに変身できるんだ。まあ変身したあとはまったく動けなくなっちゃうから、<動物のはく製なりきりリング>なんて不名誉なあだ名がついた発明品なんだけどね」
「へえ、そんなのあるんだ。確かに木の枝にとまる鳥に化けたら、もう絶対に見つかりっこないものね。でも動物に変身までしちゃうとなると、それはもう<かくれんぼ>としてどうなの? うまく言えないけど、暗黙のルールすらも超えちゃってる気がする」
「でもルチルさんは始めから魔法の道具を使うって宣言してたし、そういうのもありなんじゃないかなって思うんだ」
まあそれもそうか、と頷きつつも、どこかシャンテは納得がいかない様子。
ひとまずは「ルチルが小人化しているのではないか」という前提のもと、怪しいと睨む素材屋まで行ってみる。
すれ違う他の参加者たちが慌ただしく駆けていく。恐らくまだ誰もルチルを見つけてはいないのだろう。普通のかくれんぼと違うとはいえ、よくこれだけの人数を相手に隠れ続けることができるものだと感心させられる。
それからニーナたちは時間をかけて一つずつ小瓶のなかをチェックしたものの、それでもルチルは見つからない。いったいどこに身を潜めているのやら。それとも全く隠れていなかったりして。その可能性もじゅうぶんにあり得そうだから困りものである。
「あ、ルチルさん! ……じゃないや。また騙されちゃったよ」
ゲームが始まってからというものの、これまで何度もルチルに変装した女性たちとすれ違い、そのたびに、あっ、と勘違いさせられる。緋色の髪を揺らす女性がすべてルチルに見えてしまうのだ。
──あれ、もしかしてそういう可能性もあるのかな?
◆
「あら、ブタさん。みんなとはぐれてしまったのですか?」
「おーよ。歩き疲れたからかき氷をもらおうと思ってなー。メロンソーダ味を一つくれねーか?」
はい、かしこまりました、とブタであるロブにも黒縁メガネのメイドは敬意を払う。短く切り揃えた黒髪を揺らしながら頭を下げ、ガリガリと氷を削って器によそう。その上から鮮やかな緑色のシロップを一回、二回、とまんべんなく全体にかかるように回し入れる。
「えっと、どちらに置きましょうか?」
短い前足では持ち運べないだろうと配慮してくれたのか、ぐるっと回って店先へ。そしてできるだけ目線を合わせるように両ひざを折って話しかけてくれる。なんて優しいのだろう。女性特有のほのかに甘い香りがロブの鼻先をくすぐった。
ガラスの器を包み込む、白くて細い指。
ロブはニヤリと笑って、メイドの右肩に前足を置いた。
「ルチルお嬢様、みーつけた」




