かくれんぼと魔法の道具②
駆けつけたニーナたちが見たのは、膝をつき泣き崩れるレオナルドと、その腕に抱かれるぐったりとした緋色の髪の女性。辺りには赤い血が飛び散っており、彼の付き人は呆然と主の姿を見つめている。
いったい何があったのだろうか。
「……レオナルドさん?」
「ルチルが、ルチルが死んだ。突然目の前に落ちてきたのだ」
え、とニーナは空を見上げた。視界の左半分は青空が、残りの右半分は赤レンガ色の壁が聳えている。たしかに屋根の上から飛び降りたなら、ちょうどこの付近に落ちてきそうではあるけれども。
「まさか自殺?」
「絶対に違う! ルチルがそんなことするものか!」
たしかにルチルの置かれた状況を考えれば、家族を残して自殺するのはおかしい。いくら死んでしまいたいほど辛くても、レオナルドに助けを求めた翌日に自殺するなんて考えにくい。
でもだとしたら、いったい誰が彼女を突き落としたのだろうか。
「ちょっと失礼」
と、そこへシャンテが座り込んだままのレオナルドの背後へと近づき、そしてもう動かないルチルの緋色の髪へと手を伸ばして。
……ぱさり。
──え、カツラ? というか人形?
「は? ……嘘だろう?」
うろたえるレオナルドに、しっかり目を見開いてよく見なさいよ、とシャンテは呆れ顔。
ロブも、飛び散ってる赤いのは血なんかじゃないぜ、と鼻を引くつかせながら言う。
とても精巧な作りをしているものの、これは紛れもなく人形だった。
「おのれ、ルチル……! 僕がいまどんな気持ちで君のことを探しているのか知っているだろうに……!」
わなわなと震える唇。血管が浮き上がるほど固く握られたこぶし。レオナルドは静かに怒りの炎を燃やしている。誰よりもルチルの身を案じているからこそ、本気で彼女の死を悲しんだのだろう。それなのに騙されたのだとわかったいま、怒りを感じながらもぶつけどころがなくてどうしようもない気持ちが手に取るようにわかった。
「えっと……ほら、ルチルさんが騙したとまだ決まったわけじゃないですし、案外リオンさんかもしれませんよ?」
「いいや、僕にはわかる。これは絶対にルチルの仕業だ。僕が真下を通りかかったときにだけ人形を落とすように、誰かに指示をしていたのだろう。クソッ、よくよく考えれば見抜けたはずなのに……!」
とりあえず上の様子を確認してくるわ、と言い残してシャンテはさっと屋上まで駆け上がる。
それからしばらくして、戻ってきたシャンテは首を横に振った。
「レオナルドさんの予想通り、メイドが一人だけいたわ。お尻を振ってるお嬢様の姿も無し」
「も、もうその話はいいから!」
「でもこれで振出しに戻るだなー」
「それがね、屋上からプールのほうを眺めたらルチルさんの姿を見かけたのよ」
マジで!? プールサイドで!?
ロブが途端に鼻息を荒くする。
「うん。あとはカフェのテラス席だったり、日傘をさしながらのんびり歩いていたり、ルチルさんとルチルさんが楽しそうに談笑していたり」
「え、それってどういうこと?」
「そこかしこにいるのよ、ルチルさんが。たぶんメイドたちが変装しているんだと思うけどさ、これまた厄介よねぇ。他の参加者たちも戸惑ってるみたい」
うわぁ、ルチルさんならやりそうだなぁ。
しかもそれがただの変装だとすると、魔法の道具の絞り込みもできない。あと二つ、どんなアイテムを手にしているんだろうか。
「シャンテちゃんは、ルチルさんが偽物のなかに混じって堂々と歩いている可能性ってあると思う?」
「低いとは思うけど、だからといって無視できないわよね」
「そんじゃまあ出会ったルチルに片っ端から声をかけていくしかねーか」
「ナンパする気でしょ?」
「ち、違うんだぜ?」
「肩を叩いて<見つけた>って言うだけよ? わかってる?」
「わかってはいるけどよ、俺の小さな体じゃ肩まで届かねーから、お尻にタッチする感じで」
──どごぉ!
早くも本日二度目のこぶしがロブの頭上に炸裂した。
今日も二人は平常運転。なんとも微笑ましい、なんてことを思ったらロブに怒られるだろうか。
それからひとまずレオナルドと別れて、ルチル捜索を再び開始する。
植木の影や食堂裏のキッチン、バーカウンターの裏側、素材屋の店内、通路の一角に飾られていた鎧の中、さらにはプールにロブを跳び込ませてみたり、道行くルチルたちの顔を覗き込んでみたり。
ホテル内では至る所で隠し通路が見つかっており、秘密の部屋も多数存在するようだ。参加者たちはそうした怪しい場所を見つけては殺到しているが、未だルチルを見た者はいない。ニーナたちも一つだけ、植木をどかした先にある隠し通路を発見したが、ほふく前進してまで進んだ先にルチルはいなかった。
そもそもあからさまに怪しい通路の先に隠れていたりするものなのだろうか。人間、秘密にされればされるほど余計に暴きたくなるものである。隠し通路や小部屋の存在は、そうした心理をうまく利用されているように思えてならないのだ。
そんなこんなで結局はロビーに戻ってくることとなった。
「隠し通路はともかく、あと探索してないところといったら地下にある迷宮ぐらいかしら」
「女子トイレのなかも探してねーな」
「仮にそこを探すとなっても、兄さんは男子トイレ担当でしょ」
「火のなか(厨房)、水のなか(プール)、草のなか(植木の影)、森のなか(ルチルたちの群れ)は探しただろ?」
「うん……ん?」
「となると次は、土のなか、雲のなか、ってか」
「ブツブツとなにわけのわからないこと言ってるのよ」
「でもってここまで来たら、あのコのスカートのなかをさがっすっきゃねーぜ!」
──どごぉ!
なにを想ったのかシャンテの股の下にポジションを取ろうとしたロブに、即座にげんこつが落ちる。今日は新記録が狙えそうなぐらいハイペースだ。
「おぉぅ、そこは<キャ~>とか可愛く言ってくれればよかったんだぜ」
「……しつこいわよ?」
再びこぶしを握ったシャンテに、すんません、調子に乗りました、とロブは頭を下げる。
本当にいったいなにがしたかったんだろう?
だいたい一通り見て回ったと思うが、このまま虱潰しに探してみても手掛かりの一つもつかめそうにない。やはりまずはルチルが手にしているアイテムがなんなのか、見当をつけるところからやり直す必要がありそうだ。
「──あ、もう一時間経っちゃった」
「もうそんな時間なのね」
ここからは賞金を狙って、これまでに敗退したチームもかくれんぼに加わってくる。だからといって決勝に進む権利を奪われることはないのだけれど、それでも少々やりづらく感じるかもしれない。
「なー、いいアイデアもなかなか浮かばねーし、ちょっと屋台の方に行ってみねーか? 俺、焼きそば食いてーよ」
ロブが言う屋台とは、プールサイド付近にずらりと並んだ軽食屋のことである。どういうわけか準決勝が始まる少し前から出店していたようで、参加者たちはそこで自由に食事を取ることができるようになっていた。
なんとも緩い雰囲気が漂う準決勝である。
実際に風に乗って漂っているのは、食欲を掻き立てるソースの香りだったりするのだが。
「まったく、誰のためにニーナが頑張ってくれてると思ってるのよ」
「まあまあ、私も一度考えを整理したいと思ってたし、歩き回るのも疲れたなーって思ってたところだからいいんじゃないかな? 私もかき氷が食べたいよ」
「まあニーナがそう言うなら」
渋々といった様子ながらシャンテも賛同してくれたところで、ニーナたちは屋外にある軽食屋へ向かって歩き始めた。




