希望を託す
遠く離れた相手に大切なものを届けてくれる存在。
心当たりがあるはずなんだけどと考えて、ニーナはついにそれに思い当たる。
「フラウさんに頼みましょう!」
突然立ち上がったニーナを、レオナルドは目を丸くして見上げた。
「そいつは誰だ? 知り合いか?」
「そうです。友達です。でもって彼女は<いつでも、どこでも、ひとっとび>のキャッチフレーズでおなじみの、黒猫印の箒郵便に勤める箒乗りなんです。いまからフラウさんに頼めば、海を越えた先にある街だろうと朝方には辿り着いてくれると思います」
これにはシャンテも、たしかにね、と頷いた。
実際フラウは過去にも、馬車で数日かかるようなニーナの故郷まで、たったの半日で往復して帰ってきてくれたことがある。そういえばあのときも夜だった。ヤギミルクが急遽必要となったニーナの無茶に答えてくれたのだ。
ニーナたちはすぐにフラウが眠る部屋の扉を叩いた。あまり大事にできないため大きな音を立てられなかったが、幸いにもミスティが気付いて部屋の扉を開けてくれた。それから申し訳ないと思いつつもフラウに起きてもらい、寝ぼけ眼の彼女に事情を話すと、すぐに頭を切り替えて身支度を始めてくれる。
彼女の準備を待つあいだ、レオナルドは直筆の手紙をしたためた。
「初めて訪れる場所だと思うが、わかるか?」
「大丈夫ですよ。箒郵便の職員が被るこの三角帽子があれば、異国の地だろうと迷う心配はありませんから」
「心強いな。それではこんな真夜中に申し訳ないが、手紙の件、よろしく頼む」
「はい、特別報酬期待してますねー」
窓から飛び立つ小さな魔女を見送ったあと、ニーナたちはルチルがもたらしてくれた情報を確かめるため、それぞれの腕時計を分解してみた。すると彼女の言葉通り、ニーナたちの腕時計にだけ毒が塗られた針が仕込まれているのが確認できた。これを知らずに身につけていたのかと思うとゾッとする。魔女の気まぐれ次第で計画の実行は早まっていたら、もう殺されていた可能性だってあった。
しかるべき対処を施して、それから少しのあいだ情報を共有し合うためにみんなで話し合った。フラウが島から抜けることとなってしまったが、そこは急用ができたということで誤魔化そうと思う。箒郵便の彼女なら外部との連絡手段があってもおかしくはないし、魔女だから気まぐれ。それに既に三回戦で敗退しているということもある。それでも言い訳が苦しい気もするが、ニーナたちが計画に気付いているとはさすがに相手も思わないはずだ。
ともかく、明日の決勝までなにも知らないふりをするしかない。
「それはそうと、準決勝って何するんでしょうね?」
「むっ、そういえば訊き忘れていたな」
「ルチルさんが話題に出さなかったってことは、そこで襲われる心配はないってことでいいのかな?」
それは決めつけない方がいいんじゃない、とシャンテはニーナの甘い考えを否定する。
「あのちびっこ三人組がリムステラの手下だってことはわかったけど、どうも完全服従しているようには思えないのよね。好きな時に殺してもいいとか、そんな曖昧な命令を受けてるかもしれないし、何よりあっけなく三回戦で敗退したことも気になる。そのほうが自由に動きやすいから、あえて勝ち進まなかったのかもしれないわ」
「それもそっか。……ねえ、もしも明日私たちが決勝に進出できなかったらどうなるのかな?」
「さあ? これまでは敗者復活戦で誤魔化すつもりだったみたいだけど」
「それに関してはルチルが話していたな。なんでも洞窟の奥に秘宝を隠すためだと言って、君たちに準備を手伝わせるつもりだったようだ。丈の短いスカートを履いて、な」
「うわぁ……明らかに不自然なお願い事だけど、エロブタは断らないでしょうね。さすがは魔女。兄さんのことをよく理解してるわ」
ルチルのお尻を追いかける上機嫌なロブの姿がありありと目に浮かぶ。
「ま、まあ、とにかく明日は勝っても負けてもいいってことなんだよね。変に気負わなくていいのは気が楽だな」
「でもどうせなら自力で決勝まで進みたいわね。どうも三回戦は甘い評価をもらっていたみたいだしさ」
「いや、ルチルは君の料理を文句なく美味しかったと褒めていたから、審査結果に手心を加えたということはないだろう」
そうなんだ、とシャンテは小声でつぶやく。心なしか顔が赤い。
よかったね、シャンテちゃん。ニーナが微笑むと、ふいっ、とシャンテは目を背けた。珍しく照れる仕草がまた可愛らしくて、胸がときめいた。
それではまた後でと言葉を交わし、自室に戻ってベッドに横になる。
布団にくるまりながら、ニーナはレオナルドから訊いた話を頭の中でぐるぐると反芻していた。用意周到に計画された魔女の企み。自分たちはロブの切り札を温存したまま切り抜けることができるんだろうか。早くも小さくいびきをかくロブの寝息に耳を傾けながら、ニーナは不安な夜を過ごした。




