ナイショの話
「──その名も<夢枕ペアセット>です!」
「それはいったいどんな商品なのだ?」
「えっとですね、これは名前の通り二つで一つの枕なんですけれど、一つを自分に、もう一つをお話ししたい相手に渡してから同じ時間に眠ると、なんと夢のなかで会うことができる枕なんです。もともとは遠く離れた場所で暮らす家族と話ができるようになればいいなと思ってレシピを考え始めたんですけど、これがもし完成すれば、誰かに会話を訊かれる心配もなく、思う存分に話し合うことができます」
「たしかに、どれだけ厳重に監視されていたとしても、夢のなかなら相手も介入することはできまい」
「この道具は、まずルチルさんに枕を渡したうえで使ってもらう必要があるのですが、幼馴染であるレオナルドさんであれば、特に疑われることなくプレゼントすることができると思うんです」
「ああ、たしかに僕なら可能だろう」
「ですよね。だから問題は本当に私が<夢枕ペアセット>を完成させることができるのか、なんですけど、頑張ってなんとかしてみせます」
「時間はかかりそうか?」
「それも実際に調合してみないことには。ですが、今日の夜を迎えるまでに製作できるよう全力を尽くします」
「わかった。費用はすべて僕が負担するから、何卒よろしく頼む」
うまく期待に応えられるかどうかなんてわからない。そもそもまだアイデアの段階で、レシピだって組上がっていない。さらにそこからなんとか調合に漕ぎつけて、それを成功させたとしても、期待するような効果が得られる保証はどこにもない。
それでも一人の錬金術師として誰かの役に立ちたいとニーナは強く願う。目の前に困っている人がいて、それを解決できる可能性があるのなら、挑戦しない理由はないのである。
「それじゃあひとまず私たちはこれで。部屋に戻ってさっそくレシピの組み立てから始めようと思います」
「そうしてもらえるとありがたい。一刻も早くルチルの力になってやりたいのだ」
「私も同じ気持ちです。でもエストレア家のお嬢様を狙おうだなんて敵も大胆ですよね。いったい誰が裏で糸を引いているのでしょう?」
「わからん。が、誰がルチルを見張っているのかはおおよそ見当がついている」
え、そうなんですか、とニーナは思わず声を上げた。
「ああ、ここで働いている人物の多くはエストレア家に仕えている者たちであり、僕の知っている者たちばかりだが、あのリオンという男だけは面識がない。恐らく奴がルチルの行動を常に見張っているのだろう」
あり得そうな話ね、とこれにシャンテが同意すると、それじゃああれか、とロブも続く。
「<レディパンサーチーム>に訊ねられたリオンがルチルの好みを<把握してない>と答えたのは、ほんとになにも知らなかったってことか?」
「そういうことだろうな」
「はー、なるほどなー」
「アタシからも一つ質問。ルチルさんにとって<タンポポの葉のクリームスープ>ってどういう意味を持つ料理なの?」
「あれは元々は僕が考案したものでは無くて、彼女が病気にかかった僕のために作ってくれた料理なんだ。それももうずっと昔の話だがな。もしも彼女の方が体調を悪くしたときにお返しに作ってやろうと、彼女の母から作り方を秘かに教わっていたのが、まさかこんな時に役に立つとは、わからないものだな」
でもそのおかげでルチルは心を揺さぶられ、それがレオナルドに対するハンドサインへと繋がったのではないだろうか。もしも初めからレオナルドのことを信頼していたのであれば、もっと早くに<助けて>のサインを出すことだってできたはず。でもそうしなかったのは、あのお皿に盛られたスープを口にしたことで、心境の変化があったからではないかとニーナは思った。
その後、レオナルドの部屋を出たニーナたちはすぐに調合の準備に取り掛かる。シャンテが錬金釜に<マナ溶液>を満たして温まるのを待つあいだ、ニーナは思いつくままにレシピを紙に書きだし、必要な素材を机の上に並べる。もうすでに家に帰ったら作ってみようと考えていたこともあり、素材はすべて手元に揃っている。
風のマナを豊富に含む<夢見鳥の羽><紋章アゲハの鱗粉>と、土のマナを多く含む<惹かれあう運命の青い糸><N極砂鉄><S極砂鉄>。これらの素材を駆使してニーナは新発明に取り掛かる。




