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ひよっこ錬金術師はくじけないっ! ~ニーナのドタバタ奮闘記~  作者: ニシノヤショーゴ
13章 マボロシキノコ争奪戦
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秘密のサイン

「私に、お仕事の依頼ですか?」


「そうだ。準決勝を争うライバルに頼み事なんてと思うかもしれないが、そういう互いの立場は抜きにして、一個人として、錬金術師に依頼したいことがある。話だけでも訊いてもらいたいのだが、ここでは内容を話しづらいので、いったん僕の部屋まで来てもらえないか?」


「それってアタシたちもついて行っていいの?」


 シャンテが会話に口を挟む。


「もちろん構わないが多言無用でお願いしたい。で、どうだ? もしも警戒するようなら僕が君たちの部屋へ行ってもいいが」


 再び訊ねられたニーナは、わかりました、ひとまずお話だけでも訊かせてもらいます、と一呼吸置いてから答えた。裏があるかもと考えたが、ルチルとの一連のやり取りを見ている限りでは良くも悪くも単純で、回りくどいことを企む人間だとは思えない。それにシャンテとロブが一緒なら安心できるし、なにより錬金術師として頼られることが嬉しかった。


 そうして案内されたレオナルドの部屋は、ニーナたちと同じ階に位置していた。室内のつくりはほぼ一緒。テーブルやソファが置かれたリビングの隣に、一人用のベッドが三つ並んだ寝室がある。


 ニーナはレオナルドと向かい合うような形でテーブルの前に座り、その隣にシャンテが座る。

 そこへメイドが紅茶の入った白磁のティーカップを持ってきてくれた。


「さて、まず何から話し始めようか」


 小さくため息をついたレオナルドは難しい顔をして腕を組む。先ほど通路でニーナを待っていたときもそうだった。これから始まる話題は決して楽しいものではないのだろう。


「僕とルチルが幼馴染であるということは知ってくれているか?」


「はい、レオナルドさん自身が大きな声でそう仰っていたので」


 そうか、と言ってレオナルドはまた考え込む。

 頭の中を整理しながら慎重に言葉を選んでいるようだ。しばらく悩んだあと、やはりまずはこの話からか、という呟きが聞こえてきた。


「単刀直入に言う。先ほど食堂でルチルが<助けて>というサインを送ってきた」


「え、いつの話ですか?」


「だから先ほど、三回戦の真っただ中でだ。……もうずいぶんと前になるが、僕とルチルとの間だけで通じる秘密の暗号を作ったことがあってな。とある小説に登場した<ハンドサイン>というものを自分たちもやりたいと彼女が言い出したのがきっかけで、二人だけに通じる秘密のサインを編み出したことがある。手の形や指の本数などを変えることで言語と対応させ、声を出すことなく相手に意思を伝えることができるのだ」


 例えばこうやって、とレオナルドは<助けて>のサインを実演する。本当にやり方は簡単で、片手一本で言葉を伝えることができてしまう。

 たしかに思い返してみれば、ルチルは<レディパンサーチーム>を説得する際に身振り手振りが多かった。あれは丁寧な対応をしたわけでも、順序だてて説明するためでもなく、レオナルドに向けた救難信号だったのだ。


「とまあ、こんな具合だ。もちろん工夫もせずにサインを送り合ったなら、周りから怪しい奴だと思われるだろう。だからごく自然に、彼女は参加者たちに語り掛けるふりをして、さりげなく手をひらひらとさせることで僕にメッセージを送っていたのだ。<助けて>と<見張られている>という二つのメッセージをな」


「……見張られている?」


「そうだ。だからルチルは慎重に行動する必要があった。ハンドサインも怪しまれないように苦慮したのだろう。最低限のメッセージしか受け取ることができなかった」


「待って下さい。それってつまり、誰かがルチルさんを脅してるってことですか?」


「そうだ。確証はないが、そう考えるのが自然だろう」


「それじゃあ今回のお遊戯会って……」


「なにか裏があるんだろうな。思えば初めからなにもかもがおかしかったのだ。たしかにルチルは資産家の娘であるし、人を楽しませることが好きだが、かといってこのような贅の限りを尽くしたパーティーなんて彼女の趣味じゃない。これまでエストレア家は夢を追う若者に対して多額の資金援助を行ってきた。父の姿を間近で見続けてきたルチルが、貴族でありながらお金の大切さを知るはずの彼女が、無人島を買い上げ、別荘のようなホテルを建設してまでパーティーを開くはずがない。それにもしこれがルチルの願いだったとしても、彼女の父がこんな愚かな行為を止めないはずがないのだ」


 そこまで言って、レオナルドは何かに気付いたのか、はっとした表情を浮かべる。


「そうだ、彼女の父は絶対にこんな愚かな行為を見過ごすはずがない。それなのにどうして? なにか特別な事情でもあるのか? そう、例えば彼女の父も誰かに見張られているのだとしたら、あるいは彼自身が人質になってどこかに幽閉されているのだとしたら……いやいや、すべてはまだ僕の憶測でしかないが、だとしても、そうでなければこの事態の説明がつかない」


「あの、レオナルドさん?」


「ちょっとだけ黙っていてくれ。……例えばルチルの父が人質に取られているのだとしたら、この理解しがたい行動にも説明がつく。そうか、だから<見張られている>と僕にハンドサインを送ったのか。騎士に助けを求めることすらもできないほどルチルは追い詰めらえていたのか……」


 お願いだ、とレオナルドが両膝に手をついて頭を下げる。


「ルチルから詳しい事情を訊くためにも、監視の目が届かない場所でゆっくりと話す時間を設けたい。しかしそのための時間を作り出すのは、恐らく容易ではないだろう。そこで錬金術師である君の力を借りたい。誰にも邪魔をされることなく会話できるような、そんな魔法のアイテムはないだろうか? もしもうってつけの発明品があるのであれば頼む、金ならいくらでも払うから譲って欲しい」


「えっと、ごめんなさい。私がこれまで発明した商品のなかにお役に立てそうなものはありません」


「そうか……いや、無理を言った。このことは忘れて──」


「ですが」


 諦めかけたレオナルドの言葉をニーナは強く遮る。


「ここにないのであれば新しく作ってしまえばいい、と私は思うのです」


「できるのか!?」


「それはやってみないとわかりません。ただ、実はちょうど試案中のレシピのなかに状況を打開できそうな品物が一つあるんです。私がこれまでに発明した<絶対快眠アイマスク>と組み合わせることで絶大な効果を発揮する予定の新商品なんですけど──」

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