勝負の一皿③
もう一度食堂内を見渡すと……いた!
部屋の隅に、先ほどまではいなかった三人の筋肉質の男たちが仁王立ちしていた。やはり上半身裸で、どういうわけかしっとりと汗を掻いている。まさかとは思うけれど、調理を終えたあとに激しい運動でもしてきたのだろうか。いや、それにしたって調理の過程をまったく見ないのはおかしいように思うのだけれど。
ニーナは再び視線をルチルのほうへと戻す。
いったいこれからどんな料理が登場するのか。固唾をのんで見守る。
「これは……!」
銀のふたを外すと現れたのは、まさかのアイスクリーム。バニラアイスの上に赤紫色のベリーソースのようなものがかけられているのである。予想もしなかった可愛らしい料理を目にして、ニーナはぽかんと口を開けたまま固まった。
──え、筋肉はどこに使われたの? イチゴを全力で握りつぶしたとか?
もちろん料理と筋肉はまったく関係がない。そんなことはニーナもわかっているのだが、どうしても目の前の一品と男たちの外見が結びつかないのである。もっと肉肉しい、豪快な料理が登場するものだとばかり思っていた。
「ほほう、これがリオン君が言ってた錬金釜で作ったという料理だね」
──え、錬金釜で?
驚きつつも、そういうことか、とニーナはここでようやく納得する。
キッチンを使えなかったのではなくて、必要としなかった。料理できずに消えてしまうはずだった一組に遠慮したのか、それとも初めから錬金釜で作るつもりだったのかまではわからないけれど、とにかく彼らは自室にあるのであろう錬金釜を使って料理した。だから調理する工程を目にすることがなかったのだ。
でもまさか、彼らがあの見た目で錬金術師だったなんて。
一回戦で口にしていたポーションも自作のものだったりするんだろうか。
「一応なにを素材としたのか本人たちの口から訊いてみようかな」
ルチルは興味深そうにアイスクリームを眺めながら、部屋の隅に立つ男たちに訊ねる。
「メイン素材は島で採れた<リーベの実>をソースとして使用しました。アイスクリームは牛乳に砂糖や卵、バニラエッセンスを加えて錬金釜で。この作り方だと調理時間を大幅に短縮できるだけでなく、より甘く、それでいて栄養価も高いアイスクリームとなるのです」
「材料自体は特別なものを使ってるわけじゃないんだね。ただ<リーベの実>だけは訊いたことないんだよね。よかったらもう少し詳しく教えてくれるかい?」
「よくぞ訊いてくださいました! <リーベの実>は錬金術師たちのあいだでは広く知られた素材でして、特性は<筋肉の生成を助ける>というもの。小さな赤い果実のなかにぎゅっと栄養が詰まっているのであります」
「私、別にあなたたちみたいな筋肉質な体に憧れてはいないんだけどなぁ」
「ええ、もちろんそうでしょう。さすがにそのアイスを食べたからといって我々のような肉体がいきなり手に入るというわけではありません。ですが、女性の美しさと筋肉は無縁ではありません! 程よく引き締まった肉体というのもまた魅力的なのです!」
「そうかい? そこまで熱弁するのなら食べてみようかな。ちょうど冷たいものが食べたかったし」
ルチルはスプーンを手に取り、赤紫色のソースがかかったアイスクリームをすくい上げる。
その姿をニーナは不安げに見つめていた。
男たちの言う通り<リーベの実>には栄養が豊富に含まれている。筋肉についてはよくわからないが、錬金素材として用いなくても、そのまま食べても体にいいのは間違いない。
しかし、それでも料理に使われることはまずない。それは<リーベの実>が庶民の手に届かないほど高価な果実だから、というわけではなく、単純に味に問題があって。
「それじゃあいただきます」
あむ、と一口。ルチルはスプーンに乗ったそれを口へと運ぶ。
が、そこでルチルの動きが止まってしまう。まあそうなりますよね、とニーナは眉をひそめた。
<リーベの実>は主にポーションに用いられる錬金素材。見た目に反して非常に苦く、そのなかに独特の酸味も混じっており、なんとも言えないほど不味い果実なのである。ポーションだから、体に良いから我慢して飲めるのであって、それをアイスクリームの上にソースとして用いるのはどうかと思う。あるいはアイスクリームの甘さと中和できるのかなとニーナは少しだけ期待していたのだけれど、そうではなかったみたいだ。
恐らくだけど、三人は日ごろからこの素材を使用したポーションを飲み慣れているから、味の感覚がマヒしているのだろう。決して美味しいものじゃないと、この機会に自覚してもらいたい。
しばらく虚ろな目をして動きを止めていたルチルは、それでもどうにかアイスクリームを完食する。そしてはっきりと、ごめん、私の口には合わなかったよ、と味の感想を述べた。なぜか自信満々だった<筋肉はすべてを解決するチーム>の面々はがっくりと項垂れたが、こればかりは仕方がない。
続くチームは、あのちびっこ三人組で、メニューはイモリの黒焼き。ただ串に刺して焼いただけに見える料理だ。
これもルチルは完食したが、さすがにあれでは準決勝まで進めるとは思えない。これまで散々邪魔をしてくれた彼らも、料理は苦手だったみたいだ。
そしていよいよシャンテが腕によりをかけて作った料理が提供される。
リオンの手により置かれた一皿を目にして、ルチルはエメラルドグリーンの瞳を輝かせる。
「こちらが<ひよっこチーム>の……」
「わぁ、アワビだ! しかもすっごく美味しそう! そっか、部屋に漂っていた食欲をそそる香りの正体はこれだったんだね」
食べる前から高評価。もちろんルチルはそれをペロッと平らげた。恍惚とした表情。頬も緩みっぱなし。これはかなり期待できるんじゃないだろうか。
それにしてもルチルはよく食べる。合間にデザートを挟みながらとはいえ、もう六品目。特に<キノコたっぷり赤辛鍋>はそれだけでお腹いっぱいになりそうなほどの量があったというのに、いったいその細い体のどこに納まっていくのだろうか。まるでなんでも納めてしまう魔法瓶のようで、<拡縮自在の胃袋>なんて造語がニーナの頭をよぎった。
残りは四組。フラウたち<オドさんのハーレムチーム>が作ったウサギ肉のシチューに、ロブがナンパした女性たち<レディパンサーチーム>のガーリックシュリンプ。それと仮面の三人組<マスカレードチーム>が<コカ鳥の卵>を使用して作ったプレーンオムレツ。
あとから登場した料理はどれも見た目からして美味しそうで、先ほどまでの余裕が一気に吹き飛んだ。それでもシャンテが作った料理がそれらに劣るとも思わないし、ルチルが見せた表情からしてもここで敗退なんてありえないとニーナは確信していた。
残り時間も僅かとなったところでレオナルドが戻ってきた。ちょうどルチルがプレーンオムレツに手をつけ始めた頃のことである。あらかじめメイドに指示を出していたのか、キッチンの準備は万端。すぐにレオナルド自ら調理に取り掛かるが、果たして間に合うのだろうか。
<オドさんのハーレムチーム>の命名者はフラウ。二秒で決めて、一応ミスティの同意を得てから係りの者に提出しましたとさ




