うしろのあなたはだ~れ?
崩れた壁の向こう側にいたのは、またしても白い布を頭からかぶったオバケだった。
この人は敵?
それとも味方?
これまで襲ってきたのはちびっこ三人組だと思っていた。それが、まさかの四人目の登場。道を切り開いて貰ったようにも、挟み撃ちされているようにも、どちらとも取れる状況的に、ニーナは困惑を隠せない。
「あ、逃げた!」
新たに現れたオバケはさっと身を翻すと、そのまま迷宮の奥へと走り去る。
かと思えば通路の突き当りで一度振り返り、そして分かれ道を左へ曲がった。その仕草はまるで、遅れずに着いて来い、と言わんばかり。
「シャンテちゃん!」
「わかってる! とにかくアイツを追って走るのよ!」
味方なのかはわからない。
けれど、少なくとも敵ではないと信じたい。他に選択肢も思い浮かばない現状、ニーナはロブとランプを抱えて後を追う。
「はぁ、はぁ……!」
角を曲がると、また次の突き当りでオバケは待っていて、そして走り去っていく。
また次の角、そのまた次の角。姿を見せては消えるオバケ。ニーナはその残像を追いかけ続ける。
「出口だ!」
入り口とよく似た木製の扉が見えた。その隙間から少しだけ光が漏れ出している。ここまでニーナを導いてくれたオバケはどこかへと姿を消してしまっていた。
「あれが出口ね」
「あ、シャンテちゃん。敵は?」
「ついさっきまで追いかけてきてたんだけど、もうゴールが近づいたからか諦めたみたいね。でもまだ油断できる状況じゃないし、さっさとゴールしてしまいましょ」
ニーナはランプを落としてしまわないようにいま一度腕に力を込めて、そしてゴールまで走り切る。
そしてシャンテと二人で、木製の大きな扉を押し開いた。
「──おぉ、おめでとう! 時間ぎりぎり! だけどゲームクリアだよ!」
「あ、ルチルさん」
ニーナたちを迎えたのはルチルと、その後ろで控えめに会釈したリオンだった。スタート地点で他の参加者の対応をしているとばかり思っていたので、少しばかり意外だった。
でもそれ以上に予想外だったのがシャンテの行動だ。ルチルの姿を見るや否や、手にしていた剣の切っ先を彼女に向けたのである。
「ちょ、シャンテちゃん!」
「止めないで! 彼女には訊きたいことが山ほどあるんだから!」
「それは私も同じだけど、でもひとまず剣を納めようよ」
ルチルはわけもわからず戸惑っているように見える。しかし、演技している可能性だってある。ニーナもルチルを信じてよいのかわからなかった。幸いと言っていいのか、ここにはルチルの護衛が一人もおらず、シャンテを取り押さえようとする者はいなかった。リオンも黙ってみているだけ。
「えっと……その怪我を見るに、なにかあったんだね? 私に落ち度があったのなら謝る。だからまずはなにが起きたのか教えてくれるかな?」
「……敵に襲われた。白い布を被ってオバケに扮した小柄な三人組。たぶん争奪戦に参加したチームのなかの一組だと思うんだけど、そいつらはウサギ狩りゲームのときも襲ってきて、危うく命を落とすところだった。なんでアタシたちが狙われているのか知らないけれど、これはアンタの差し金なの?」
「ううん、違う」
「今回のお遊戯会は命の奪い合いを推奨するものなの?」
「それも違う」
「あれだけ激しく敵とやり合ってたのに誰もアタシたちを助けてくれなかった。どうして?」
「わからない」
「アンタねえ! さっきから否定してばかりだけど、本当は全部アンタが仕組んでるんじゃないの!? 武器を持ち込み不可にしたのも、会場全体を真っ暗にしたのも、全部! そうじゃなきゃ説明がつかないことが多すぎる! 違うというのなら説明してみせてよ!」
シャンテは声を荒げた。依然として切っ先は相手に向けたまま。ルチルへの不信感がそうさせているのだろう。その気持ちはニーナにもよくわかった。
しかし、そんな怒りをルチルは真正面から受け止める。彼女は一度も目を逸らすことがなかった。
「ごめんなさい。本当にわからないの。とにかく一度ゲームを中断して、この迷宮のなかに不審者が潜んでいないか探させる。三回戦も最大限あなたたちに配慮して、これ以上被害に遭うことがないようにする。そういうルールをきちんと設けて、安全に参加してもらえるようにする」
「信じられないわね」
「──まあまあ、いったんここは落ち着こうぜ」
あ、ロブさんが起きた。
ニーナはロブを地面に降ろしてやる。
「ちょっと、兄さん? あんな目に合ったのに許すつもりなの?」
「そう言われても、俺、ほとんど気を失ってたしなぁ」
「じゃあ余計に口を挟んでこないでよ」
「妹が俺に厳しい……。というのは冗談で、とにかく一度様子を見ようぜ。下手に主催者に噛みついたっていいことねーよ。その気になりゃあルチルはいつだって俺たちを失格にできるんだから、そのうち島から追い出されちまうぜ?」
うっ、とシャンテは言葉を詰まらせる。シャンテにとって何より優先すべきは<マボロシキノコ>なのだ。危険と隣り合わせであっても、この機会を逃すわけにはいかないと思ったのだろう。仕方ないわね、とここはシャンテが折れることとなった。
それからすぐに二回戦は一時中断。ニーナたちが見守るなか、迷宮内に紛れ込んだ不審者がいないか捜索が行われたが、残念なことにそれらしき人物は見当たらなかった。出入口はそれぞれ一か所しかないと施設の所有者であるルチルは言い切るが、だとすれば彼らはどこから侵入したのだろうか。それにニーナたちを助けてくれた四人目のオバケの正体も気になる。
わからないことだらけだが、考えたところで答えは出ない。衣装を返して、ニーナたちは自室へと引き返す。本当に長い一日だった。いろんな意味で疲れたこともあって、ニーナはすぐにベッドに顔をうずめる。二回戦が深夜に行われたこともあり、次のゲームは夕方から。だから朝のうちはのんびり過ごそうと思う。
そうしてニーナはまどろみのなかに落ちていった。




