ゴーストハウス・ラビリンス③
シャンテが振るった剣をひらりと躱したオバケたち。
白い布の内側から取り出したのは銀色に光るナイフだった。
まさかそれ、本物じゃないですよね?
そう問いかけるよりも早く、オバケたちはナイフを投じる。
「危ない!」
そこへロブがスピンしながら跳びだし、文字通り身を盾にしてナイフを防いでくれた。それはまさに間一髪。ロブがいてくれなければ、たとえ偽物のナイフであってもケガをしてしまっていたかも。
「え? ロブさん、足元から血が……」
「ああ、ちょっと掠めちまったみたいだな」
「じゃなくて、もしかしてさっきのナイフって……!」
「どうやら本物だったらしい。シャンテも気を付けろ! こいつらちょっと普通じゃねーぞ!」
シャンテは兄の言葉に相手を見据えたまま頷く。シャンテも相手がただのオバケではないと気付いたのだろう。
「ねえ、なんのつもり?」
「なんのつもりか、だってさ」
オバケたちはクスクスと笑う。
「アンタたちって本当にルチルに雇われたオバケなの?」
「さあ、どうだろうな」
どうだろうねー、とオバケの一人が続けて笑う。この子供っぽい声の主は女の子だろうか。
「その声、その態度、その身のこなし。そして銀色のナイフ。もしかしてだけど、アンタたちって昼間に襲ってきた三人組?」
あっ、とニーナは小さく声を上げた。
そうだ。いまの声は<ウサギ狩りゲーム>で邪魔をしてきた三人組の一人にそっくりだった。背格好から考えても、その可能性は高いと思えた。
でも、それならどうしてここに?
ここは二回戦の会場であって、参加者が紛れ込んでいていい場所じゃない。まさかルチルに雇われたのだろうか。それとも二回戦は迷宮を攻略する役と、それを阻止するオバケ役に別れているのだろうか。
……いや、仮にそうだとしても、さすがに刃物の持ち込みを許可するなんてありえない。それに人を楽しませることが好きそうなルチルが、こんなことを許すとは思えないのだ。
「おねーさんたちどうしたの? 早く迷宮の攻略しないと時間切れになっちゃうよ?」
オバケたちはこちらの質問に取り合わず、逆に問いかけてきた。三人はそれぞれぴょんぴょん跳びはねたり、手元のナイフをくるくるといじったり、好き勝手にふるまっている。まともに相手するだけ無駄なのだろう。いちいち苛ついちゃダメだとニーナは自分に言い聞かせる。
「一応訊くけど、どうする?」
「そりゃあ強行突破だろう。どのみち逃げたって追いかけてくるだろうしな」
「でしょうね。ニーナ、心の準備はいい?」
「う、うん」
「アタシと兄さんとで道を開く。ニーナはなんとしてもランプを守って。ここで光を失えばクリアできないだけじゃなく、命に関わるわ」
ここで待ち伏せしていたということは、相手は<暗視のポーション>を飲んでいる可能性が高い。もしランプを割られてしまったら、一方的に攻撃を受けることになる。
シャンテが駆け出す。ニーナとロブもそれに続く。
オバケの一人が突っ込んでくる。あとの二人もタイミングをずらして動き出した。そのうちの一人が後方より、布の内側から何かを取り出して、それをニーナに向けて投げつけてくる。
「兄さん!」
「あいよ!」
今度はロブも備えていた。背中の盾でそれを器用に防いだのである。
しかし、相手の狙いは別にあった。
「う、やべえ、この匂いは……」
突然、ロブがそう言い残してばたりと倒れてしまう。
この腐ったチーズみたいな匂いは、嗅ぎなれたあの果実そっくりだった。
「これ、もしかして<パンギャの実>?」
「ちょっと、この忙しいときにいきなりダウンするとかありえないでしょ!」
シャンテとオバケが激しく斬り合っている。シャンテの剣に、刃物を受け止めるだけの強度があったことだけが不幸中の幸いだった。
「兄さんを抱えられる?」
「それはできるけど、でもそしたらシャンテちゃんが!」
「こっちは大丈夫。ニーナは自分の心配をしなさい。とりあえず下がって別の道を行くわよ」
ここはシャンテを信じるしかない。どのみち戦いに加わったところで邪魔になるだけだ。
ニーナはありったけの光で迷宮内を照らしながら白くて狭い通路を引き返す。後ろではシャンテが一人でオバケたちの攻撃を凌いでいた。通路幅の狭さを利用することで、囲まれないようにうまく立ち回っているようだ。
また分かれ道だ。今度はどっちを選べばいいんだろう。もしも行き止まりに当たってしまったら、もう逃げ場がなくなってしまう。そんな事態だけは避けなくてはいけないのに、どれだけ目を凝らしたって正解に繋がるヒントは見当たらない。
「……ええい、こっちだ」
もうやけくそだった。とにかく足を止めてはいけない。ニーナは自分の選択を信じて分かれ道を右へと曲がる。
そのまま道なりに右へ左へ。進んだ先にゴールがあると信じて。
けれど現実は非情だった。
「行き止まり……」
ニーナは立ち止まってしまった。
ロブは気を失ったまま。緊迫した戦闘の音がすぐ後ろに迫っていた。
「シャンテちゃん、ごめん! こっちは行き止まりだった!」
「兄さんは!?」
「まだ目を回してる!」
「ちっ、ほんと肝心な時に使えないわね!」
なにかできることはないか。
ニーナは抱えていたロブを下ろし、括り付けられた紐をほどくと、異臭のする盾をできるだけ遠くへ投げ捨てた。そして、起きてください、とロブの体を激しく揺さぶる。
「いま頼れるのはロブさんだけなんです!」
顔をぺちぺちと何度叩いても、やっぱり目を覚ましてはくれなくて。
そうしているあいだにもじわりじわりと追い詰められてしまった。
「ははっ、絶体絶命だなぁ」
だねー! と、女の子の声がそれに続く。
「ちっ、わざと手を抜かれてる感じが余計に腹が立つわね」
シャンテは既に無数の傷を負っていた。どれも致命傷には至らない様な細かい傷のようだが、衣装はボロボロだった。
「ほらほら、もっと抵抗してみろよ。そうじゃなきゃつまんねーだろ?」
「そうだそうだ。勇者様がんばれー! もっともっとがんばれー!」
いちいち癇に障る奴らだ。
「挑発に乗っちゃダメだよ?」
「わかってるわよ。でもここで戦わなきゃどうにもならないのも事実でしょ。せめて一人だけでも数を減らせたら……」
もう状況は絶望的だった。いつも助けてくれるロブも今回ばかりは頼れない。どこかに抜け道でもないかと、ニーナはすがるような気持ちで辺りを見渡してみたが、やはりそんなものは見つからなかった。
しかしそのときだった。後ろの壁に無数の閃光が走る。かと思えば、その壁はニーナが見ている目の前で突然崩れ落ちてしまった。しかも壁の向こうには道が続いているではないか。
「もしかして、あなたが助けてくれたの?」
崩れた壁の向こう側で剣を手にしていたのは、またしても白い布を被ったオバケだった。




