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ひよっこ錬金術師はくじけないっ! ~ニーナのドタバタ奮闘記~  作者: ニシノヤショーゴ
13章 マボロシキノコ争奪戦
202/262

ゴーストハウス・ラビリンス①

 深夜三時を回ったころ、ニーナたちは地下に位置する二回戦の会場へと足を運ぶ。

 部屋に届いた招待状に従って館内を進んでいくと、地下へと繋がる階段の前でメイドがニーナたちを待っていた。


「お待ちしておりました。地下迷宮へはこちらの階段よりお進み頂けます。暗くなっておりますので、足元にお気を付けくださいませ」


 メイドの言葉通り、ここから先は所々に設置された松明の灯りだけとなっているようである。階段も石造りとなっており、うっすらとだが白い霧のようなものも見える。これも恐らくは魔法による演出なんだろうけれど。


「いかにも出そうって感じだよね」


「出そうって、なにが?」


「オバケだよ。シャンテちゃんは怖くないの?」


「別に? どうせ本物なんていないし、なにが邪魔してこようと殴るだけよ」


 なんとも頼もしい言葉だ。実際に本物が現れたら殴ろうにもすり抜けてしまいそうだけれど、シャンテの言う通り、さすがのルチルも本物を用意できたとは思えないから心配はいらないだろう。むしろまだ若干機嫌が悪いシャンテが、オバケ役を殴ってケガさせてしまわないか心配すべきかもしれない。


「なんかちょっと寒いね」


「そうね。まあこれも演出なんでしょうけど」


 そんなことを言いながら細い通路を進み、角を右に曲がった。

 するとちょうどそのとき、辺りを照らしていた松明の灯りが一斉に消えた。急に何も見えなくなって、ニーナは肩をびくつかせながら不安げに辺りを見渡す。しかし、この暗闇では隣にいるはずのシャンテの顔すらも見ることができなかった。


「え、なにこれ、どういう……」


「──わあっ!!」


「ひゃあ!?」


 突然耳元から大きな声が聞こえて、ニーナは叫び声を上げた。

 それと同時に、再び松明の灯りがぱっと灯る。


「へへー、びっくりした?」


 そこにいたのはおどけた顔をしたルチルと、一回戦でも姿を見せていたルチルに仕える色白の青年だ。このときのために衣装を用意したのか、白い貴族風の衣服の上から黒いマントを羽織っており、口には牙を、顔は化粧を施すことで、二人は吸血鬼に成り切っていた。


「ようこそ幽霊屋敷へ。私が屋敷の主である、吸血鬼のルチル・エストレアと、同じく吸血鬼のリオン君だ。私の招待を受けてくれて嬉しいよ」


 ルチルは放心状態のニーナの手を取って握手してくる。


「あはは、驚きすぎでしょ。こんなんじゃ先が思いやられるなぁ」


「あ、えっと……」


「逆にもう一人の子とブタさんは落ち着きすぎだよ。もしかして私が驚かせに来るのバレてた? それとも<暗視のポーション>を飲んできたとか?」


「別に。どうせこれも演出だってわかってたから、なにが起きても不思議じゃないと思ってただけ」


「俺は匂いと気配で誰が近づいてきてるのかわかってたぜ」


「そっかそっか。その冷静さがあれば二回戦クリアも余裕かな? それじゃあさっそくだけどルールの確認をするね。この通路の先に大きな木製の扉が見えるよね? あの扉をくぐればゲームはスタート。途中の邪魔ものを振り切りながら迷宮の攻略を目指してもらうよ。制限時間は二十分。一回戦で使用した腕時計が今回はタイマーの代わりを果たしてくれるから、残り時間を知りたくなったらそれで確認できるよ。で、ここからが招待状には書いてなかった追加ルールなんだけど……」


 ルチルがリオンに目配せする。


「さすがに丸腰では可哀そうなので、みんなには一つずつアイテムを選んで持っていってもらいます。剣と盾と、それから魔法のランプだね。剣を選んだ人の役目は攻撃役。オバケも斬れちゃう魔法の剣でゴールまでの道を切り開いて。あ、もちろん本物の刃物じゃないから、そこは安心して。それから盾を選んだ人はパーティーメンバーを守る防御役。いろんな攻撃で邪魔をされると思うけど、盾があれば大丈夫だから頑張って。そして、一番大切な役回りを担うのが魔法のランプを持つ人なんだ」


 ルチルはリオンの手から魔法のランプを受け取って掲げる。人の顔ほどの大きさのランプは、透明なガラスの内側に淡い緑の炎を灯している。そこへルチルが魔力を灯すと、緑の炎から小さな鳥の形をした淡い光が無数に飛び立ち、ガラスをすり抜けて四方に飛び立った。


「この魔法のランプは周囲を照らすだけでなく、こうして魔力を込めることで鳥の形をした灯りを作り出し、より広い範囲を照らし出すことができるんだ」


 光る鳥がニーナのほうへゆらゆらとゆっくり飛んで来て、そして腕に当たって消えた。わずかに熱を持っているが、火傷しそうなほどでは無い。これなら火事になる恐れもなさそうだ。


「さっきみんなを驚かせるために通路を真っ暗にしたけれど、実は幽霊屋敷も真っ暗闇なんだ。だから魔法のランプを使わないと攻略は不可能なの。でもね、困ったことにこの魔法のランプはとっても壊れやすくってね、落としたり誰かとぶつかったりすると壊れてしまう。壊れると真っ暗闇のなかに取り残されて迷宮を進むことができなくなってしまうから、実質その時点でゲームオーバーになっちゃうんだ」


 つまりオバケにびっくりしてランプを落としてしまうと二回戦に進めなくなるというわけか。


「これから三人で話し合って、誰がどの役目を担うのか決めて欲しいんだけど、でもブタさんはどうしようか? 一応盾役なら、紐を使って背中に盾を括り付けてあげられると思うんだけど」


「じゃあそれで。剣はアタシが持つから」


「え、でも私がランプを持つと落としちゃいそうなんだけど……」


「大丈夫よ。なにが起きても兄さんが体を張ってニーナを守るから」


「えー、シャンテも頑張れよぉ」


「もちろんそのつもりよ。ばっさばっさと斬り捨ててやるわ」


 あ、これはあれだ。眠りを妨げられた苛立ちを幽霊にぶつけるつもりなんだろう。


「それに申し訳ないけど、一回戦で走り回った疲れが残っててね。だから魔法のランプはニーナに任せたいのよ」


 ニーナはそこでようやく思い出した。シャンテは魔力欠乏症なのだ。普段の日常生活では少ない魔力をうまくやりくりしてるから、つい忘れそうになるけれど、シャンテは体質的に魔力を体内で作るのが苦手なのだ。今日はもう<ハネウマブーツ>や<ワイヤーバングル>を使用したこともあって、魔力が底を尽きかけているのだろう。


 本当ならオバケなんかに動じないシャンテが適任なのだろうけれど。

 責任重大だけど頑張るよ、とニーナはランプを持つ役割を引き受けた。


「決まったみたいだね。それじゃあアイテムを渡す前に着替えてもらおうかな」


「着替える?」


「そうだよ。招待状にも書いてあったと思うんだけど、みんなは幽霊が現れる迷宮の攻略に乗り出した勇者一行だからね。相応しい恰好をしなくちゃ」


 そういえばそんなことが書かれてあったな、とニーナは思い返す。参加者用の衣装まで揃えるなんて大変だろうに。ルチルはこういったことが本当に好きなんだろうな。


 そんなこんなで連れていかれるがままに更衣室へ。そこでニーナとシャンテはそれぞれ魔法使いと勇者の衣装へと着替えた。更衣室の外ではロブが背中に盾を背負って待っていた。


「お、前の組がゲームを終えたみたい。それじゃあいまから始めてもらうけど、もう一度だけルールの確認ね。目的は迷宮の攻略。制限時間は二十分。時間に間に合わないか魔法のランプが割れちゃうと失格。魔法を使ったり、こっそり魔法の道具を持ち込んでいることが発覚しても失格。誰か一人でもゴールに辿り着けばクリアだから、最悪ランプ役の人は二人を見捨ててもいいよ」


「わかりました。でも私たちはちゃんと三人でゲームをクリアしてみせます」


「いい返事だね。それじゃあ他の組も待たせていることだし、そろそろ迷宮に挑んでもらおうかな」


 ニーナとシャンテは木製の扉にそれぞれ手をかけて、それを両側から押し開く。待ち受けるはぽっかりと開いた闇。魔法のランプに魔力を込めて、光を帯びた鳥を迷宮の奥へと羽ばたかせた。


 そうして勇者一行は幽霊屋敷へと一歩を踏み出す。

 それからすぐに、ぎいぃ、と扉がゆっくりと締まる音が聞こえた。


 ──どうか無事で。

 悲しげな表情を浮かべるルチルの呟きは扉が奏でる不協和音にかき消されて、ニーナたちに届くことは無かった。

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