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ひよっこ錬金術師はくじけないっ! ~ニーナのドタバタ奮闘記~  作者: ニシノヤショーゴ
13章 マボロシキノコ争奪戦
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ライバルたち②

 館内をしばらく巡ったあと、ニーナたちは食堂へとやってきていた。バイキングといって、自分でお皿に好きな料理を、好きなだけ盛り付けて食事を楽しむスタイルらしい。こういうことが初めてなニーナはシャンテに教わりながら、美味しそうな料理の数々をお皿に並べてみる。あとから追加していいらしいのだけど、ついつい欲張って多めに取ってしまった気がする。頑張って食べなくちゃ、とニーナは満面の笑みをこぼしながら思う。


「あ、ミスティだ! フラウさんからずっと部屋にいたって訊いたけど、調子はどう? 体調崩したりしてない?」


「うん、大丈夫だよ」


 テーブルも自由席ということなので、ニーナはフラウの隣に座った。側にはフラウとオドも一緒だ。さすがにマルは食事の場に連れてくることができなかったみたいで、恐らく部屋でお留守番をしているのだろう。そういえばブタは連れてきてもよかったんだろうか。


「やっぱり緊張してる?」


「少し。始まる前よりはましだけど、人が多いところは得意じゃないから。でも読みかけの小説を持ってきてるから、部屋ではリラックスできてるよ」


 そう言ってミスティは微笑んだ。フラウから話を訊いて心配していたので、思ったより元気そうで良かった。


「そっか。それを訊いて安心したよ。一階にある素材屋には行ってみた?」


「ううん。なにか珍しい素材でもあった?」


「いやー、それがねぇ、思ってた以上に品ぞろえも豊富でさ」


 ニーナとミスティは美味しい料理の数々を堪能しながら、錬金術談議に花を咲かせる。出会った頃はお互いに敬語で、同い年なのに距離を感じることも多かったけれど、いまはこうして気軽に話せるのが嬉しい。


「──そうそう、フラウさんから訊いたけど、一回戦で余分に首輪を集めておこうって提案してくれたのミスティなんだってね。おかげで助かっちゃったよ。ありがとね」


「ううん、私は本当に提案しただけで、首輪集めには役に立てなかったから。全部フラウさんとオドさんと、マルのおかげかな」


「それじゃあマルくんにもお礼を言わなきゃね。あとで部屋に寄らせてもらってもいい?」


 コクリとミスティは頷いた。

 そこへ、ふらっと人影が近づいてくる。


「こんにちは。お料理のお味はどうかしら? お口にあったかな?」


 え、ルチルさん?

 まさかの主催者の登場に慌てつつも、ニーナは頬張っていたお肉を呑み込んで、そして挨拶を返す。


「えっと、ニーナといいます。このたびは……」


「知ってるよ。あの有名な巨大ゴーレム事件を解決に導いた立役者なんでしょ?」


「事件のこと知ってるんですか?」


「もちろん。錬金術の街クノッフェンで起きた出来事なんだもの。海を渡った私たちの耳にもちゃんと届いてたよ」


 これはまた驚いた。でもどうして書類選考を通過できたのか、これでハッキリとした。どうやら彼女は始めからこちらに興味を持ってくれていたようである。もしかしたらロブが人間であることも知っているかもしれない。ちゃんと人間として登録しておいてよかった。


「あなたたちには期待してるから、ぜひ決勝の舞台まで残ってほしいんだよねー」


「が、頑張ります! ……あの、二回戦の内容は?」


「それはまだ秘密。だけど、すごいゲームを用意してるから期待してくれていいよー」


 ニーナは愛想笑いを浮かべながら、お手柔らかにお願いします、と心のなかで願う。お遊戯会を開催するためだけに島を一つ丸ごと買い上げてしまうこのお嬢様なら、なにかとんでもないものを用意していそうな気がしたのだ。


「ルチル!」


 と、そこへ大股歩きで近づいてきたのは彼女の幼馴染だというレオナルドだ。なにやら怒っている様子だが、いったいどうしたというのだろう。そういえばゲーム前に金のウサギの件で揉めていたけれど、結局VIPルームの権利は誰が手にしたのだろうか。


「本当に君は<特別なご奉仕>とやらをする気なのか!?」


「なにをいまさら。というか、みんなが楽しんでいる場所で大声出さないでくれる?」


「そりゃあ大声も出すだろう。なにをする気かはわからないが、とにかく考え直すんだ!」


「なにをするのかよく知りもしないでお説教しようだなんて、おかしな話だね」


「ルチル!」


 こんなにも怒りをあらわにしているということは、レオナルドは金のウサギを手にできなかったようだ。もしも彼が権利を得ていたならば、それを放棄すればいいだけの話だが、そうしないということは、つまり別の誰かが<特別なご奉仕>を受けるということ。いまだにご奉仕の内容は秘密のようだけれど、ルチルがなにを考えているのか、やはり幼馴染として気掛かりなのだろう。


 ──それにたぶんだけど、レオナルドさんはルチルさんのことが好きみたいだし。


 でも残念ながら片思いなんだろうな。ひらひらと手を振って食堂を後にするルチルと、そのうしろ姿を見つめながらこぶしを握るレオナルドを見て、これは叶わぬ恋なのだろうとニーナは察する。


 ──でも、レオナルドさんほどじゃないけど、VIPルームでなにをする気なのか私も気になるなぁ。







「ふふっ、いい恰好ね。よく似合っているわよ」


 そこはホテルのなかでもごく一部の人間しか入出を許可されない秘密の部屋。本館の隣に位置する別の建物で、ここで働く者たちですらも主の許可なく立ち入ることは禁じられている。


 そんな秘匿された空間にて、ルチルはこのホテルの真の主の前で裸同然の格好をさせられていた。身につけているのはあまりに小さな黒い水着。昼間に太陽の下で大胆な水着を着た女性たちはいたが、その者たちよりもずっと面積の少ないであろう、ただの布切れだ。少し動いただけで大事な部分が見えてしまいそうな、衣服としての最低限の役割も期待できない水着を着て、ルチルは主の前に立つ。その後ろでは、ルチルが日ごろから可愛がる二人のメイドも同じような白い水着姿にさせられていた。


 主はいま、大きなベッドに深く腰かけ、膝の上に金色のウサギを乗せている。漆黒を思わせる黒い髪に血の色のような赤い唇。そして左右で色の異なる瞳。自らを魔女だと名乗る彼女はいつの間にか父親に近づき、そして気付いた時には人質として命を握られていた。命令に従わなければ父を殺すと脅されたルチルたち家族は、魔女の言葉に大人しく従うしかなく、その財力を駆使して島を買い上げ、お遊戯会を開き、そしてとある魔法使いを島におびき寄せた。景品として用意された<マボロシキノコ>も、魔女がとある者たちから奪った幸運を利用して得たものだという。


 そう、すべては魔女の手のひらの上。お遊戯会なんて突飛な行動も、エストレア家のお嬢さんならやりかねないという理由で誰も異常事態に気付いてくれない。唯一幼馴染のレオナルドだけはおかしいと感じてくれているようだけれど、魔女の計画を阻止するには至らないだろう。そもそも父はこの島ではなく、本家の屋敷に幽閉されている。どうやってレオナルドが助け出せるというのだ。彼に期待するのはあまりに酷な話だった。


 主が立ち上がる。そしてルチルの緋色の髪に手を伸ばす。さらさらとした髪を指先でいじって遊ぶ魔女を、ルチルはできる限り意識しないよう目線を下へと逸らす。


「ダメよ。ちゃんとこちらを見なさい」


 ルチルはためらいながらも、弱った心を悟られないようにまっすぐに見つめ返す。魔女の瞳の片方は真っ赤な赤色で、明らかに普通の目とは違う。その瞳に見つめられると体中に<熱さ>と<もどかしさ>が走り、けだるいような、熱っぽいような、そんな奇妙な感覚に襲われる。


 あの瞳は危険だ。

 しかしルチルは目を逸らすことを許されない。


 魔女の指先が頬を伝い、白い首筋を撫で、浮き上がった鎖骨に触れる。そして黒い布切れの上から胸の突起物を押した。あまり背の高くないルチルは相手のことを見上げたまま、直立不動の状態で羞恥に耐える。


 魔女はそんな彼女を見下しながら微笑んだ。


「可愛らしい胸ね。どう、気持ちいい?」


「……わかりません」


 普段の言動や強気の振る舞いから大人びて見られがちなルチルだったが、本当はまだ十六歳になったばかり。心も体も未成熟で、その手の知識には疎かった。


 魔女の指先が布切れをずらす。大事な部分が空気に触れる。魔女はその大事な部分を指先でいじり、爪の先で弾く。そのたびにルチルは甘い吐息が漏れるのを抑えることができなかった。


「こんな魅力的な体にご奉仕してもらえるなんて、VIPルームで待つ男どもなんかにはもったいないわね」


「あ、あの、もういいでしょうか?」


「ふふっ、そうね。これ以上VIPを待たせるわけにはいかないものね。それじゃあ二回戦が始まるまで、頑張ってご奉仕してきなさい」


「本当に、相手の言葉の全てに従う必要はないのですね?」


「ええ、別に性的なご奉仕がしたいというのなら構わないけれど、そうでないならうまく会話を誘導して断ることね。抵抗できるならしても構わない。もちろん返り討ちにあっても助けないけどね。私はこの部屋から、あなたたちがどうやって男を楽しませるのか見物させてもらうから、あなたは主催者として参加者に楽しんでもらうことだけを考えればいいのよ」


「……わかりました」


 そうしてルチルたちは部屋の隅にある螺旋階段からVIPルームへと移動を始める。ここは別館であるため、VIPルームに辿り着くまで他の参加者に見つかる心配がないのだけが唯一の救いだった。特にレオナルドには、こんな姿の自分を見られたくなかった。


 そうそう、と階段を降り始めたルチルを魔女が呼び止める。


「わかってると思うけど、見ていてあまりに退屈な時間が続くようなら金のウサギの命は保証しないから、そのつもりで」


「待って、それだけは!」


「あら、()()()()のことを庇うつもり? 彼が捕まってしまったせいであなたは恥ずかしい目に合っているというのに」


「兄は私のために懸命に走ってくれました。その気持ちだけでじゅうぶんです」


「そう。なら、大切な家族の命のためにも、ご奉仕を頑張らなくちゃね」


「言われるまでもありません。……行ってきます」


 魔法で姿を変えられてしまった兄のために、そして人質として幽閉されている父のために。

 ルチルはエストレア家の誇りを胸に、VIPが待つ部屋へと足を進めるのであった。

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