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ひよっこ錬金術師はくじけないっ! ~ニーナのドタバタ奮闘記~  作者: ニシノヤショーゴ
1章 ひよっこ錬金術師の旅立ち
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諦めたくないっ!

「どうかお願いします! クノッフェンへ行くことを許可してください!」


 ニーナはお手伝いから帰った日の夕食どき、テーブルを挟んで向かい側にいる母親に頭を下げていた。それは叶えたい夢があっての行動だった。


 工房都市クノッフェン。そこは錬金術師なら誰もが憧れる都市である。街の南東には海が、北西部にはマヒュルテの森やトレオム鉱山が広がっており、さらに北部には世界樹と呼ばれる生命の樹が存在する。自然に囲まれていることだけあって、ここでは手に入らないような珍しい素材とも巡り合える。だから人も、モノも、金も、情報も集まる。クノッフェンは錬金術師や冒険者を志す者たちにとって、まさに夢のような街なのだ。


 ニーナはずっと<ガラクタ発明家>と呼ばれるのが嫌いだった。言い返せない自分も嫌いだった。

 そして今日、テッドに「ニーナみたいにいつまでもわがまま言ってられないんだ」と言われて、涙が出そうになるぐらい悔しかった。夢を笑われたことも、家族に甘えている自覚があったことも、どちらも悔しくて、情けなくて。


 だからニーナは思った。

 中途半端じゃダメだ。現状に甘えてちゃダメだ。いつまでもこんな村で夢が叶うのを待ってちゃダメだ。もっと錬金術の腕を磨いて、そして世界をあっと驚かすような発明を成し遂げよう。そしてみんなを見返してやろう。


 でも、そのためには素材が必要だ。錬金術は素材が命。新しいレシピ開発には錬金術師としての腕だけでなく、それ相応の素材が必要だ。珍しくて質の高い素材を使ってこそ、他の誰も成し遂げなかった発明に繋がるはずだ。そのためにも、世界中の素材が集まる工房都市クノッフェンへ行って、そこで暮らしながら結果を出してみせる。もう誰にも夢を笑われたくない。自分の未来は自分で決める。ただ親の家業を継ぐだけの未来なんて、ニーナは嫌だった。


「私、夢を諦めたくない! でも、今のままだったら失敗ばかりなの。この村にいたらいつまでたっても夢を叶えられないの。だからお願いします! クノッフェンへ行かせてください!」


 ニーナはテーブルに額がくっつきそうになるほど頭を下げて必死に頼み込む。そんなニーナの前で、母は腕を組んだまま。父と姉は、ニーナと母親を交互に見つめながら口をつぐみ、おばあちゃんは重苦しい雰囲気のなかでオロオロとしている。


「あんた、急だねぇ。いったいどうしたのさ?」


「……ダンとテッドに馬鹿にされた」


 ニーナがそう答えると、母親は呆れたようにため息をついた。なんだそんなことかと、そう言われた気がした。

 だからニーナは慌てて言葉を続ける。


「でも、それだけじゃないの! ずっと前から思ってたの。いつかはクノッフェンへ行って、錬金術師として成功したいって。それが夢だったの!」


「それはまあ知ってるよ。でも、結局はガラクタしか作れないじゃないか。それでこの前はお姉ちゃんにも迷惑かけたんでしょ?」


「うぅ……」


 そう言われると返す言葉がなかった。



 それはつい四日前のこと。<ヤギミルクたっぷりヌルテカ泡ぶろ入浴剤>が初めて完成した日のことだった。

 この発明品は、姉であるロマナの「どうせならもっと役に立つものを作ってよ」という一言を受けて創作したレシピだった。せっかくなので自分の家で採れる<ヤギミルク>を使ってなにか作れないかと考え始めたのだ。


 完成したのはお昼時。その日は父と母が仕事に出ていて、おばあちゃんは外出していた。まだお風呂の時間ではなかったものの、ニーナは夜が待ちきれず、さっそくロマナに完成した入浴剤を使ってみて欲しいと頼み込んだ。そのときはロマナも乗り気で、ニーナのお願いにも協力してくれた。


 <ヤギミルクたっぷりヌルテカ泡ぶろ入浴剤>は固形タイプの入浴剤だ。お湯を張った浴槽に、白い石鹸のような入浴剤を投入すると、たちまち浴槽は泡だらけ。香りもよく、これには普段からニーナの発明品に対して文句ばかりのロマナも、上機嫌で服を脱ぐ。


 まずは手で泡の感触を確かめて、それから片足ずつ湯船に浸かる。ロマナは笑みをこぼすと、そのまま一気に肩まで泡ぶろに浸かった。


「ぷはー! いいよこれ! 泡も気持ちいいし、お肌もすべすべになりそうだし。これなら毎日でも入りたいぐらいだよ」


「えへへ。嬉しいな……」


「これ、この家で採れたヤギミルクを使ってるんだよね? 値段次第だけど、この村の名物として売れるんじゃない?」


 お風呂好きな姉がここまで喜んでくれた。それだけでもう嬉しくて、ニーナはついつい頬を緩める。それから湯船につかる姉に、試してくれてありがとう、と感謝を告げた。


「私、工房に戻って、もっと改良できないかさっそく考えてみる。ゆっくりしてていいから、あとで感想教えてね!」


「りょーかーい。頑張ってねぇ」


 ご満悦の様子で手を振るロマナに笑顔を返し、ニーナは自分の工房へと戻った。

 この時は褒めてもらえたことが嬉しくて、本当に村の名物になったらいいなと、そんなことばかり夢見ていた。ニーナは浮かれ気分のまま、先の錬成の記録を見返し、もし量産するとしたらどうすべきかを考え始める。


 事件が起こったのは、そのあとだ。


 考えごとに熱中していたニーナは、ふと時計を見て心配になる。もうあれから二時間以上経つのに、まだ姉が感想を伝えに来ないのだ。ただ忘れているだけならそれでいい。でも、もしもそうじゃないとしたら? 普段から失敗作ばかりを作ってきたこともあり、またなにか重大な欠陥でもあったのかと、ニーナは妙な胸騒ぎを覚えた。そして悪いことに、ニーナの予感は当たっていた。


 急いで家に引き返すと、まだ玄関口だというのに姉の叫び声が聞こえてくる。


(も、もしかしてお姉ちゃん、怒ってる?)


 最後に見たのはロマナの上機嫌な顔。そんな姉の様子からは想像もつかない怒鳴り声が風呂場から聞こえてくる。ニーナはまた怒られてしまうと思って、つい身構える。


(というか、なんでまだお風呂場?)


 訳が分からない。でも、行かなければならないだろう。

 ニーナは恐る恐る風呂場の扉を開ける。


「遅い!」


「ひゃあ!」


 いきなり怒鳴られ、ニーナはびっくりして肩をすくめた。

 ロマナは体の半分以上を泡ぶろに浸けたまま、浴槽の端に上半身を預けるようにしてぐったりしていた。手や顔は入浴剤の効果の表れか、遠目から見てもお肌ツルツルである。


 効果がなかったわけではないはず。ならば、どうして怒られたのだろう?

 ニーナはお疲れ気味の姉に、どうしたのですか、と敬語で問いかける。


「どうしたもこうしたもない! この泡、ツルツルになりすぎて立ち上がれないんだけど! 手もツルツルになり過ぎてシャワーも捻れないし、取っ手も掴めないし。挙句の果てに滑って溺れかけるわ……こんな状態じゃ危なくて浴槽からも出られないじゃない!」


「えっと、お肌がツルツルのすべすべになりすぎて、出られなくなっちゃったってこと?」


「だからそう言ってるじゃない!」


 ひゃあ、とニーナはまたしても肩をすくめる。

 まさか効能が凄すぎて、お風呂場に閉じ込めてしまうとは想像すらしなかった。


 それからニーナはロマナに怒られながら、姉の体についたツルツル成分を時間をかけて洗い流した。とりあえず湯船のお湯を抜いて、それから裸の姉にシャワーを浴びせ、そしてタオルで成分を拭き取る。それでも肌はツルツルのままで、だからニーナはもう一度シャワーをかけるところから始める。


 そのあいだずっとロマナは裸で、そして当たり前のように不機嫌だった。長いこと浴槽からも出られないまま。そんな姉に対し、ニーナは申し訳なく思いながらも、自分とは違う女性らしい丸みを帯びた曲線美にちょっとだけ嫉妬した。どうして姉妹間でこんなにも格差があるのだろうと、形の良い胸を見ながら、ニーナは口をとがらせたのだった。



「──ちょっと、聞いてるかい?」


 母の声に、ニーナは現実に引き戻される。正直、話をまったく聞いていなかった。

 母はため息をつきながら、もう一度説明し直す。


「だいたいあんた、お金はどうするつもりだい? クノッフェンはここよりもずっと物価が高いんだよ? それなのに、いっつも錬金術のために散財してるあんたが、どうやって暮らしていけるって言うのさ?」


「ちょっとは貯金してるもん」


「ちょっと程度じゃあ全然足りないって言ってるんだよ」


「足りない分は今までの発明品を売って──」


「あのガラクタ品を?」


「ど、どこかに住み込みで働きます」


「そう都合よく雇ってくれるかねぇ」


 母の訝しむような視線に耐えかねて、ニーナは視線を逸らす。そしてそれとなく隣に座る姉に助けを求めた。

 けれどニーナは、助けを求める相手を間違えた。


「残念だけど、私も今回は反対」


「なんでよ!」


「だって、どう考えてもあんたじゃ通用しないじゃん。むしろ、なんでクノッフェンに行けば成功できるかもって思えるわけ?」


「それは、良い素材が手に入れば私だって……」


「呆れた。今までの失敗はぜんぶ素材が悪かったって言い訳するつもり?」


 ──ガタン!

 ニーナは椅子を倒しながら立ち上がる。俯く瞳からは大粒の涙が零れ落ちていた。


「お母さんもお姉ちゃんも大嫌いだ!」


 ニーナは涙声で叫ぶと、そのまま家を飛び出して、工房へと引きこもる。胸の中の感情がぐちゃぐちゃで、なにも考えたくなかった。毛布を頭からかぶると、溢れ出す涙をこらえることなく泣き続けた。


(お姉ちゃんにだって昔はお菓子屋さんになるって夢があったじゃない。なのに、どうして応援してくれないの? 身の丈に合わない夢を見ることはそんなにいけないのことなの? 私、わかんないよ……!)

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