ライバルたち①
ウサギ狩りゲームを勝ち抜いたニーナたちに渡されたのはホテルの鍵だった。二回戦の内容はまだ秘密。フラウたちも知らないらしい。
鍵に記されたルーム番号は<303>。これは建物の三階に同じ番号が書かれた扉があるそうで、そこがニーナたちに与えられる部屋となるらしい。こういった仕組みの宿泊施設は珍しくないそうだが、ニーナは経験がなかった。
それにしても大きな建物だ。まず、なんといっても受付が広い。ロビーと呼ばれる広場だけでも実家より広いんじゃないかと思えるほど。さらに鍵を開けて入った部屋も、とても広々としている。こちらもニーナたちが暮らすクノッフェンの家のリビングよりも、だ。アンティーク調の室内に備えられた家具の一つ一つがお高そうで、くつろぎの空間だというのに緊張してしまう。汚したり傷つけちゃったりしたらどうしようか。
「あら残念ね、兄さん。寝室とリビングが別れてて」
「え、もしかして寝るところ別?」
「その姿ならベッドも必要ないでしょ」
そ、そんなぁ、とロブがうなだれる。鍵を受け取ったときは一緒の部屋で寝てもよいと、シャンテに言ってもらえて喜んでいたのに、ちょっと可哀そうである。
「冗談よ。着替えのときは出ていってもらうけど」
「おー、それでいい。久々にシャンテと眠れてお兄ちゃん嬉しいぜ」
……それはそうと、とシャンテはロブの言葉を敢えて無視した。
「まさか本当に錬金釜が用意されているなんてね」
ほんとだよね、とニーナは部屋の隅に備えられた錬金釜へと目をやる。参加申し込みをするときに、錬金釜は必要ですか、と書類上で訊ねられたのだ。なので、はい、に丸を付けて申し込んでみたのだが、まさか本当に部屋に用意してくれるなんて思ってもみなかった。もちろん錬金釜の上には煙突も備え付けてある。
「持ってきた素材が無駄にならなくてすみそうね。二回戦に進めなかったら重たい荷物を抱えて帰らなくちゃいけないところだったわ」
ここまではフラウの魔法の風呂敷のおかげで荷物の多さを気にしなくて済んだものの、ニーナたちだけ二回戦に進めなかったなら、重たい荷物を抱えて船で帰らなくてはいけないところだった。
「でも二回戦の内容が直前になるまでわからないんじゃ、錬金釜が活躍する場面もなさそうだけどね」
「ううん、わざわざ必要かどうか向こうが訊いてきたんだもの。このまま勝ち進めば、きっとどこかで役立つはずよ」
「そうだといいなぁ。ねえ、あとででいいんだけど素材屋さんを見に行っちゃダメかな?」
「例のアレね。もちろんいいわよ。なんなら夕食まで暇だし、これから施設の探索でもしちゃう?」
「いいね、行こう!」
シャンテの言う例のアレとは、招待状に記されていた素材屋のことである。ただの宿泊施設に、しかもこの争奪戦のためだけに用意された建物に素材屋があるというのも変だと思うのだが、用意されているのなら見てみたい。規模はよくあるお土産屋さんぐらいじゃないかしら、とシャンテは予想するが、それならそれでご当地の、この辺りの地域でしか手に入れられない様なレア素材が安く買えたらいいなと思うのだ。
その他にも食堂やプール、映画館、それにニーナたちの年齢だと関係ないが、バーといったお酒を楽しむ空間も用意されているのだとか。二回戦まで進んだ参加者たちはこのあとの結果に関係なく、最終日まで施設の部屋を貸し与えてもらえるらしいので、もし時間が余るようならこの機会に贅沢な休日を満喫してみてもいいかもしれない。
そうしてニーナたちは素材屋を始めとした各施設を巡り歩く。
素材屋は思っていた以上に品ぞろえが豊富で、しかも格安だった。他の参加者のためにも買い占めはお控えくださいと言われたが、珍しい素材は多めに買っておきたい。
「おぉ、生の<魔イワシ>だぁ。これ、鮮度の問題でクノッフェンじゃ乾燥したものしか売ってないんだよねぇ」
ああ、あれも欲しい。これも欲しい。
こっちの素材はクノッフェンでも手に入るけど、お買い得だから絶対に欲しい。
「シャンテちゃん!」
「……はいはい、いいわよ。今回に限らずニーナには色々と協力してもらってるからね。気にせず買っちゃいなさい」
「やったぁ!」
シャンテからお許しが出た。ニーナは意気揚々と素材を買い込む。手に持ちきれないほどの数になってしまったが、あとで係りの者が部屋に運んでくれるらしい。帰りもフラウに頼めば楽ちんだ。
満足するまで素材屋に入り浸ったあとは、ロブの強い希望でプールへ行くことに。ホテルを出てすぐのところに併設されているらしいので、見に行ってみることにした。
「……なーにが泳ぎたい気分よ。どうせ水着美人が目当てなんでしょ」
「まあまあ、私もどんな施設なのか覗いてみたかったし」
──それに今回はロブさんもすごく頑張ってくれたしね。
「でも参加者の多くは男性だったよね?」
「いいや、ちゃんと可愛い子もいたぜ。ほら、あの仮面をかぶった三人組の一人とか」
「仮面で顔なんて見えなかったのに、よく言うわ」
「チッチッチッ。甘いぜシャンテちゃん。あの子は間違いなくナイスバディなお姉さんなんだぜ。いくら仮面をかぶったって、俺の目は誤魔化せない」
仮面だけでなく服装的にも体系が隠れていて、背も高かったことから、一目見ただけでは性別すら判断できないぐらいだったけれど、ロブが言うのならそうなのだろう。たしかによくよく思い返せば、胸は大きかったように思う。剣を抜いた時に、ローブの隙間から女性らしい体のラインが見えた気がするのだ。
プールサイドに出たニーナはそれらしい人物を探した。別に美人に興味があるわけじゃないけれど、仮面の下の素顔は見てみたい。意外にもプールで泳いでいる人たちは多く、ちらほらと女性の姿も見える。なんだかみんな楽しそうだ。
「ねえロブさん。仮面のお姉さんはここにいますか?」
「……いいや、残念だが」
本当に残念そうにロブは答えた。
まあ、当然か。わざわざ仮面をかぶっているのに、こんな人前で素顔をさらすわけがなかったのだ。
「お、おおっ、ちょっとあっち行って泳いでくるんだぜ!」
と、言うな否や、ロブはプールにどぼん!
シャンテは呆れ顔だ。
「向こうに綺麗な女の人がいるね。日光浴でもしてるのかな?」
プールサイドにて、白くてゆったりとした椅子に座ってくつろいでいる三人組の女性がいる。それぞれ派手な水着を身につけ、オシャレなトロピカルジュースを側に置き、自慢のボディを白日の下に存分にさらしている。いかにもロブが好みそうな女性たちだ。
「見るからにお金持ちって感じだけど、あの人たちも参加者なのかな?」
「みたいですね」
「おわっ、フラウさん! いつのまに?」
「いま来たとこですよー」
そういうフラウはばっちり水着姿である。いまから泳ぐつもりらしい。おっとりしているようで意外とアクティブだなと思った。
「お一人ですか?」
「はい。ミスティさんは緊張から部屋でゆっくりしてます。オドさんはバーでのんびりすると言ってました。……あの女性たちですけど、私見てたんですよねー。どうやって一回戦を突破したと思いますか?」
「うーん、どうやってだろう? みんな運動神経良さそうには見えないし、三人とも魔法使いだったとか?」
「ある意味そうですね。男の人たちを魅了してましたから」
「と、言いますと?」
「スタート地点でのんびり待ちつつ、首輪を集め終わった男性三人組を待ち伏せして、誘惑したみたいです。耳元で二言三言囁いて、首輪を譲ってもらってました。ずっと観察してたわけじゃないですけど、そんな感じです」
えぇ、そんなのありなのか。
でもルールなんてあってないようなものだったし、殺し合いよりは取引で解決する方がいいのかもしれない。納得いかないものの、ニーナはそう思うことにした。
「あのおっぱい反則ですね。私もあれぐらいあれば男の人に魔法をかけられたかも」
「あはは……」
「ロブさん大丈夫ですかね。魔法にかけられてません?」
ああもうっ、とシャンテがロブを回収しに行く。ロブのほうからナンパに行ったみたいだけど、あの様子では簡単に魅了されて、彼女たちが勝ち上がるための協力を約束させられていそうだ。大魔法使いも美女の前には形無しである。
ニーナたちが思いつかないような方法で勝ち上がった参加者がいる。みんな手ごわいライバルたちだ。このなかから<マボロシキノコ>を手に入れられるチームは一組だけ。続く二回戦はどんなゲームが待ち受けているんだろうか。ニーナはキラキラと太陽の光を反射するプールを眺めながら、これからのことを考えていた。