一回戦敗退!?
『あと残り五枠でーす! まだ二回戦進出を決めることができていないチームのみんな、急いで急いで!』
腕時計からルチルの声が響く。このゲームをクリアするにはウサギに取り付けられた首輪を三つ回収して、それをゲーム開始地点で待つ主催者たちに見せなくてはいけないのに、ニーナたちはまだ首輪を一つしか集めることができないでいた。一発逆転を狙って金のウサギを追い回したりもしたが、結局は逃げられてしまい、時間を無駄にしただけ。あれからシャンテの背中に乗ったまま、空からウサギを探してみているのだが、そう簡単には見つからず、焦りが募るばかりであった。
「ああもうっ、なんで一匹も見つかんないのよ!」
シャンテも苛立ちを声に出して吐き出す。
「おい、左! なんか追いかけまわしてるっぽい!」
「……ほんとだ! 行ってみようよ!」
もう時間はあまり残されていない。他のチームから獲物を横取りしてでもゲームを勝ち抜かなくては。ニーナたちにはなりふり構っていられない事情があるのだ。
「えいっ!」
<ハネウマブーツ>の力で対象までひとっとび。さらにニーナは空から雷撃を繰り出して、他のチームを威嚇する。着地を待つわずかな時間すらももったいなく感じられたのだ。<まんぷくカレービスケット>を食べて元気になったロブも跳びだし、すぐさまウサギの後を追い回す。
「お前ら、邪魔する気かよ!」
相手チームは怒っていた。当然の反応だと思うけれど、だからといって獲物を譲る気は無い。ニーナは構わず、杖の先端をウサギに向けて魔法を放つ。雷撃はウサギの目の前でカクカクと曲がりくねり、ウサギの足を止めさせた。
「そこだ!」
ここぞとばかりにロブがダイブしてウサギを捕まえる。
しかし不運にもそこで雷撃は折れ曲がり、ロブへと向かって一直線!
「ほえ? ……あばば!」
──あぁ、ごめんなさいロブさん……!
あろうことかロブに魔法をぶつけてしまったが、それでもロブはウサギに全体重をかけることで逃がすことを許さなかった。それどころウサギも若干痺れているよう。いまがチャンスとばかりにシャンテがワイヤーで引き取って、手際よく首輪を外す。
「おい、それ置いてけよ!」
「お断りよ!」
「んじゃあ力づくだな!」
男の一人がシャンテへと駆け出す。ここまで相手も必死になって走っていたようで、顔は汗まみれ。髪の毛も肌に張り付いている。そうまでして追いかけてきた獲物を、目の前でまんまと掠め取られたのだ。相手は冷静ではなかった。
そんな敵チームに向けてシャンテは槍を……ではなくて、腰に差していた白い棒で、迫りくる両手を払いのける。
「いって!? な、なんだこれ。手がなんか変だ」
それはセオドア島にて調合した<骨伝導ソード>だった。これまで感じたことがないであろう奇妙な感覚に、怒り狂っていた相手も戸惑いを隠せない。
「さ、いまのうちよ!」
姿勢を低くするシャンテの背中におんぶされ、再びニーナたちは空へと避難する。悔しそうな顔をしてこちらを見上げる相手に、ごめんなさい、と心のなかでつぶやきつつも、次の瞬間にはもう頭を切り替える。あと一つ、どうしてもあと一つ首輪が必要なのだ。
『残り四チームでーす! ほらほら、早く早く!』
ルチルが腕時計を通じて急かしてくる。もうずっと急いでいるけれど、ウサギを見つけられないことにはどうしようもないじゃないか。ニーナは無性に文句を言いたくなった。それほど心に余裕がなくなっていたのだ。
『あと残り三チームでーす!』
追い詰められたニーナの心を逆撫でるように、陽気な声が状況を伝えてくる。
もう本当に時間は残されていなかった。
「ど、どうしよう!?」
「どうもこうも両目見開いて探すしかないじゃない!」
「ロブさんでもどうにもならない?」
「いや、さすがに空からじゃ匂いも追えないし、いまの俺にできることといやぁ、可愛い女の子をいち早く見つけることぐらいなんだぜ!」
こんなときにふざけたこと言ってんじゃないわよ、とシャンテが怒鳴る。
「いやいや、これがふざけてないのよ。ほら、ちょいと顔を上げて右斜め後ろを見てみ?」
まさかウサギが見つかったの?
そんな期待を胸に、ロブに言われた通りに顔を右に向けてみる。
すると見えたのはウサギではなかったものの、心強い味方だった。
「フラウさん!」
足を止めて着地したところに、箒に乗ったフラウが降りてくる。ミスティたちとは別行動なのか、いまは一人だけだ。
「やー、やっと追いつくことができました」
相変わらずののんびりとした口調で話すフラウに、どうしてここに、とニーナは詰め寄る。
するとフラウから「そんなことより、首輪はいくつ集まりましたか?」と逆に訊ねられた。
「えっと、まだ二つだけしか」
「それはよかった」
「えっ?」
「はい、ここに一つだけ余った首輪がありますから、これで三つ揃いましたね」
「え、それ、どういう……」
さあ、時間ないので急いで箒に乗ってくださいね。そうフラウに急かされて、ニーナたちはわけもわからないまま箒にまたがった。飛ばしますよ、という宣言通り、箒は風を切り裂き、ルチルが待つスタート地点へ一直線。
「はい、到着です! さあニーナさん、集めた首輪を早くルチルさんに見せるのですよ」
「う、うん」
フラウに言われるがままに、ニーナとシャンテは集めた首輪をルチルに見せた。結果は滑り込みセーフ。残り三枠というところで二回戦に進出することがどうにかできたのだ。ルチルから二回戦への切符代わりにホテルの鍵を受け取ったニーナは、ほっ、と安堵の息をつく。
「あの、さっきの首輪ですけども……」
ニーナはルチルに聞こえないように小声で訊ねる。
「あれはですね、言葉通り余分に集めた首輪です。私たちのチームは時間に余裕があったので、集め終わったあともウサギを追いかけていたのですよ。もしものときのために」
「じゃあ、フラウさんたちのチームは?」
「もちろん先に合格してますよ」
よかったぁ、とニーナは心の底からそう言った。もしも譲ってもらったのだとしたら申し訳ないどころでは無いけれど、フラウたちも二回戦に進めたと知って、少しだけ心が軽くなった。
「でもよかったのかな。首輪の受け渡しなんて」
「ルールで禁止されてないからいいんじゃない?」
そう言ったのはシャンテだ。
「奪い合いがオッケーなんだったら、当然譲り合いもいいってことでしょ。そもそもこのゲーム、ルールなんてあってないようなものみたいだし」
「たしかに、言われてみればなにも禁止されてないよね。道具もなんでもありみたいだし、三人一組さえ守ればいいってことなのかな?」
だとしても、殺し合いになるような事態は避けたいところ。ニーナはナイフを手にした三人組のことを思い浮かべていた。
なにはともあれ、ニーナたちは二回戦進出を決めたのだった。




