ウサギ狩りゲーム!③
首輪を回収したあと、ごめんね、と謝ってウサギを下ろしてやる。バタバタともがいていたウサギは、地に足を付けるとすぐさま駆け出して、視界の外へと一目散に走り去った。
やっぱり怖かったんだろうな。
申し訳ないことをしたと思いつつも、傷つけることなく首輪を回収できたことは良かったなとも思う。
「首輪だけど、預けてもいい? なんだか私が持ってると落としちゃいそうで」
「ん、わかったわ」
「この近くにはもういないのかな?」
「そうみたいね。他の参加者たちも派手に動き始めてるし、時間が経つほど警戒されそうだから急ぎたいわね」
いくら早い者勝ちといっても、相手の獲物を横取りする気にはなれない。そこで他の参加者と遭遇しない場所まで素早く移動してから、次の首輪を狙っていこうということになった。集めた首輪は最後に主催者たちに見せる必要があるので、スタート地点から離れすぎるのは得策では無い気もするが、それでも人が多いところより誰もいない場所のほうがウサギも見つけやすいだろうとの判断だ。
「なぁなぁ、金のウサギは狙わねーのか?」
「なに、もう一発殴られたいの?」
シャンテが拳を握ってみせる。先ほどパンツを盗み見たという理由でロブの頭上に雷が落ちたばかりだった。
「いやいや、ちょっと待てって。別に<VIPルーム>だとか<特別なご奉仕>が目当てで金のウサギを狙おうぜって、そう言いたいわけじゃないんだぜ? ほら、捕まえたら二回戦が免除されるだろ? それってスゲー魅力的じゃないかと思ってよぉ」
誤解を解こうと早口で言葉を紡ぐロブに、ニーナとシャンテは疑いの目を向ける。言ってることは間違いじゃないけども、ルチルがご奉仕すると発言したとき、うっひょー、とあからさまにテンションが上がる姿を見ていた二人からすれば、下心からの発言だとしか思えなかった。
「ホントだって! なぁニーナ、信じてくれよ」
「うーん、今回ばかりは無理!」
そんなぁ、とロブはつぶらな瞳を潤ませる。
そもそもだけど金のウサギってどこにいるのよ、とシャンテは追及した。
「匂いで追えるってんなら話は別だけど、さすがに無理でしょ? だったら他のウサギを探すしかないじゃない」
「もし目の前に現れたら全力で捕まえに行ってもいいですか?」
「そんな都合よく出くわすとは思えないけど、もしそうなったら許可します。……というか、止めても無駄でしょうし」
ニーナたちは森の木陰に身を隠しながら移動を続ける。その途中、他の参加者たちの様子が視界に入ってきた。ある場所では干し草のようなものを燻って、匂いでおびき寄せようとしていたり、鷹の力を借りて空からウサギを捕らえようとしていたり。
またあるところでは、三人組のマッチョマンがひたすら愚直にウサギを追いかけていた。
……なぜか上半身が裸で。
「うおおお!」
「そっちいったぞぉ!」
「そおりゃあ!」
男たちは見かけによらず俊敏で、とにかく反射神経がすごい。ウサギがどこへ逃げようとしても先回りしてしまうのだ。そしてついに男の一人が横っ飛びでウサギを首根っこを掴んでみせる。これにはシャンテも苦笑いを浮かべつつ、あの体でよく走れるわね、と素直に称賛の言葉を口にした。
そんな男たちは首輪を回収してからウサギを逃がしてやると、三人揃って腰に巻いた小さなかばんから小瓶を取り出し、グイっと、赤い液体を美味しそうに飲み干した。
「ポーションで肉体を強化してるってことなのかな?」
「あり得るわね」
「でもなんで三人とも服を着ないんだろう?」
「……肉体美を見せつけたいとか?」
うーん、まったくもって意味が分からない。
だらしない体よりは鍛えてある方がいいと思わないこともないけども。
「おいおい、お二人さん。俺が美女に鼻の下を伸ばしてたらめちゃくちゃ怒るくせに、自分たちはマッチョなイケメンに夢中ですってか?」
「な、別に夢中になんかなってないわよ!」
「えー、そうかぁ? ずっと目で追ってたじゃねーか」
「唖然としてたのよ! 勘違いしないで!」
そうやって騒いでいると、相手チームもこちらの視線に気づいたみたいだ。三人は白い歯を見せながら、爽やかな笑みを浮かべて手を振ってきた。太陽に照らされた肉体がキラキラ、テカテカと、光沢を帯びて輝いて見えた。
無視するのもあれなので、とりあえず手を振りながら曖昧に笑ってごまかしておく。
「も、もう行こっか」
まだ喧嘩してる二人を引っ張って、ニーナは再び移動を始めた。
いま歩いている場所は島のどの辺りなんだろうか。地図で見る限りではそれほど大きな島ではないはずだが、実際に歩いてみるとやはり印象は変わってくる。これが島全土を舞台としたかくれんぼだと考えると、とてつもない広さだ。さっきは運よくウサギの姿を見つけることができたけれど、次もうまくいくとは限らない。自分たちもなにか工夫して罠でも仕掛けるべきなんだろうか。少しばかりウサギと会えない時間が続いて、ニーナは次第に不安な気持ちになってきていた。
しかし、そこでまたしてもウサギの姿を見つけることができた。本当に運が良いなと自分でも思う。さすがに金色に光るウサギではなかったものの、ちゃんと赤い首輪をしている。しかもまだこちらに気付いている様子はない。ニーナたちは茂みに身を隠すように低い姿勢を取ると、シャンテが無言でロブの尻を掴む。
「それじゃあ、さっきと同じ手筈でいくわよ?」
ロブの返事を待たずに振りかぶり、力いっぱい放り投げる。美しい放物線を描きながらのウサギの頭上を越えたロブは、着地と同時に獲物を追いかける。ウサギも必死になって逃げだすが、そこは計算のうち。なにも知らずに近づいてきたウサギに待ち構えていたシャンテがワイヤーを伸ばす。
「──危ない!」
それはまさに、シャンテがウサギを捕らえようとしたときだった。
視界のはずれからキラリと光る銀色のなにかが飛んできたのだ。
ニーナが叫ぶのとほぼ同時に、ロブもシャンテの名を叫ぶ。
「うわっ!?」
甲高い金属音が鳴る。飛来してきたそれを、槍を盾にしてシャンテは凌いだ。
ウサギには逃げられたがシャンテは無事。ニーナはほっと安堵したものの、弾かれて落ちたそれを見て息をのむ。
──銀色のナイフ? え、なんで? ウサギを狙ったのならまだわかるけど、シャンテちゃんは茂みに隠れながらワイヤーを伸ばしていた。つまりこのナイフは明らかにシャンテちゃんを狙ったもの。でも、どうして?
「あーあ、殺せてないじゃん。下手糞が」
そこへ現れた三人組は、いずれもニーナより幼く見える子供たちだった。




