ルチルとレオナルド
「よ……っと、じょうりくー!」
ニーナは周りの目を気にしながらも、小さな声で喜びをあらわにする。船旅は決して退屈では無かったものの、それとこれとは別。新しい島、新しい土地というのは、いつだってニーナの心をワクワクさせてくれるものなのだ。
さて、これからこの島でなにが行われるのだろうか。
ニーナは期待半分、緊張半分といった面持ちで、集団となって歩く一団の中に混じっていた。辿り着いた島は閑散としていて、ここが無人島であることを思わせる。いまは船を降りたばかりの者たちがガヤガヤとうるさい音を立てて歩いているが、普段はもっと静かな場所なのだろう。
特になんの説明も受けないまま、島の中心部へと向かって歩くこと十分。
島に到着したときから見えていた、レンガ造りの大きな建物が段々と近づいてきた。きっとあの場所が、これから三日間寝泊まりする宿泊施設となるのだろう。
それにしても立派な建物である。宿泊施設というよりは、どちらかというと貴族の別荘のように見える。メイリィから訊いた話によると、そもそもエストレア家がこの島を丸ごと買い上げたのが二月ほど前だから、そこから作り始めてもう完成したことになる。いったいどうやったらそんなことが可能なんだろうか。さすがに魔法でちょちょいのちょい、とはいかないはずだ。
そんな事を思いながら歩いていると、途中から足元が舗装された道となる。どうやらこの辺りからが前方に見える建物の敷地になるらしい。といっても島の端から端まで全部エストレア家の所有地なので、わざわざ区切って考えるのもおかしな話なのだが。
先頭を歩く者たちの足が、赤茶色の建物の前で止まる。ニーナもそれに倣って足を止めた。周りにいるのは背の高い大人たちばかりなので辺りの様子がいまいち把握できないが、どうやら誰かが出迎えてくれているらしい。
と、そこへ一人の少女がお立ち台のような場所に登る。周囲よりも高いところへ登ってくれたおかげで、ニーナにもその顔をはっきりと見ることができた。腰にかかるほど長い緋色の髪。吊り目がちな瞳の色はエメラルドグリーン。顔つきにあどけなさは残るが、それでも隠しきれない高貴さを纏っている。まさに良い環境で育ったお嬢様、といった感じだ。白いドレスの中央に添えられた、赤い大きなペンダントが彼女の美しさをより際立たせていた。
エストレア家の人間は緋色の髪が特徴的だと噂に聞く。
つまり彼女が招待状の送り主であるルチルお嬢様なのだろう。
そこへもう一人、別の人物が姿を見せる。その人は三角帽子をかぶり、長い杖を手にしていることから、魔法を扱う者のようだ。初めは背丈から女性かと思ったが、どうやら男の人のようである。肌は女の子みたいに白くて、とにかく太陽の下が似合わない。
そんな彼は、きっと先に姿を見せた白いドレスの少女に仕えているのだろう。彼女の一歩斜め後ろに立って、静かに目を伏せている。
「ようこそ皆さま、本日は遠路はるばるお集まりいただきありがとうございます」
と、ここでドレスを纏った少女が話し始めた。よく透き通る声だった。魔法か何かで声量を増幅させているのか、少し離れた場所にいるニーナの耳にも、その声はハッキリと聞こえた。きっと後ろの魔法使いがなにかしたのだろう。杖の先端にあしらわれた淡い緑の結晶体が仄かに光を帯びて見える。
少女は自らをルチル・エストレアと名乗った。うんうん、やっぱりそうか、とニーナは静かに頷く。こんなお遊戯会を開くということで、もっとわがままでお転婆そうな女性を勝手に想像していたが、話を訊いている限りでは意外とおしとやかな印象を受ける。
ルチルはその後、慣れた様子で挨拶を述べて、いよいよ話は本題である争奪戦の内容へ。
「──と、ここまで長々とお話させていただきましたが、堅苦しい挨拶はここまで! 訊いているみんなも退屈だと思うし、正直な話、お目当てである<マボロシキノコ>のこと以外さほども興味がないよね? 私もみんなが欲望を剥き出しにして争い合う姿が早く見たくて仕方がないんだー」
前言撤回。
どうやら、おしとやかなのは見た目だけのようである。
「というわけだからさっそく……あら?」
ルチルが小さく首を傾げた。このタイミングでどうしたのだろうか。ニーナは様子を窺おうと背伸びをしてみるも、見える景色は変わらず、大人の背中ばかり。誰かがルチルの前に進み出たことはかろうじて分かったが、それ以上はよく見えなかった。
けれども何が起こったのかはすぐに分かった。
大きな声を張り上げる男性の言葉が、青空の下に響き渡ったからだ。
「ルチル! 僕は<マボロシキノコ>になんて興味ない。僕が欲しいのは君だけだ! どうか結婚してくれないか!」
まさかのいきなりの求婚にニーナは唖然とした。まったく状況が呑み込めない。
しかしそれ以上に驚いたのはルチルの対応だ。まるで何事もなかったかのようにお遊戯会の説明を始めようとしたのである。
「お、おい! 僕を無視しないでくれ!」
「レオナルドってほんと空気読めないよねー。ちょっとは時と場所を選んだら?」
「そうは言うが、君はいつだって僕のことを無視するじゃないか!」
「だって私、強い男の人以外興味がないもの」
「ならば、僕がこの争奪戦を勝ち抜いたなら、僕のプロポーズを受けてくれるか!?」
「そうだねぇ、考えてみてもいいよ?」
よおぉしっ、とレオナルドが雄たけびを上げる。周囲との温度差がすごいことになっているが、彼にとってはどうでもいいようだ。
何が何やらわからない。が、ともかく彼も争奪戦に参加するらしい。つまりはライバルということだ。ああいうなりふり構わない人は厄介だろうな、ニーナは心の中で呟いた。
「それじゃあ気を取り直して一回戦の内容を発表するね。みんなに行ってもらうのは、この島を丸ごと使った争奪戦。その名も<ウサギ狩りゲーム>!」




