ルチルお嬢様のお遊戯会①
リリリリリ……
ニーナの目の前で心地よい音色が流れる。とある発明品に追加したタイマーの音が設定した時刻通りに鳴っていた。
その音に合わせて、ソファーの上で仰向けになっていたメイリィが体をむくりと起こす。
「うーん、すっかりよく寝た気分だよ。さすが<絶対快眠>の名に偽りなしだね。でもって時間は……おっ、ちゃんとタイマー通り、十五分後に目覚めることができたみたいだね」
ぐぐっと伸びをして、それから目覚まし時計に目をやったメイリィが満足げに頷く。
ニーナはいま、雑貨店の裏側のいつもの部屋にて、長らく改良に苦しんでいた<絶対快眠アイマスク>の契約交渉に臨んでいた。最初にこの商品をプレゼンして以来、取り扱いを間違えると永眠してしまうという欠点を直すようにメイリィから言われていた。そこでタイマー機能を組み込もうと考えたわけだが、<どんな環境下でもぐっすり眠り続けることができる>という性質と<設定した時間に必ず起きる>という性質の、相反する特性を共存させることは非常に難しいことだった。
そこでニーナは考えた。音だけで目を覚ますのが難しいのなら、アイマスクが自動で外れる仕組みを作れないものか。目の上を覆うアイマスクが自然とずり落ちて、そのあとにタイマーの心地よい音がなればよいのではないか、と。初めは耳にかける紐の部分をゴムにしてみて、パチンと勢いよく外れてくれたらと考えた。けれどそれじゃあ耳が痛くなるし目覚めも悪いからと四苦八苦して。今度は小さなウサギの人形が優しくアイマスクを外してくれたらと考えて、結局コストの面で断念して……
そうして改良を重ねた結果、耳の紐が自動で外れたあとにアイマスクがくるくると、ロールケーキのように独りでに丸まる機能を盛り込むことに成功。これによって二つの矛盾した特性を両立させることができたのだ。
ちなみにタイマー機能はセット売りの目覚まし時計から発せられたもの。この二つは連動しており、時計の裏側のダイヤルを回して時刻を設定し、アイマスクが外れたタイミングで音が鳴る仕組みとなっている。
「うん、これは申し分ない凄い発明だね。ぜひうちで売らせておくれよ!」
「ありがとうございます。ただ、実はちょっとコストの面で意外とお値段がかかりそうと言いますか……」
そう、本題はここから。
性能に関してはニーナも自作の発明品に対して絶対の自信を持っている。ただ今回使用した素材のなかで<くるくる草>と呼ばれる、葉っぱの形がくるんと丸まった可愛らしい植物がこの辺りでは採れず、どうやっても費用がかかってしまうのだ。輸送にかかるコストさえどうにかできれば、もしくは家の横の花壇で育てることができれば、この問題も解決できそうだけれども、現時点では価格に反映させるしかないのである。
これらの事情を説明すると、なるほどね、とメイリィは真面目な顔して頷いた。
「それじゃあ希望納品価格を訊こうか」
「……5000ベリルでどうでしょう?」
「安い」
「ですよねぇ……いくらなんでも高すぎ……え、安い?」
ニーナは耳を疑った。青空マーケットで販売したときは、改良前といえど2000ベリルで販売していた。それが販売価格ではなく納品価格を5000ベリルでお願いしますと頼んでいるのだ。当然断られると思っていた。
「あたしの見込みでは、この商品なら10000ベリルでもじゅうぶん売れるよ。若い者にはわからないかもしれないけれど、歳をとるほど睡眠の悩みは尽きなくてね。それを解決してくれるってんなら高値でも買ってくれる人はいる。だいたいあたしたちは商品に対して三割ほど利益を乗せて店頭で販売するんだけどね、仮に10000ベリルで販売したとして、最低でも7000ベリルぶんは要求しても罰は当たらないよ」
「ほ、ほんとですか!?」
「あぁ。そうだねぇ、次の<青空マーケット>の開催はまだまだ先だけど、もしこの商品を目玉とするなら、普段はもうちょっと高値で販売しておいて、でもってイベント当日に10000ベリルの大特価で販売すれば、飛ぶように売れるんじゃないかい?」
「おぉ! いいです! すごくいいアイデアです!」
それはまさに、昨年二位に輝いたアルベルたちがとった販売戦略そのもの。上限価格いっぱいの10000ベリルでも、いつもよりお買い得と思わせることができればお客様から支持される。そういうものなんだということを、ニーナは前回の経験から学んでいた。
「そんじゃまあ12000ベリルで販売するとして、その七掛けってことで、一つにつき8400ベリルを店から支払おうと思うんだけど、それでいいかい?」
「はい、もちろんです! ありがとうございます!」
「それじゃあ販売開始日に向けて、より深く話を詰めていこうかね」
◆
「それはそうと、あんたら、これ知ってるかい?」
契約を無事に終えて、店内で待っていてくれていたシャンテと揃って帰ろうかというときに、メイリィが見せてくれたのは一枚のチラシだった。そういえば以前もこんな感じで<青空マーケット>について教えてくれたんだっけ、とどこか懐かしい気持ちがした。
なになに、と隣でシャンテがチラシの文面を読み上げ始める。
「ルチルお嬢様のお遊戯会? 南の島にに開催されるお遊戯会に参加し、そこで開催されるトーナメントにおいて見事一位に輝いた団体には<マボロシキノコ>をプレゼント……って、これっ!」
シャンテがいつになく声を弾ませるが、それも無理のない話だった。
なにせそれはシャンテたちが探し求める、ロブの呪いを解くために必要な素材の一つなのだから──




