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ひよっこ錬金術師はくじけないっ! ~ニーナのドタバタ奮闘記~  作者: ニシノヤショーゴ
12章 ひよっこ錬金術師、先生となる
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これからもクノッフェンで暮らす錬金術師として

 魔法雑貨店<海風と太陽>はいつだって客の心をつかんで離さない。テーブルや棚の上に所狭しと並んだ魔法の道具たちは、錬金術師たちが丹精込めて作り上げた自慢の一品であり、店長であるメイリィが「これなら売れる!」と自信を持って提供する、価格と見た目と性能の三拍子がそろった商品たちである。


 錬金術師たちにとって、自分が生み出した商品が店頭に並ぶのはとても名誉なことだ。ましてや<海風と太陽>は錬金術の街クノッフェンに店を構えるお店である。派手さはないが、この街で暮らす主婦や冒険者たちから多くの支持を集める優良店であり、それゆえに錬金術師たちはなんとかしてこの店で自作の商品を扱ってもらえないかと、連日のように新発明が持ち込まれていた。


 それはつまり、店の和やかな雰囲気の裏側では、限られたスペースを奪い合う厳しい競争が繰り広げられていることを意味している。


 そして今日もまた一人の新米錬金術師が、人生で二度目となる契約交渉に臨んでいた。







 ニーナは顔を上げて、壁に掛けられた時計を確認する。時刻は午前十時を少し回ったところ。先ほど見たときからまだ五分と経っていなかった。いつもならわくわくを提供してくれる店の商品たちも、いまはニーナの瞳に止まらない。別のことが気になって仕方がないのである。


 指輪の中で眠っていた悪魔と戦った日から、早くも三週間が過ぎた。あれからニーナたちは良くも悪くも変わらずに調合漬けの日々で、不幸を招く指輪を外したからといって何かが劇的に変わったということはなかった。思えば元から調合も探索もハプニング続き。<七曲がりサンダーワンド>の雷撃をハチの巣に当ててしまったり、魔物にパンギャの実をぶつけられたりしていたわけだから、例えいつも以上に不幸が降りかかっていたとしても気が付かなかったわけだ。


 その指輪だが、あのあとスヴェンが詳しく調べても指輪の制作者が誰なのかはわからなかった。ただ一つ言えることは、あれは二つで一つになっているということ。吸い取った運気をもう一方の指輪に転送しているらしいのだ。そもそも<幸運>なんて目に見えないものを奪い取るなんてこと自体が普通ならあり得ないはずだが、それを可能にする指輪の制作者とはいったいどんな人物なのだろうか。


 ちなみに今回の誘拐を引き起こしたマカロフとジェシーは、騎士に連行されたあと、いまはしかるべき施設に入れられている。ジェシーの呪いは次の満月の夜に儀式を行うことで解かれる予定だが、その後も罪を償うために日の下に出てくるのは当分先になりそうだ。


 もちろん二人の取り調べも進んでいる。今回は誘拐をした罪で捕まった二人だが、これまでは<運び屋>として、実行犯役が捕まえてきた奴隷を貴族たちに売り捌くことに専念していたらしい。意外なことにムスペルたちやブラッドリー海賊団とも面識があったそうだが、だからといって深く繋がりがあったわけでも無いと訊いている。図らずも両者を繋ぐ<運び屋>を偶然捕まえた形で、ミスティを狙ったのも復讐などではなく本当に偶々だったらしい。そもそもムスペルの件もブラッドリー海賊団との件も、ニーナたちが事件と関わったことは公になっていないので、復讐できるはずもないのだが。


 ガチャリ。

 物思いに耽っていたニーナの耳に扉の開く音が聞こえる。店の奥から現れたメイリィとミスティの表情は二人とも晴れやかだった。ということは、つまり。


「契約交渉うまくいったんだね!」


 ニーナは声を弾ませながら両腕を広げてミスティを迎えた。ニーナのことを師と仰ぐ生徒が初めて契約を成し遂げたのだ。嬉しくない訳がなかった。


「まあ、ミスティさんなら大丈夫だって信じてましたけどね!」


「何言ってんのよ。さっきまでずっとソワソワしてたくせに」


 と、シャンテがすかさずツッコミを入れる。


「そ、そういうのは言わなくていいから」


「すみません、心配をおかけしてしまったみたいで」


「いやいや、ほんと全然、信じてましたから! そりゃあ結果が気になって仕方がなかったのは嘘じゃないですけれど、初めて臨んだ契約交渉での課題も見事に改善したうえでの二回目でしたからね。きっと大丈夫だって思ってましたよ」


 初めての契約交渉は十日ほど前のこと。今日と同じようにミスティが一人でメイリィに<ドッグイヤーパーカー>のアピールを行ったのだが、いくつか改善してほしいところがあるとして、そのときは採用に至らなかった。


 改善点として挙げられたのは主に二つ。一つはデザインの少なさ。最低でも三種類は別のパターンを用意して、そのなかから客が好きなものを選べるようにしたいので、いくつかデザイン案を持ってきて欲しいということ。二つ目は犬だけではなく猫の言葉も翻訳できないかというもの。当然ながら猫に合わせて扱う素材を変える必要があるため改良は難しいかもしれないが、挑戦してみて欲しいとのことだった。


 それらを踏まえて改善に臨んだ結果、ミスティは見事メイリィの要望を満たす商品を作り上げることができた。デザイン案を三つ用意しつつ、色も薄いグレーとブラウンの組み合わせだけでなく、シャンテのアドバイスから淡いピンクやネイビーといった色も取り入れて、オシャレなパーカーに仕上げてみせた。


 また素材屋のフレッドとも相談しつつ、猫の言葉を理解できるようになるパーカーの作成にも成功。それぞれ名前もシンプルに<わんわんパーカー>と<にゃんにゃんパーカー>と命名することとなった。こちらもデザイン案と色の組み合わせをそれぞれ三種類ずつ用意して、そうして二度目の契約交渉に臨んだのである。


 それらの過程をすべて近くで見守っていたニーナからすれば、まず間違いなく今回の契約交渉は成功するだろうと信じていたし、結果としてその通りとなったわけだ。


 ちなみにニーナの新商品も前回の交渉時に契約に成功していた。商品名は<全自動あわあわ>。もともとは体全身を勝手に洗ってくれる商品として考えていたのだが、いくら改良を重ねても目や耳など、洗わなくてもよい場所まで洗おうとしてシャンテを困らせ続けた。試作品を試してもらうたびに「そこは洗わなくていいんだってば!」という声がお風呂場から聞こえてきて、そのたびにニーナは申し訳なく思っていた。


 そこで思い切って発想を転換。食器を自動で洗う洗剤として開発を進めてみたところ、これが思いのほか便利な発明品となったのである。先週発売したばかりだが売れ行きも好調らしく、お勧めの新商品として、店の目立つところに置いてもらっている。今日もミスティの契約交渉を待つついでに納品したところだ。


「これで晴れてミスティさんもこの街で暮らす錬金術師の仲間入りですね」


「まだ一品だけですけど、ようやくスタートラインに立てたかなと自分でも思います。これもすべてニーナさんたちのおかげです」


「ふふ、ありがとうございます。でも、これからは同じ街で競い合うライバル同志になりますね」


「そ、そうなりますか? 私にニーナさんのライバルが務まるか、まだ自信が持てません」


「なります! というかもう既に手ごわい相手だなって思ってます。だって今回の商品はお世辞抜きで絶対に売れると思いますもん。というわけで、もうお互い対等な立場になったわけだし、もう敬語はいらないよね?」


「え、そんなことは……あっ!」


「ふふ、もう思い出したと思うけど、お互いに契約にできたら敬語は止める、って約束だったよね、ミスティ?」


「うっ、そうでした……。でもあの約束は<ひと月以内に契約できたら>って話じゃなかったですか?」


「そういう細かいことは気にしなくていいの! で、どうかな?」


「うーん、まだまだ未熟者なので恐れ多いんですけど、いつまでも憧れてばかりではいられないなとは思ってます」


「うんうん、それじゃあ練習ってことで、私のことも呼び捨てにしてみて!」


「え、いきなりですか!?」


 ニーナはニヤニヤしながら名前を呼んでくれるそのときを待つ。ミスティの視線が「助けてください」とばかりにシャンテへと向けられたが、当のシャンテもこの時ばかりはにやけ面だった。


 だから観念するしかないと悟ったのだろう。

 ミスティは目を伏せながら、ニーナ、と遠慮がちに言った。


「ダメだよ、声もちっちゃいし、ちゃんと目を見て言ってくれなきゃ。というわけでもう一回」


「うぅ……ニーナ!」


 やっと名前を呼んでくれた。

 ニーナはまたミスティのことを抱きしめる。そんな光景を眺めていたメイリィが、店の中で恥ずかしいことやるんじゃないよ、とあきれた様子でたしなめた。


「あはは、怒られちゃった。あっ、そうだ! パーティーしよう!」


「え、パーティー?」


「そう! 今日はミスティの初契約記念ってことでご馳走作らなきゃ! ね、シャンテちゃんもそう思うでしょ?」


「まあ、いいんじゃない? 誰が作るか知らないけど」


 それはまあシャンテちゃんを中心としつつ……と手を合わせてお願いをすると、しゃーないか、とシャンテが渋々といった口調で、けれど笑顔で頷いてくれる。急な思い付きだろうと、シャンテはニーナからのお願い事は基本的に叶えてくれるのだ。


「あ、私も手伝います!」


「ええーっ、ミスティが手伝ったら、それはもうミスティのお祝いにならないじゃん」


「でもシャンテさんにばかり任せるのは気が引けるし、それにみんなで並んで料理するのも楽しそうかなって」


「そういうことなら私も!」


 そうと決まればまずは食材を買い揃えるところから。料理も錬金術も、成功の鍵は上質な素材を集めることにある。もちろん扱う人の腕前も大事な要素だが、そこはシャンテシェフに任せておけば美味しく調理してくれるに違いない。店の外で待っていたロブとマルとも合流し、ニーナたちは市場に向かって歩き始める。


 顔を上げて見た空は、どこまでも青く透き通っていた。

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