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ひよっこ錬金術師はくじけないっ! ~ニーナのドタバタ奮闘記~  作者: ニシノヤショーゴ
2章 最初のお仕事は突然に
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材料が足りない!

割れた瓶は<白樺の樹液>が入った一つだけ。瓶は割れにくい素材が使用されているはずなのだが、それでも落下の衝撃には耐えられず、流れ出た透明な液体が木床に染み込んでいく。時間がないなかでの痛恨のミス。このままでは時間通りどころか、納品すらできない。ニーナも割れた瓶を見つめたまま言葉を失ってしまった。


「ちょっと、アンタなにしてんのよ!」


「シャンテちゃん、抑えて!」


「でも、これがないと作れないんでしょ!?」


 そうなんだけど……

 

「イザークさん。これ以外に<白樺の樹液>を保管していませんか?」


「いや、残念だが……」


 それならと、ニーナはレシピ帳にかかれた手順から逆算する。すべての工程を終えるまでに三十五分ほど。いますぐに調合に取り掛からないと、約束の納品時間に間に合わない。<白樺の樹液>の投入タイミングは最後のほうだから……


「往復ニ十分圏内に<白樺の樹液>を取り扱っている素材屋さんはありますか?」


「<素材屋バーニー>という店があるんだが、どれだけ急いでも三十分はかかる」


 誰かに買いに走ってもらえれば間に合うとニーナは考えたが、それも無理なようだ。少しぐらい遅れてもお客さんは待ってくれるだろうか? 今日、クノッフェンを出立するということは馬車の時間もあるだろう。そんなお客さんの貴重な時間を奪うわけにはいかないけれど、他に代案があるとすればメープルシロップを……


 諦めずに思案していると、ねぇ、とシャンテが訊ねてきた。


「素材屋って午前中に見に行ったところでしょ? それならうちのバカ兄貴に走らせるわ。こう見えてこの豚足、結構速いの」


「いやー、俺は走るなんて一言も……」


「上手くお使いをこなせたら、今日の夕食はいつもの三倍の量にしてあげる」


「おー、走る、走る! やってやるぜ!」


 人が変わったように走らせてくださいとロブは言う。普段はめんどくさがり屋なのに、ご飯のためなら頑張れるのか。

 と、いまは余計なことを考えている場合じゃない。間に合う可能性があるのなら、やることは一つだ。


 ニーナは手近にあった紙とペンを取る。おそらく普段からイザークがメモ代わりにしているであろうものに、必要な分量と白樺の産地を記入してロブの口にくわえさせた。


 シャンテはシャンテで、自分の腰に付けていたかばんをロブの体に巻き付ける。


「混じり気のない純正のものをお願いします」


「おー、任された!」


 ロブは短い脚をフル回転させて家を飛び出した。たしかに本気を出したロブは人間が走るよりずっと速い。あれなら時間にも間に合ってくれそうだ。


 ──大丈夫。ハプニングはあったけど、私がやるべきことはなにも変わらない。落ち着いて、レシピ通りに作業を進めよう。


 だからいまは自分にしかできないことを頑張ろう。

 ロブが間に合うことを信じて、ニーナはいざ調合に取り掛かる。


 まず初めにニーナは置時計のタイマーをセット。それから男に、錬金釜のなかに<チェリージェリーフィッシュ>を丸ごと一匹投入して欲しいと指示を飛ばす。冒険者たちがマーレ海沖で採取してきたクラゲで、ピンク色の触手のような腕を持つのが特徴的だ。それをぐつぐつと煮えたぎる<マナ溶液>のなかに入れて、形がなくなるまで<かき混ぜ棒>を使用しながらドロドロに溶かす。


 <マナ溶液>とは、生命の源である<マナの木>の根や葉っぱや樹液を混ぜて煮詰めたもので、火、風、水、土の四元素を豊富に含む錬金術の素となる液体だ。初めは濃い深緑色をしていたが、いまは<チェリージェリーフィッシュ>を混ぜたので段々と青色に近づいてきている。水の元素を多く含むクラゲを投入したので、溶液が青系統の色に変化したのだ。


 このように<マナ溶液>に他の素材を混ぜ合わせたものを<錬金スープ>と呼んでいる。魔法道具を生み出す要素が凝縮された、まさに神秘の液体だ。


 置き時計がジリリとベルを鳴らす。次の工程に移るときだ。

 イザークが記したレシピ帳には、一つ一つの工程にかかる時間まできちんと記されていた。そのときの錬金スープの色合いや香り、温度など感じたことすべてを事細かに記載されているので、これに沿っていけば間違いないはず。不安は決してなくならないけれど、それでもここまで上手くやれているはずだと、確かな手ごたえも感じていた。


 ニーナは瓶から<プリズムリーフ>を錬金釜に投入して、<かき混ぜ棒>で底からしっかりとかき混ぜる。<プリズムリーフ>はクノッフェン北部にあるマヒュルテの森でしか採取できない貴重な薬草で、色は無色透明。しかしながら光の当たり具合によってその色を変化させる性質を持っている。


 ちなみに素材はそれぞれに「属性」と「特性」を有している。属性は、その素材がもっとも多く有する四代元素のこと。特性は、調合に用いた際に反映されやすい特徴のこと。例えば<チェリージェリーフィッシュ>なら属性は水で、特性は<潤いを与える>。<プリズムリーフ>なら属性は風。特性は<光のグラデーション>や<透明感>などだ。これらの属性と特性を考慮しながら、錬金術師は素材を組み合わせることで発明品を生み出すのである。


「シャンテちゃん、別の計量カップで<ローズウォーター>も360グラム量っておいて。バラの花びらは邪魔になるので、ピンセットで取り除いておいて欲しいです」


「オッケー、任せて!」


 ニーナはちらりと置時計へ視線をやった。錬成を開始してから十五分とちょっと。あと五分後には<ローズウォーター>と<白樺の樹液>を同時に投入する必要がある。もし間に合わなければその時点で錬成は失敗。たとえ無理に作業を続けても、最後の工程で黒い煙が上がるのは目に見えている。


「少し、かき混ぜるのが早いな」


「……っ、ごめんなさい!」


 ニーナは意識を錬金釜へと戻す。まだ<錬金スープ>に特段の変化は見られない。早めにイザークに指摘してもらってよかった。混ぜるスピードが速すぎると<錬金スープ>は濁ってしまい、失敗につながるときがある。だから余計なことを考えている場合ではないと分かっていたのに、時間に気を取られたせいで危うくミスを犯すところだった。


 ──ロブさんを信じるって決めたじゃない。私も自分の作業に集中しなきゃ。


 ニーナはレシピ帳に貼られていた完成品の写真をイメージしつつ、<かき混ぜ棒>に微弱な魔力を流し込む。ただかき混ぜるだけではダメ。優れた作品には繊細な魔力コントロールと明確なイメージが必要なのである。それをイザークもわかってか、ニーナへと優しく語り掛ける。


「<海月美人>はうっすらとピンク色がかかった透明の液体だ。さらさらとした手触りで、べとつくこともない。感触は水と同じだと思ってくれたらいい。匂いもない」


 そうした言葉に耳を傾けながら、ニーナはひたすらかき混ぜ続けた。錬金釜から立ち上る蒸気。ニーナは額の汗を拭い、そしてまたちらりと時計の針を確認する。あと二分弱。計量の時間も考えると、そろそろ戻って来て欲しいところだけど。


 そのとき、玄関のほうで騒がしい音がした。

 こちらへと駆け寄ってくる足音。ニーナは期待に胸が躍った。


「おー、お待たせ! ちゃんと買えたと思うけど、間に合った?」


 扉が開かれると同時に、ロブが鼻息荒くやってきた。シャンテがかばんのなかを確認すると、たしかに透明な液体が入った瓶があった。それをイザークが受け取って確認する。ああ、これで間違いない。そう言うと自ら立ち上がり、最後の計量へ。


 ちょうどそのときベルの音が鳴った。風の属性を取り込んだ<錬金スープ>は若草を思わせる鮮やかな黄緑色へと変化を遂げている。ニーナはイザークから<ローズウォーター>と<白樺の樹液>を受け取ると、それを錬金釜へと投入した。


「温度調節、弱火に変えて!」


 ニーナは素材を投入しながらお願いをする。すると釜の底を熱する<ヴルカンの炎>がニーナの呼びかけに応じて、火力を調節した。

 <ヴルカンの炎>は意志を持った特別な炎であり、さらに<妖精の粉>をふりかけることで会話できるようにしてある。だからお願いするだけで、火の勢いをコントロールしてくれるのだ。


 ──うん、ここまでは順調なはず。あとはゆっくりとかき混ぜて……


 ニーナは一度深呼吸をして、再びしっかりと棒で時計回りにかきまぜ始める。<マナ溶液>と各種素材で構成される<錬金スープ>はまたしてもその色を変え、深みのあるコバルトブルーに段々と近づいてきた。


 ちなみに溶液の色は投入した素材の属性によって変化する。火のマナを多く含む素材を投入すれば赤色といった具合だ。そのほか風のマナを多く含むなら黄緑色に、水に関連する素材なら青色に、大地に育まれた素材を投入したなら黄色系統の色へと変化する。


 このとき複数の属性を混ぜれば色も混ざるかというとそうではなく、最後に投入した素材の色が反映される。色の変化は素材の特性がきちんと反映された証。錬金術師はこの色の変化を見極め、もっとも鮮やかに変化したタイミングで次の素材を投入していく。<かき混ぜ棒>を使って魔力を送り込みながら混ぜ続けるのも、色の変化を促すためだ。


 ただ今回はすでにイザークが完成させたレシピ通りに作ればいいので、色の変化を見極める必要はなく、タイマーが鳴ったタイミングで次の工程に移ればよかった。そしてもうすべての素材を<錬金スープ>に溶かし終えたあとなので、あとは最後の色の変化を待ちながらかき混ぜるだけである。


 しかし、ここで油断してはいけない。

 レシピ帳にも「かき混ぜるときはゆっくりと。時計回りに五秒で一周するぐらいのスピードで」と記されていた。この最後の工程で失敗してしまうと、いままでの苦労は水の泡。ここまできて絶対に失敗できない。ニーナは細心の注意を払って<錬金スープ>をゆっくりと混ぜ続ける。その様子を、誰もが息を呑んで見守った。


 そうして八分四十秒後。最後のときを告げるベルが鳴った。ニーナは<かき混ぜ棒>をテーブルに立てかけて、代わりに透明な液体の入った小瓶を手に取る。これは<神秘のしずく>と呼ばれるもので、錬成の最後に必ず使用される。<錬金スープ>に形を与え、発明品へと生まれ変わらせるのだ。


 ──この最後の一滴を垂らす瞬間はいつも緊張するけど、今日は特別怖く感じるよ。


 完成品への期待と、もし失敗していたらという不安が入り混じる。

 ニーナはごくりと唾をのみこんだ。


「……いきますっ!」


 緊張の一瞬。

 小瓶を傾け、<神秘のしずく>を一滴だけ垂らす。するとたちまち錬金釜から煙が立ち上った。その色は白色。憧れの街クノッフェンでの最初の錬成は、見事に成功したのだ。


「……おぉ! やった、やったよ……!」


 ニーナは喜びの声を上げる。と、全身の力が抜けて、その場にぺたんと座り込んでしまった。いまや体中が汗びっしょりで、しばらく立ち上がれそうにない。こんなにも神経を使った錬成は初めてのことだった。


「お疲れ様、ニーナ。かっこよかったよ」


 差し伸べられる手。振り返るとシャンテが微笑みかけてくれていた。こんな情けない姿を見られたのにかっこいいと言ってもらえて、嬉しいやら恥ずかしいやら。


「えへへ……ありがとう、シャンテちゃん」


 ニーナも弱々しく笑みを返した。言い表しようのない達成感と高揚感が胸の内を満たす。錬成が上手くいったことをニーナは心から喜んだ。

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