ロブさんをデッサン!③
ロブはそう言って丸テーブルの上にぴょんと飛び乗ると、ミスティの前に四つ足で立ち、わずかに首を横に捻る。つぶらな瞳でミスティをじっと見つめるこの姿勢が、どうやらロブの思うカッコいいポーズらしかった。
こちらの様子が気になったのか、ソファに座っていたシャンテが立ち上がる。
「シャンテちゃんもデッサンやってみる?」
「ううん、アタシはあんまり得意じゃないから見てるだけでいい」
「そう言わずに、シャンテちゃんも一緒にやろうよ」
「うーん、じゃあちょっとだけ」
シャンテはミスティの隣に静かに座り、ニーナから真っ白な用紙を受け取る。そしてテーブルの上に置かれた鉛筆を手に、三人は思い思いにロブの姿を描き始める。いきなり色を付けるのは難しいだろうから、ひとまずは黒一色で挑戦してみてもらう。ニーナは椅子に座る二人の後ろに立ちながら、スケッチブックに直接描きこんでいた。
「俺の魅力を余すことなく描いてくれよな」
「見たままを描くつもりだけど期待はしないで。あと、勝手に動くの禁止」
シャンテの視線がロブと白い紙との間を行ったり来たりする。二人ともまずは顔の部分から描き始めているみたいだ。顔の輪郭を描いて、目を描きこみ、続いて鼻と口をスケッチする。そこで一度鉛筆を置き、ロブの顔と模写を見比べては首を傾げる。うーん……。小声で唸り、それから消しゴムで目も鼻も口も全部消してやり直す。二人はほぼ同じような形でつまづいていた。
「やっぱりデッサンって難しいわね」
もう一度やり直しても納得がいかなかったのか、シャンテが呟くようにそう言った。隣では同意するようにミスティがコクリと頷いている。
「なあなあ、かっこよく描いてくれてるか?」
こんな感じよ、とシャンテが描いたものを見せると、ロブはあからさまなため息をついた。
「まったくよー、日頃から俺の活躍を間近で見てたはずなのにそりゃないぜ」
「仕方ないじゃない。こういうの練習したことないんだし。ねえ、ニーナはどんな感じ?」
「まだ細かいところは描けてないけど」
と、言いつつもニーナはにこりと笑ってスケッチブックを回転させて三人に見せる。
「わっ、さすがに上手ね。どうやったらそんなにうまく描けるんだろう。なにか簡単にマネできるコツとかないの?」
そうだねぇ、とニーナはスケッチブックを一枚めくる。
「とりあえず細かい部分は後回しにして、まずは全体のバランスを考えながらスケッチするのがいいよ。顔の大きさに対して体はこれぐらいで、足はここから生えていて……とか。おおざっぱでいいから比率を意識しながら描いて、そこから消しゴムを使って修正していくのがいいかも。あとはこうやって骨格や関節部分を意識しながら丸いアタリを付けてみたり、補助線を引くと描きやすいかも」
「なるほど、要はバランスが大事ってことね。で、それを把握するためにもアタリや補助線を引いてみるのがいいと」
「うん、そういうこと!」
シャンテはさっそく新しい紙を取って、おおよその輪郭を描き始める。少し遅れてミスティもまっさらな紙に向き合い始めた。二人とも素直にニーナのアドバイスを取り入れてくれてはいるが、いきなり上達するわけもなく、しきりに首を傾げている。
「うーん、ニーナが描いてるのを見ると簡単そうに思えたんだけど、やっぱり思ったようにはいかないわね」
「それでいいんだよ。大事なのは手癖で手早く描くことより、しっかりと見て形を捉える能力を養うことなんだから」
「根気強く取り組むしか上達の道はなさそうね。というわけで、あと一時間はその姿勢でいてよね、兄さん」
「えっ、もうすでに首が若干痛いんだけど……」
「自分からそのポーズを取ったんじゃない。いま動くとミスティも困ると思うわよ」
そうですね、いまはちょっと、とミスティが申し訳なさそうにすれば、ロブも頑張るしかなかった。
そんなロブのことを横目に、ふとニーナは先ほどミスティが錬成した<ドッグイヤーパーカー>のことが気になった。見た目は明らかな失敗作だが、肝心の効果はどうなのだろうか。<わんわんチョーカー>と組み合わせることでマルとお話しすることができるんだろうか。
どうしても試してみたくなったニーナは、ミスティに使ってみてもいいか訊ねてみる。ミスティは出来損ないの発明を恥ずかしがったが、それでも使用を許可してくれた。それではさっそくとばかりにニーナはパーカーを羽織り、自分とマルの首にそれぞれチョーカーを取り付ける。そしてできるだけマルと目線を合わせるように屈みながら、とりあえず「こんにちは」と挨拶してみる。
「わんわん!」
その声は「わんわん」という犬語に翻訳されたが、果たしてマルに伝わっただろうか。
「わんっ!」
──いまたしかに「こんにちは」という声が聞こえてきた気がする。「わんっ」という鳴き声に重なって、意味のある言葉が返ってきたような気がするのだ。ニーナは嬉しくなって別の言葉を投げかけてみる。
「わんわん!」
いま、私の言葉を拾って挨拶を返してくれたんだよね?
そう問いかけてみると、すぐさまマルは、そうだよ、と答えてくれる。さらにニーナは、ご主人様のどんなところが好きか訊ねてみると「真面目で頑張り屋さんなところ」という答えが弾むような声色で返ってきた。くるんと丸い尻尾も左右に元気よく振られている。これはもう間違いなく意思疎通ができている。見た目にさえ目をつむれば素晴らしい発明品だと、ニーナは素直にそう思った。
「どう? ちゃんと会話できてるの?」
やはりこちらの様子が気になったのか、シャンテが手を止めて振り返っている。その奥に座るミスティも心配そうな瞳をこちらに向けている。ロブだけは「動くな」の命令を忠実に守っているようだが、きっと気にはなっているのだろう。
「わんわん!」
できたよ、と答えようとして、そういえばこのままでは人の言葉を話すことができないんだっけ、と気が付く。ニーナは恥ずかしさを隠しながら、パーカーのフードを脱ごうとした。
ところが、である。
──あれ、もしかして脱げない?
まさかと思いつつ、強引に脱ごうと手に力を込めてみるけれども。
別に何かが引っかかっているわけでも無いのに、ニーナはどうしてもパーカーとチョーカーを外すことができなかった。




